↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/65

1.おっさんは異世界に行って美人と出会う。

久々の投稿になります。よろしくお願いします。

 箸口馳丸(三十歳)が目を覚ますと、目の前に見たことがない男がいて、その男はやっぱり見たことがないような黒くて厚ぼったいフード付きの修道服を着ていた。そもそも箸口はこれまでの人生で修道服を着ている人間などテレビの中でしか見たことがなかった。

 その男は、箸口を見て、失礼なことにひどく驚いた顔をして、


「あsdfghjkl;:!!」


 と天を見上げて叫び、それから後ろを振り返った。

 後ろには男と同じような格好をした人間が一人と、なぜか鎧甲冑を身に纏った人間が八名立っていた。鎧甲冑はギリシアっぽい金属製の胴鎧と兜で腕やスネは皮で覆われていた。その九名も天を見上げて先ほどの男と同じ叫びを上げた。

 箸口の趣味はPC上で行う3Dメカデザインである。思わず全員の装備を確認し、デザイン、機能ともに見るべきものはない、という結論に達した。紀元前あたりに使われていた当たり前の鎧に似ており、金属板二枚を叩いて前面と背面を形作って革のベルトで繋いでいるというもので実用性しか見るべきものがなかった。とにかくかっこ悪かった。

 鎧がかっこ悪かったので、箸口は少し落ち着いた。周囲がよく見えるようになり、改めて確認すると、目の前の男は質素な服装とは異なり首には少なくとも三つの貴金属の首輪がかかり、指という指には殴られたら痛そうなくらい宝石がちりばめられた指輪が填められていた。さらに外人のような金髪碧眼で、でも長年の不摂生を感じさせるくらい肉がたるんでおり、決してイケメンではなかった。箸口の顔を見て叫び出す前に自分の顔を見ろ、と言いたかった。それだけではなく、どこか不潔で、ヒゲも汚らしく、全体的に金持ちの浮浪者といった風情だった。

 うん。意味が分からない。

 リッチホームレス(仮称)は、それから背後の人間に何事かを命じた。

 内容はわからなかったが、口調やその言葉の直後に鎧コスプレたちが動き出したことから、命令なのだろうと推測することができた。

 その命令口調に箸口はいらだちを感じた。

 確かに箸口は底辺社畜で彼女がいたこともなくむかつく上司に言われるままこき使われている人間だとはいえ、寝ている間かわからないが本人の承諾も無しにこんな場所に連れてくるなんて、たとえ色々よく分からないとしてもとにかく文句を言わなければならない、と箸口が内心で正当性を並べ立てて勢いを付けていると、近づいた鎧コスプレにいきなり顔面に抜いた剣を突きつけられた。

 勢いよく開いた箸口の口は何事もなかったように閉じられた。

 うん。

 命が大切。

 文句を言うのはやめることにした。

 そもそも記憶が歯抜けで色々わからなかった。名前はわかるし思い出そうとするとあちこちの記憶はあるのだが、どうも半分ほど思い出せない時間軸があった。何が起こったのか。脳に障害が発生しているのかも知れない。とても不安だった。

 自分が万全ではないときは状況を留保するに限る。

 恐怖を感じながらもぎこちない笑顔を振りまくと、抵抗を諦めたことはちゃんと伝わったのか、そこから先はジェットコースターそのもので、箸口は気がついた場所から引き立てるように連れ出され、服を剥ぎ取られ、ぬるま湯に叩き込まれて全身を洗われ(うら若き半裸の少女五人に洗われるのだが当然鎧コスプレに見張られている)、匂いのする油を塗り込まれ、薄い肌が透けそうな服を着せられて、一人のデブと引き合わされ、そして最終的に馬車に押し込められて、どこかに運ばれた。すべてがされるままだった。

 その頃には箸口はすべてを諦めていた。

 ここは少なくとも日本ではない、という確信だけはあった。日本語はもちろん、英語も、文節どころか単語の一つさえ通じず、料理も塩味と鳥らしい肉片以外は地球の気配はなかった。絶望しかなかった。

 今揺れている馬車の中にいるのは箸口を含めて三人の男で、共通しているのは妙な匂いのする油を塗り込められていることと、薄いのはともかくひどく清潔な身なりをしていること、そして手かせを付けられていることだった。殺伐とした顔つきと絶望的な表情も共通しているが、たぶん自分だけは違う、と思った。自分の顔に浮かんでいるのは絶望に加えて困惑と混乱だろうと思ったからだった。

 窓もない馬車の中で、誰ひとり口を開かず、視線も合わせなかった。

 一時間ほど揺られたあと、馬車は止まった。全員が目隠しをさせられ馬車の外に出された。出された瞬間、一人が叫び声を上げながら走り出し、次の瞬間魂消る絶叫とともにその声は消えた。ゾッとした。何が起こったか想像するのも怖かった。目隠しを外したいとさえ思わなかった。身体は瘧のように震え続けた。

 ゴツゴツした手に引かれてしばらく歩いたあと、壁を背に立たされた。周囲には気配がたくさんあって、おそらく二十人近い人間がいるだろうと思われた。ああ、終わりだと思った。首を切られる罪人が手かせと目隠しをされて並ばされるというのは映画とかでよく見る光景だった。ここで自分は首を切られるのだろうと思った。恐怖で失禁しそうだった。

 突然気配が変わって、空気がぴんと張り詰めた。


「うぇrちゅいおlp!」


 命令になれた感じの鋭い声が発せられた。同時に周囲に身じろぎする気配があったが、箸口は言葉が理解出来ずうろたえていると、何者かが近づいてきて、舌打ちとともに乱暴に箸口の目隠しを剥ぎ取った。最初は痛みに似たまぶしさが網膜を貫きそのあと徐々に周りが見えてきた。ビックリした。


(……なんだこれ)


 めちゃくちゃ華やかだった。思わず周囲を見回していた。最初に意識を取り戻した場所は石造りの部屋で味も素っ気もない牢屋みたいな場所で、それ以降も馬鹿みたいに着飾ったデブに引き合わされたとき以外は全般的に質実剛健な感じだったのだが、今いる場所は質実剛健とは真逆の装飾過剰の豪華絢爛といった感じだった。上品さとかへの配慮は切り捨てて、華やかさに全振りした感じである。ネットで見た某日本ユニセフ大使の部屋を彷彿とさせる場所だった。地獄から天国にワープしたような気さえした。

 おそらく廊下だと思われるが床には毛の長い絨毯が敷かれ、壁は青みがかった大理石らしいものが貼られ不思議な紋様が浮き出ていて、金属製の窓枠もなんだか不思議な生き物がびっしりと彫り込まれており、夜中に動き出しそうだった。

 そこに箸口と同じ薄い布と手かせだけを身につけた男二十名が並び、その周辺に完全武装した中世っぽい騎士が三十人ばかりいた。前に見た八人の鎧コスプレよりもずいぶん立派な武装だったが想像よりも遥かに大人数の人間がいたことに箸口は驚いた。騎士コスプレは置物のように気配を消して立っていたのだった。

 思わずあっけにとられて立ち尽くしていると、突然騎士がざっと足を鳴らした。もともと直立不動だったのが、気配だけで、直立不動の段階を上げたのだ。

 そしてその人が現れた。

 まるで光が現れたようだった。

 箸口はポカンと馬鹿みたいに口を開けてしまった。

 年の頃は二十歳前、十六、七歳くらいだろうか。

 服は引きずるほど長い乳白色のドレスで細かい刺繍が施され、金糸を使っているのか動く度に光が舞った。

 黄金の髪は光の滝のように流れ落ち、空気に押されてふわりと揺れた。

 肌は輝くほど白く、顔立ちは女神のように整っていた。完璧だった。非の打ち所がない美少女とはこういう存在を言うのだろうと思った。

 手足は細く、美貌と相まって天の名工が作り上げたような完全なる美の化身だった。

 箸口は以前フィギュアイベントで見た女神像を思い浮かべた。それは胸がきゅっと締め付けられるような儚い美しさを表現しており、だが、目の前のリアルな人間は、そのフィギュアよりもさらに美しかった。そのフィギュアより遥かになまめかしく、実際箸口の胸が三倍マシでぎゅんと締め付けられた。心臓が痛かった。

 その美の化身が侍女二人を引き連れて、薄い布と手かせを着けただけの男の列の前をゆっくりと歩いて通り過ぎていった。

 手かせを着けて並べられた男の中で顔に刺青が入った一人がちょうど目の前を通り過ぎた美の化身に向かって口を向かって何かを言おうとした瞬間、すごい勢いで全身鎧コスプレが動いて、そいつをねじ伏せた。

 美の化身は通り過ぎて、最後に侍女に二言ほど呟いた。

 侍女は頷き、ちらっとこちらを見た。

 侍女の視線は間違いなく箸口を見た、と思った。

 何が何だかわからなかったが、そう思った。

 心臓が痛いほどの早鐘を打ち続けていた。おかしかった。今までこんなことは一度も無かった。そんなことを考えながらも、箸口の視線は美の化身に張り付いたまま剥がせなかった。自分自身の行動が制御できなかった。

 そのまま美の化身は扉の向こうに消えた。

 それから箸口は自分がずっと馬鹿のようにずっと口を開けたままだったことに気づいて、慌てて口を閉じた。

続きは明日の同じ頃に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。