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PRISONER 3  作者: 桜咲詠恋
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 おうじさまは おひめさまの手をとるとひざまづき


 おひめさまの ながいまつげにいろどられた おおきなひとみをみあげ いいました。


「おひめさま どうか わたしと けっこんしてください」


 おひめさまは ほうせきのような なみだをいくつもながし うなずきました。

 


 そして ふたりはしあわせに──


---------------------------------------------------------------------------------------------



 桜井鈴音は自室を出ると、息を殺して玄関へ向かった。

 たたきに腰を下ろしてバックスキンのブーツにタイツの足をそっと入れ、時間を確認すると、音を立てないよう携帯をバッグに突っ込む。

 後はドアを開けて外に出てしまえばいい。

 しかし、気を抜く訳には行かない。最要注意人物がリビングにいるのだ。

 一つ深呼吸をしてから背後を振り返り、耳を澄ます。

 リビングからゲーム音楽が聞こえた。

 どうやら気付かれていないらしい。

 取り越し苦労だったかと苦笑いしながら、慎重にバッグを肩に掛け、ゆっくりとした動作でミニスカートの膝を伸ばした、その時だった。

「ちょおっと待ったあ!」

 廊下の突き当たりに位置するリビングのドアが、吹き飛ぶような勢いで開かれると、ドカドカと床板を踏み鳴らして、猛然と男が駆け寄って来た。

 四角い輪郭に、太い眉。

 ギョロリとした目と、引き結んだ口が無ければ、海苔弁、もしくは下駄と表現するに相応しい。

 しかし、この下駄顔の男こそが、桜井鈴音の十歳違いの実兄であり、彼女の頭痛のタネ、桜井圭一だった。

「な、なによ」

「何処へ行く、何処へ!」

 うろたえる鈴音に、圭一は広い肩を怒らせ、唾を飛ばしながら詰め寄った。

「何処って……もう、きたな……」

「男じゃないだろうな!」

「……」

 大当たりだった。

 これから、担任であり、密やかな恋人でもある都筑と会う約束をしているのだ。

 しかし、こんな事で引き下がる訳には行かない。今日は、年に一度っきりのクリスマスイヴなのだ。

「どうなんだ」

 繰り返す圭一に、鈴音はぷいっとそっぽを向いた。

「圭ちゃんには関係ないでしょ」

「な……なんだと?!」

 溺愛する妹の素っ気無い態度に激しい衝撃を受けた圭一は、顔色を変え、ますます目を剥くと身体を捻った。

「おい! おかーさんッ! おかーさーんッ! 鈴音が! 鈴音が不良になったぞォォォォォッ!」

 両手でメガホンを作り張り上げるそれは、まるで数キロ先に危険を知らせるかのような大声である。

 鈴音はがっくりと肩を落とした。

「お母さんなら、お父さんと温泉行ったよ」

「なにっ? 娘の一大事に温泉だと? なんと暢気な!」

「一大事じゃありません。大体、なんで不良なのよ……」

「当然だ! お兄ちゃんが何処へ行くのか聞いてるのに、行き先を言えないなんて不良だ! びっくりだ! ドンキーだ!」

「ヤンキーでしょ」

「そう、それだ! つまり極道の始まりだッ! 岩下志麻だッ! 覚悟しぃやぁぁぁぁッ!」

「も……声大きい……」

 高校生の妹に振り翳すとはとても思えない論法と大声に、とうとう鈴音は耳を押さえた。だが、限度を超えたシスコンである圭一の興奮は収まらない。

 それどころか、わなわなと震える指先を突きつけて語気を荒めて来た。

「それにだな! くっ、クリスマスに出かけるなんて、おおおお……男に決まってる! ふしだらなッ!」

「何決め付けてんのよ」

「決め付けも何も、上下揃いの下着がなによりの証拠だっ! そそそ……それは所謂勝負下着と言うやつだろうがっ!」

 と、突然桜井家が水を打ったように静かになり、ただでさえ寒い玄関がアラスカばりに凍りついた。

 大寒気団は、鈴音の真上に停滞中だ。

「着替え……覗いたわね……」

「あ、いや……」

「覗いたのねっ!」

「ち、違うッ! それは違うぞっ! スケベ心などは、欠片も……」

「そんな事わかってるわよ! でも、覗いたんでしょ!」

「断固として覗きではないッ!」

 妹の剣幕に、ここは開き直るしかないと踏んだのか、圭一はぶるぶると頭を振ると厚い胸を反らせた。

「いいか! あれは監視だっ! 兄として、妹の素行を監視したに過ぎん!」

「変態」

「ふがっ」

 たったの四文字であったが、それは猛烈なカウンターとなって圭一を襲った。

 ふらふらと大げさによろめき、壁にすがりつく。

 そんな兄に冷たい視線を投げかけると、鈴音は「じゃあね」と背中を向けた。

が。

「むわてぇい!」

 すばやくバッグを掴んだ圭一に、あっさりと引き戻された。

「おおおおお兄ちゃんは許さんぞッ! よく聞け! 大体、クリスマスと言うものはだな! 家族でチキンを食ったり、ケーキを食ったり、クラッカーをすぱこーんと鳴らして、ちょっぴり照れつつもジングルベルを歌ったり、『お兄ちゃん、これ、鈴音が一生懸命編んだセーターよ』、『おおう、嬉しいぞ鈴音! お兄ちゃん、棺桶に入るまで脱がないぜ!』なんて言う嬉し恥ずかしのプレゼント交換をだな!」

 クリスマスの定義と言うよりも、歪んだ自身の希望を語る兄に、鈴音は目を眇めたまま、溜息をついた。

「……て言うか、自分だって今日は合コンなんでしょ?」

「あっ……頭数が足りないから出てくれと言われてるだけだ! 誰が好き好んで合コンなど! お前がちゃんといい子にしてれば、ソッコー帰ってくるわ!」

「じゃあいいよ」

「なぬ?」

「いい子にしてないから、ゆっくりして彼女作って来て」

「なななななななな」

「いってきまーす」

「鈴音ぇぇぇッ!」

 兄の絶叫を背中に聞きつつ、鈴音は家を出た。

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