神様の光
〈星見の祭壇〉は私たちが遊び場にしている木漏れ日の森の近くにある、石造りの古い祭壇だ。
村がつくられた時からあるというその祭壇は、巫女様たちが定期的に掃除しているおかげか、それとも神様の特別な力が働いているのか、それほど古さを感じさせない。いつも陽の光が差し込む、温かくて穏やかな雰囲気の場所だ。
〈宵闇の森〉とは違い誰でも気軽に来られる場所であり、私たちも何度か足を運んだことがある。〈宵闇の森〉よりもずっと馴染み深い場所だ。
先導する巫女様に着いて歩くこと10分ほど。
茂み不意に途切れ、視界が開ける。木々が守人のように丸く並んで生い茂り、小さな野花が咲くその空間の中心には、白亜の石で造られた祭壇があった。
4つの星が刻まれたその祭壇には初夏に咲く色とりどりの花が供えられ、夏至の祭りでよく使われる白い布で飾り付けられていた。
祭壇の脇には白い布で顔を隠した巫が数人待機しており、やって来た巫女様を見つけると静かに一礼した。
「お待ちしておりました、巫女様。」
巫のひとりが代表して巫女様に声をかける。
「ああ。準備はできているかい?」
「もちろん。花も布飾りも完璧ですよ。」
巫の答えに、巫女様は満足そうに頷く。
「さすが、頼りになるね。」
巫女様が僅かに口角を上げる。巫女様の言葉を受け、顔を隠す白い布の下で、巫が小さく笑ったような気がした。
くるり、巫女様が私たちの方へと振り返る。
「さあ、君たちは祭壇の前に並んで。儀式を始めるよ。」
ざわり、突風に森が騒めく。いつのまにか眩しく輝いていた太陽は隠れてしまい、空には重苦しい灰色の雲が広がっていた。
「…曇ってきたな。」
ぽつり、隣でジンが呟く。
「うん。雨が降らないといいけど…。」
「…ああ、そうだな。」
デュークが空を見上げ、小さく頷く。
重苦しい雲に塞がれた暗い空を見ていると胸の奥が騒めく。まるで何か悪いことが起きそうな、言い表しようのない嫌な予感がした。
「…エレンちゃん、どうかしたの?」
リリィちゃんが巫女様たちにばれないように声を潜める。眉を下げる彼女にこれ以上心配をかけさせたくなくて、私は首を横に振った。
「ううん、なんでもないよ。」
小さく返して、私も前を向く。
…大丈夫。私にはお父さん直伝の魔法がある。
お父さんがくれた組紐にそっと触れる。
…絶対、大丈夫。自分に言い聞かせるように何度も大丈夫を繰り返して祭壇を見つめる。
祭壇の前ではすでに、巫女様が夏至の儀式のはじまりの祝詞を唱えていた。薄暗い森に巫女様の朗々とした声が高く、低く、歌うように響く。今日に限って、いつもの金色にきらめく木漏れ日が見れないのが淋しく感じた。
祝詞の最後の一節が終わる。巫女様が祭壇に一礼し、ゆったりとこちらを振り向く。
「さあ、君たちの番だよ。ひとりずつ前に出ておいで。」
巫女様に手招きされ、列の一番端に並んだカミルくんが元気よく返事する。一段上の祭壇を見上げるカミルくんの目は、宝石みたいにキラキラ輝いていた。
「それじゃ、先に行ってくるな!」
カミルくんがにっと笑って、まっすぐ祭壇へと歩いていく。希望と憧れに目を輝かせ、胸を張って堂々と歩くカミルくんは、今までで一番かっこよく見えた。
カミルくんが祭壇の前で一礼する。そしてひとつ息を吐くと、祈りの祝詞の最初の一節を唇に乗せた。
ーー祈りの祝詞は、希望を願う歌だ。
その昔、世界を滅ぼしかねない災厄と戦った英雄が残したと言われている、幸せな世界への願いが込められた歌。英雄の勇ましさよりも人としての温かさや優しさを詰め込んだような祝詞だからこそ、この村では〈星見の祭壇〉に祈りを捧げる時、この祝詞を捧げてきた。
夏至の儀式も例外ではなく、カミルくんが弾むような声で祈りの祝詞を歌っている。
元気で明るい歌声がカミルくんらしくて、聴き慣れた言葉と旋律に小さく肩を揺らす。
やがて祈りの祝詞を歌い終わり、手を合わせて神様に感謝を伝え、もう一度祭壇に向かって一礼する。これで夏至の祈りの儀式はお終いだ。
一番に役目を終えたカミルくんが、晴れやかな笑顔を浮かべて帰ってくる。胸を張り、自信満々で歩くその姿は、遠い記憶の中の彼の兄を思い起こさせた。
「次はお前の番だぜ、リリィ!」
カミルくんがいつもみたいにニカッと笑う。リリィちゃんはひとつ頷くと、花が綻ぶように微笑んだ。
「ええ、頑張ってくるわ!」
一歩、カミルくんと入れ替わりに、リリィちゃんが祭壇へと踏み出す。
ふわり、ふわり、一歩踏み出すごとに、真っ白な衣装の裾が花びらのように風に舞う。長い白銀の髪を靡かせて歩くリリィちゃんは、おとぎ話に出てくる花の妖精みたいに綺麗だった。
リリィちゃんは祭壇の前で一礼し、緊張した面持ちでひとつ、大きく息を吸い込んだ。
ーーやわらかく、澄んだ歌声が響き渡る。
キートンの白く長い裾が風に煽られて翼のように広がる。目を伏せ、祈るように奏でられる旋律は、光を帯びたように美しかった。
「…ほう。」
近くに控えていた巫女様が僅かに目を見開き、感嘆の息を漏らす。
重くのしかかる曇天の下、歌うリリィちゃんだけが祝福されたようにキラキラと輝いて見えた。
…すごい。
まるで一枚の絵画のような完成された光景に、目を奪われる。
やがて澄んだ歌声が止まり、奇跡のような光景の主人公が祭壇に向かって深くお辞儀する。そうして振り返った彼女は、ハッと息を呑むほど美しく、どこか浮世離れした雰囲気を纏っていた。
ゆったりと、何物にも染まらない特別な白を纏って歩く彼女は、普段からよく知る幼なじみとは別の知らない人のように見えて、少し怖くなる。
おとぎ話の花の妖精だなんて、そんな可愛らしいものじゃない。…これは、そう。まるで……。
伏せられていたアイスブルーの瞳が、不意にこちらを見やる。
「…あ。」
瞬間、不自然なほど凪いだ瞳に、見慣れた明るい光が戻るのを見つけた。目があったリリィちゃんが、心から安心したように表情を緩める。
「エレンちゃん、ただいま。」
ふにゃり、リリィちゃんが眉を下げて笑う。そこにさっきまでの違和感はカケラもない。いつもと変わらない幼なじみの様子に、私はひっそり胸を撫で下ろした。
「おかえり!すごく綺麗だったよ。」
「ふふ、ありがとう。とっても緊張したけれど、うまくできたみたいでよかったわ。」
嬉しそうに微笑んで帰ってきたリリィちゃんと入れ違いに、デュークが一歩前に出る。
「次は僕の番だな。」
「おう、頑張ってこいよ。」
ジンに背中を押され、デュークもまた祭壇に向かって歩いていく。祈りを捧げるデュークは誰よりも真剣で、本物の巫のように様になっていた。
デューク、ジンと順番に祈り終え、ついに私の番がやってくる。
今のところ、儀式は順調に進んでいる。後は私がお祈りして、全員でもう一度短くお祈りするだけ。
きっともう何も起こりっこない。あの嫌な予感も、気のせいだったんだ。
ひとつ息を吐き出して前を向く。目の前に建てられた祭壇には、4つの金色の星が輝いていた。
……もしかして、魔力が宿ってる?
見ているだけで元気を貰えるような、何よりも温かい魔力。村のみんなが思い描く神様そのもののような穏やかな魔力が祭壇から溢れ出していた。
でも、あの魔力からはまったく嫌な感じがしない。むしろすごく優しくて、ずっと昔から知っているような気がする、不思議な魔力だ。
巫女様たちが扱う神様の力の一部ーー神聖力とも、〈宵闇の泉〉から感じた魔力とも全然違う。
……一体何の魔力だろう?
引き寄せられるように一歩、祭壇へと足を踏み出す。
「頑張ってね、エレンちゃん!」
背中から、リリィちゃんの声援がやけに遠く聞こえた気がした。
一歩、また一歩踏み出すたび気分が晴れて、身体も軽くなっていく。
魔力が身体に満ちていく…?でも、なんで。世界のあらゆる魔力は魔法使いにとって毒になるはずなのに。
一歩、また一歩と近づいて、気づけば祭壇の前に立っていた。
……やっぱり、祭壇から魔力の光が漏れている。優しくて温かくて、真っ暗な夜空を照らす一等星のように眩しい魔力だ。
「…きれい。」
神様に嫌われているなんて、お父さんの思い違いだったんじゃないか。そう思ってしまうほど、祭壇から溢れる魔力は魔法使いの私にも優しかった。
星のようにきらめく金色の光に抱かれて、祭壇に深く頭を下げる。
ーー優しい神様に、心からの感謝と祈りを。
頭を下げたまま、短く祝詞を呟いた時だった。
「エレン!」
静寂を切り裂き、焦ったように叫ぶ幼なじみの声が耳を刺す。
「…え?」
バチン!すぐ耳元で破裂音がした。
次の瞬間、見開いた目に飛び込んできたのは白銀。ーー神様を象徴する色だった。
ゾッとするほど美しい神様の光が、頭上からまっすぐこちらに降ってくる。
「…っ!」
カヒュッ。声にならない悲鳴が喉からこぼれた。白銀が迫る。見開いた目の奥に、神様の色が焼き付く。
本能が警鐘を鳴らす。早く逃げろと。
だと言うのに身体は動かない。動かせない。思考はすでに真っ白で、全ての時が止まっているように見えた。
神様の光が私の方に触れる。蔦のように絡みつく。白銀の光は、“言い伝えの神様”のものとは思えなほど重く、温度がなかった。
ーードクリ、心臓が嫌な音を立てる。
「……あ。」
はくり、息が漏れる。視界が白銀に染まる。
…苦しい。
限界まで見開かれた目の端から涙が溢れる。
苦しい。
息ができない。重く冷たい白銀に飲まれていく。
苦しい!
心臓が軋むような痛みが走る。
「…あ、ぐぅ……っ!」
苦しい。苦しい。苦しい!
頽れる身体に白銀が絡みつき、倒れ込むことすら許されない。身体が軋み、悲鳴をあげる。
頭の奥がスゥッと冷え、視界がぼやけていく。
なん、で…。
痛みを置き去りに、意識が薄らいでいく。
無意識に伸ばした手が白銀を揺蕩う。滲んで、ぼやけて、もはや自分の手すらもわからなない。
ーー白銀の中に、溶けていく。
意識が潰える、その刹那。
「…エレノア!」
“私”を呼ぶ声が耳に飛び込んできた。
「……?」
重たい瞼を持ち上げる。霞む視界の中、一対の金色の光が輝いているのが見えた。
あ、れは……?
「しっかりしろ!エレノア!」
再び“私”を呼ぶ声。いつもの呼び名ではない、魔法使いたる私の名前。この世で一番短く、何よりも特別な魔力が宿る、私だけの魔法の呪文で呼びかけてくる声に、溶けて消えかけていた意識が浮上する。
瞬きひとつ。まっすぐに私を見つめる金色の目と出会う。
「エレノア!」
切羽詰まった声が私を呼ぶ。その声を、私はよく知っていた。
「じ、ん……?」
唇から漏れた声は、久しぶりに声を出したかのように掠れ、震えていた。夢うつつの白銀の中、力強く輝く金色だけがはっきり見えた。
「エレノア!手を伸ばせ!」
幼なじみの声がぐわんぐわんと木霊する。
…て。手?伸ばす……?
言われるがまま、鉛のように重い腕を持ち上げる。ゆらゆら、ゆらゆら、伸ばした手が頼りなく揺れる。
ジンの伸ばした手が指先を掠める。指先が触れては離れて、あと少しで掴めそうなのに、そのあと少しが足りない。
「クソッ!」
ジンがぐっと眉を寄せる。
あともうちょっとなのに…!
重い身体を持ち上げ、必死に手を伸ばす。ジンの身を乗り出して伸ばした指先が、もう一度私の指とぶつかる。
今だ!
絡みつき、縛り付ける白銀に抗い、触れ合った指先を咄嗟に握りしめる。
やった…!そう思った瞬間だった。
グンと身体を持ち上げられ、足元が宙に浮く。
「…え?」
するり、せっかく掴んだ幼なじみの指先が手からすり抜け、離れていく。
白銀の光がぶわりと広がり、ジンの姿を隠していく。
ーー逃げることは許さない。
低く、温度のない声が聞こえた気がした。
「っ!エレノア!」
幼なじみの血を吐くような叫び声が響く。視界を覆う白銀の隙間から、何の躊躇いもなく神様の支配下に踏み込み、こちらに駆け寄ってくる幼なじみが見えた。
「ジン…?!」
ぎょっと目を見開く。白銀の光がジンにも絡みつき、牙を剥く。それでも私のもとへと走ってきた幼なじみが、もう一度手を伸ばす。
「逃げるぞ!」
神様の光が一層輝きを増し、私とジンを逃すまいと纏わりつく。
温度のない無機質な神様の光の中、こちらをまっすぐ見上げる金色だけが燃え盛る炎のような熱を宿して輝いていた。
「…っ、うん!」
差し出された手をぎゅっと掴む。幼なじみがニッと笑い、私を引っ張り上げる。
ぶわり、白銀の光が舞い上がる。パチリ、泡が弾けるように、夢うつつの微睡みから目が覚める。
一気に鮮やかに色を取り戻した世界で、目の前の幼なじみはいつものように不敵に笑っていた。
繋いだ手が温かい。指先からじんわりと伝わる熱が、諦めかけていた心に火を灯した。
相変わらず神様の光は冷たくて、身体はひどく怠いけれど。今なら限界も超えて走り出せる気がした。
重く絡みつく白銀の光に抗い、手を引くジンの背中を追いかける。振り払うたびにさらに強く絡みつく白銀の冷たさにも、もう負ける気がしなかった。
だって、ジンが迎えにきてくれたんだもん。絶対逃げ切ってやる!
神様の光がまるで巨大な怪物のように蠢く。その向こうに、見慣れた森の祭壇が見えた。
「あと少しだ!」
幼なじみの言葉を聞き、はやる気持ちのままに足を速める。
このまま、あとちょっと…!
先を行く幼なじみに手を引かれ、逃げ切れると確信した。ーーその刹那。
ゾワリ、言いようのない嫌な予感した。背筋に悪寒が走る。
なに…?
ハッと振り返った、その瞬間。
神様の力を宿した白銀の光が矢のように飛んでくるのが見えた。私の頭上を飛び越えて、狙う先にはーー。
「ジン、危ないっ!」
「え?」
振り返った金色の眼が大きく見開かれる。見慣れた金色に白銀の光が散る。
「…っ!」
咄嗟に繋いでいた手を引き寄せる。空いている手を体勢を崩した幼なじみへと伸ばした。
けれど、伸ばした手は間に合わず。
皮膚を裂き、肉を貫く鈍い音が耳に届く。一拍遅れて、白銀の世界に真っ赤な血が飛び散った。
「…っ!」
金色が揺れる。ぐらり、幼なじみの体が傾ぐ。目の前が、赤く、染まっていく。
「ジン!」
咄嗟に手を伸ばし倒れる身体を抱き込む。鼻につく、鉄錆によく似た匂い。ぬるりと生温かいものが腕を伝う。
抱え込んだ身体は重く、支えきることはできなかった。それでも無我夢中で幼なじみの身体を抱きしめ、己の身体を下敷きに倒れ込む。
頭上から二の矢、三の矢が降り注ぐ。神様の神聖力から成る、白銀の矢だ。
あれに当たったら死んじゃう…!
幼なじみを抱き込む腕に力がこもる。何も理解できなかった。考える余裕すらなかった。思考するよりも先に、本能が魔力を突き動かした。
「…“ジンに触るな”!」
口をついて出たのは、完全なる〈魔法言語〉。古来より伝わる、言霊の力が宿る言語。お手軽で、故に呪文として魔法触媒に常用されている言葉だった。
ぶわり、手首が熱くなる。見ると、手首に巻いたお守りの組紐が金色の光を帯びていた。
組紐にこめられた守護の魔法だ。
金色の光が迸る。光の奔流が白銀の光を押し流し、神聖力の矢ごと神様の光を掻き消した。
白銀の世界が壊れ、森のさざめきと雨の匂いが戻ってくる。
「ジン!エレン…!」
もうひとりの幼なじみの声が聞こえる。振り返ると、風のように走ってくる幼なじみの姿が見えた。
「…デューク。」
ポツリ、幼なじみの名前が口からこぼれる。抜けているところもあるけれど、いざという時には頼りになるもうひとりの幼なじみ。今この場で最も信頼できる弟分の姿を認め、咄嗟に叫ぶ。
「デューク!手を貸して!」
デュークが目を瞬かせる。そして血を流して倒れているジンを見つけ、大きく目を見開いた。
「…ジン!エレン、何があったんだ?!」
驚く幼なじみに、私はぐっと口を引き結んだ。脳裏に白銀の光がきらめき、思わずぎゅっと目を閉じる。
「…神様にやられたの。」
デュークの息を飲む気配がする。
思い出すだけで胸の奥がヒヤリと冷えて、指先が震える。神様の光の冷たさが、まだ身体に残っているような気がした。
目を閉じたまま、深く息を吐く。目を開くと動揺に揺れる鈍色の瞳と目が合った。
「私が魔法で血を止める。デュークは神聖術で傷を塞いで。」
努めて冷静にと心掛けたはずの声は、情けないくらいに震えていた。
それでも、今は怯えている場合ではない。ひとつ深呼吸して震えをごまかし、しかとデュークと目をあわせる。
神聖術とは、神様に仕える者だけに与えられる恩恵だ。神様の権能の一部とも言われているそれは、術者が神様の力を借りているためか治癒や浄化に特化しており、極めればどんな怪我も病気も治せるようになるという。
巫を目指すデュークも当然、神聖術を学んでいる。毎日頑張って練習している甲斐あって、デュークの神聖術は巫女様の折り紙付きだ。
だからデュークならきっと、力を貸してくれるはず。
そう思ったのだが、デュークは地面に目を落とし首を振った。
「…いや、だめだ。僕の神聖術じゃ間に合わない。」
そう告げた口が悔しげに引き結ばれる。
…そんな。サアッ血の気が引く。
デュークは顔を俯けると、静かに息を吐き出した。そして顔を上げると、青褪める私と目を合わせる。
澄んだ鈍色の瞳が、まっすぐな光を宿して強く輝く。
「だから、エレノア!僕と契約してくれ!」
「……え?」
はつり、目を瞬かせる。
デュークと視線がぶつかる。幼なじみの目は本気だった。覚悟を決めた時の、何があっても絶対折れない目だ。
「デューク!」
巫女様の焦ったような声が、遠く聞こえた。