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4.鮮血女皇は酔っ払いに興味を抱く。

 エスカフローネ二世は自身も食事を摂りながら、このあと死刑にされる男を観察をしていた。

 男はカオラーシャ伯爵からの献上品であり、異世界から召喚した世界人だという触れ込みで、実際言葉を理解することはできない様子だった。一方で、ある程度の礼儀はあるようだし知性も品も感じさせる挙措から、ただ単に言葉が理解出来ない障害者を異世界人と謀って連れてきたわけではないようだ、とエスカフローネ二世は感じていた。

 男は酒にはずいぶんと弱い様子で最初の一杯でできあがって(・・・・・・)しまったらしく、なんだか笑顔ですごい勢いで食事を食べ始めた。空腹だったのかも知れなかった。たまにエスカフローネ二世の方を向いて食事を上に自慢げに掲げるのは、乾杯の真似だろうか。なんだかかわいい生き物だった。

 エスカフローネ二世は笑顔を浮かべている自分に気づいた。最初の方はもちろん作り笑顔だったが今のは違った。自然な笑顔だった。エスカフローネ二世は少し驚いて自分の顔を触った。皇主は表情もまた政治的な道具である。基本的にはコントロール下にある。その制御を乗り越えて出てきたこの笑顔はおそらく自分を皇主として恐れもせず敵対もしない「ペット」を見る時の表情だろうと分析した。実際のところ、男はエスカフローネ二世が皇主だと認識しているようには見えなかった。これまでの人生でエスカフローネ二世の前に彼女が皇主あるいは皇主の一族だと知らずに人が現れたことなどなかったのではないか。


(なるほど。その意味では特別なことかも知れぬな……)


 気がつくと食欲はなくなっており、エスカフローネ二世は自分の食事を下げるように命じた。エスカフローネ二世の食は細く、一方で料理は大量に出されるため毎度このような結果になる。しかし調理人の雇用の問題もあり、これ以上減らすことは難しかった。皿が下げられていく中、エスカフローネ二世は少し考え、酒だけ残すよう伝えた。

 不安そうな顔でこちらを見ている男に、安心しろという意味を込めて、グラスを掲げ笑顔を向けると、男はくたくたっと笑顔になって、食事に戻った。相変わらずかわいい生き物だった。グラスの中身を啜る。

 ここで自分が立ち上がると、男は処分されてしまう。そのことが少しもったいなくて、エスカフローネ二世はここで政務の続きをすることにした。

 書類を持ってこさせ、一枚一枚確認を行いはじめた。わからないところはいつの間にか背後に立っていたフアナに聞いた。その途中途中で、ちらっと男を見る。


「……お気にいられましたか?」


 フアナが訊ねてきた。


「……ん?」

「気にされていたようなので」


 視線に質問があった。気に入ったのならこの男を処分することを取りやめますかという質問だと察した。エスカフローネ二世は首を振った。


「いや。予定は予定通りに」

「承りました」


 もう一度男を見た。

 男は何もわかっていない愚かで無害な生き物の顔で、眠りそうになるのを必死に我慢しながら食事を続けていた。

 顔には気がつくと笑みが浮かんでいた。エスカフローネ二世は再びなんだか優しい気持ちになっていた。酒をもう一回啜った。


(……殺すのはもったいないか。殺すのはいつでもできる。では殺さなかった場合のデメリットはなんだ?)


 間違いなく殺さなかったことに強い意味が出てくる。初めてのことだ。つまり、男は皇主の今までにない寵愛を受けた、ということになる。皇主の寵愛とはそれだけ強い。そもそも性交渉を行っているという前提だ。つまり愛人であり、しかも自分は女だ。周囲はこの男から皇主も影響を受けると考えるだろう。この男を差し出したカオラーシャ伯爵の影響力も大きくなるだろう。彼はこんな貢ぎ物を差し出すくらいだからもともとさほど能力の高くない官僚貴族である。領地もないため、影響力を高めたところで危険は少ない。もちろん貴族であるため、魔力を持っているが、彼が使える霊験は低レベルだった。派閥としては、確か官房長官のヴァランシア侯爵派に属しているはずだ。派閥長のヴァランシア侯爵は有力領地貴族であるが、子供六人は男ばかりで婚姻政策を実行出来ず、影響力は限定的だと聞いている。つまり、愛人ができたところで、その周辺の影響力はさほど問題ではなかった。一方でヴァランシア侯爵と対立する派閥はどう動くかという問題はあった。敵対派閥を愛人にしたことへの反発があるのは間違いなかった。その反発が、自派からもなんとか愛人を出すという流れになるのか、それとも徹底した反抗になるのか現状でははっきりしなかった。懐柔のためなんらかの利権を用意しておく必要があるだろう。おそらく不穏な動きをしている北方に対する討伐軍の司令官のポストをあてがえば何とかなるはずだ。

 いつの間にか自分が男を愛人をする前提で思考している事に気づいたエスカフローネ二世は、酔いのせいかと思い、唇を歪めた。皇主にあるまじき醜態だと思った。

 恨みがましくこの醜態の原因に視線を向けると、男が怪訝な顔をして窓の外を見ていた。

 エスカフローネ二世もつられて視線を窓に向けた。


次回、明日更新予定です。

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