21 戦略的撤退
21 戦略的撤退
昼時で込み合う前に昼食を取ろうという話になった一行は三階のフードコートに立ち寄っていた。しかし、皆考えることは同じだったようでフードコート内は既にそれなりの人で賑わっている。
来店した時よりも学生の数は増えており、そろそろ知り合いに遭遇してもおかしくない状況だ。帽子を眼深に被り直して、身バレ防止に努める。
雛乃と悠里に席を取らせて、享と二人で販売機の前に並び、食券を購入する。
ピザにたこ焼き。焼きそばとホットドックを一つずつ購入して、フードカウンターで注文を済ませた。料理ができるまでその場で待っていると手持無沙汰な時間ができてしまい自然と享が話しかけてくる。
「バレーやりたいなら今度市民体育館でも借りてみる?」
「よく考えたが遠慮しとく」
考える間もなく却下なのだが、享は何故か訳知り顔で寛人を諭す。
「大丈夫さ。僕の友達に声かければ人数は集まると思うから」
「そんな心配は全くしてない」
見当違いも甚だしい。享の交友関係など知らないが、陽気で騒々しい体育会系であることは容易に想像がつく。寛人の性格とは確実に馬が合わないので、絶対に参加したくなかった。望まぬ招集をかけられる前に享に釘を刺しておく。
「今回は参加したが次はないからな」
「なんで? 楽しそうにしてたじゃないか」
「……してない」
その言葉は喉につっかかった。
「おまえの勘違いだ」
「恥ずかしがることなんかないと思うけど」
「勝手なこと言うな。そんなんじゃねぇよ」
嘘ではない。享の言葉を頑なに否定したいのは羞恥心や天邪鬼なんかではなくて、ただ、顔向けできない人がいるから。その感情は持っていたくない。
「目的は達したし、もう帰ってもいいくらいだ」
この場にいることが急速に苦しくなって、吐き捨てるように口にした。
寛人がここにいるのは雛乃と悠里の仲を取り持つ使命のため。それだけだ。
目的は既に成就している。ならば、ここにいる必要もない。いてはいけない。許せない。楽しい時間も。関係も。寛人が手に入れてはいけない物だ。
「宍戸?」
「なんでもない」
内側から煮え沸るような感情を、閉目して抑え込む。
この場で爆発していい類の感情ではない。
「目的って日向さんと彩木さんのこと?」
「おまえきもいな」
何故何も話していないのに分かるのか。
「あれだけ二人のこと見ていたら誰だって分かると思うけど……」
「……そんなに見ちゃいない」
そうであって欲しいと思って否定する。
享はともかく、本人達にも気付かれていたのだとしたら気恥ずかしい。
「よかったね。あの二人が仲良くなって。日向さんは学校の人気者だけど。たまに見せる表情が少し寂しそうだったから」
「それが分かってたんならもっと早くにどうにかしてやれ」
何故か寛人が協力する羽目になっていたが、友達が一人もいない寛人より、そういうのに慣れた享の方がもっとスマートに解決できていた筈だ。
何より享が手を差し伸べていたら、もっと早くに雛乃の寂しさを取り除くことができていたかもしれない。
「人の信頼を勝ち取るのは凄く難しいことだよ。特に日向さんはね」
「そうか……? 誰にでも付いて行きそうな感じあるけどな」
実際に寛人は最初から妙な信頼を獲得していた。
あまりイメージが湧いてこず、享の発言に懐疑的な視線を送ると、享は自嘲染みた笑みを引っ込めて、達観した様子で言葉を続ける。
「宍戸は日頃の行いがいいから」
「おまえ裏ではなんかしてんのか? おまえの方が絶対に優等生だろ」
勉強。部活。生活態度。どれも享の方が優秀だ。
寛人と享。どちらかが模範的な生徒として選ばれるとするならば、満場一致で享が選ばれることだろう。そこに異見が挟まる余地はない。けれど、雛乃が信頼に足る人物だと認めていたのは享ではなく、寛人の方だった。
「そうかもね。でも、困っている人を見つけて手を差し伸べる。それはとても難しいことで、臆病な僕には出来ないことなんだ」
その表情には測りきれない憂いがあった。
「……俺だってそんな大層な人間じゃない」
何もできず、逃げ出した。気付けずに、傷つけた。
痛みや傷を見なくて済むように遠い場所まで逃げ出して、更生した振りをしても根本の部分は何も変わっていない。臆病で無力な、ちっぽけな人間のままだ。
「話を、戻そうか」
淀んだ空気を察して享が話題転換を試みる。深い場所まで思考が沈みそうになっていたことを寛人も自覚して、珍しく彼の意見に賛同した。
「まだ何かあるのか?」
「バレーの話だよ」
「参加しないって言ってんだろ……」
話題を変えても憂鬱になる案件ばかりで辟易してしまう。
享は、まあまあと寛人を宥めて続きを話す。
「二学期の末に球技大会があるのは知ってるかい?」
「……それバレーだったか? 去年はサッカーって言ってた気がするが」
十二月の期末試験が終わり、冬休みの直前に行われる学校行事。寛人達はまだ経験したことはないが、学校説明会の折に少しだけ話を聞いた気がする。
行事ごとには興味がなかったので話半分で聞いていて、あまり詳細は覚えていなかった。寛人の中では体育祭と何が違うのかもよく分かっていない。
「種目は毎年生徒会がくじ引きで決めてるらしいよ」
「だったら、まだ何になるか決まってないんじゃないか?」
「僕は生徒会にちょっとしたコネを持っててね」
彼の交友関係の広さにはほとほと呆れる。
敵に回したらとんでもない数の援軍が現れそうだ。
「だから、今年の球技大会の種目をバレーにしてもらえないか掛け合ってみるよ」
「しなくていい。そもそも個人の意見を生徒会が聞き入れたら駄目だろ」
「まぁ、楽しみにしておいてくれよ」
彼には相当な自信があるようでその態度は揺るぎない。それだけ強いコネクションを持っているようだ。ただ、バレーボールが球技大会に選ばれたからと言って、出場するのはたったの数人。その中に寛人が選ばれることなど在り得ない。
「例えバレーに決まったとしてもクラスの目立ちたがりで枠が埋まるだろ」
「そこでもう一つお知らせがあってね。僕は学校行事を取り仕切る実行委員なんだ。恐らく、球技大会の選手決めも僕が司会進行することになるんじゃないかな」
悪魔のような囁き。言外にその時に寛人を推薦すると言っているようなもの。
「性悪貴公子が」
最大限の嫌味を込めてそう言っても、享は快活に笑うだけで悪びれた様子は皆無だ。クラスメイトが手放しで賛同するとは思えないが、反対する声を納得させるだけの話術も彼なら持ち合わせていそうである。
「ははは。楽しみだねー」
「何もやる気が起きなくなった」
この憂鬱が十二月まで続くのだと思うと気力は根刮ぎ奪われてしまった。
出てきた料理を受け取って席を取っている筈の女性陣の所へ戻っていると、二人の姿はすぐに発見することができた。二人とも容姿が整っているので人混みの中にいても一目で分かる。だが、その様子は少しおかしい。
雛乃と悠里が座っているのは四人掛けのテーブルだ。隣り合って座っている二人の対面に見知らぬ男が二人。我が物顔で腰掛けているのが遠目に確認できた。
「なんだあいつら」
年齢的には高校生くらい。二人とも短い髪に焼けた肌をしていて、如何にも運動部らしき風貌だ。頻繁に二人で顔を見合わせながら雛乃と悠里に話しかけているみたいだが、雛乃は愛想笑いを浮かべ、悠里は仏頂面で瞬き一つしていない。
男達二人の空回りしている様子がありありと見てとれる。
「あれはナンパか?」
「隣のクラスの子たちだよ」
朝と同じ目にあっているのかと歩を早めようとした寛人の隣で享がそう訂正した。だとすれば同じ学校の生徒ということなのだが、全くもって見覚えがない。
「体育の時に一緒になってるから何度か顔は合わせてる筈なんだけど」
「本当にそうか?」
「宍戸。まさかとは思うけどクラスメイトの名前と顔は一致するよな?」
「流石にクラスの連中は分かる。……たぶんな」
「……無理そうだね」
名前を呼ぶ機会も呼ばれる機会もないのだから仕方ない。
「まぁ、うちの生徒なら対応は任せる。変な事させないようにな」
そう言って寛人が持っていたトレイを半ば強引に享へ押し付ける。
突然のことに享は反射的に受け取って、両手に一つずつトレイを持った状態で不思議そうに首を傾げていた。寛人が何をしようとしてるのか分からないみたいだ。
「おまえらと一緒にいることがばれたら面倒だからな。俺は飯食って帰るわ」
享に預けたトレイから自分が食べるために頼んだホットドックだけを回収して、返事も待たずに踵を返す。
「え? いや、いきなり」
「一応。いい息抜きにはなった。じゃあな」
享の言葉を遮って、寛人の足は一度も止まることなくフードコートを後にした。




