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19 寛人の過去

19 寛人の過去




 卓球の後もバスケやフットサル等で遊び続け、流石に体力が消耗してきたので、休憩も兼ねてマルチコートの列に並ぶことになった。丁度人が空いたタイミングで並べたので寛人達の前に並んでいるのは一組だけだ。

 やっとこの時が来たかと、寛人がエナメルバックに入っていたバレーボールを取り出して手に持つ。気が早すぎるのだが、逸る気持ちは抑えられそうになかった。


「宍戸ってバレーボール部だったのか?」

「中一の半年間だけな。あとは小学生の時にクラブに入ってた」

「中一の半年間だけっていうのが気になり過ぎるんだけど」


 寛人の発言に不穏な気配を感じ取ったのか、享が意味心な視線を向けてくる。


「気にするな。先輩と折り合いが悪くて辞めただけだ」


 何処の学校にでもあるようなあり触れた理由。

 それが寛人の身の回りにも置きた。ただ、それだけだ。

 

「宍戸が通ってた中学にも宮野先輩みたいな人がいたのかい?」

  

 享が口にした人物は彼に絡んでいた例の上級生の名前だった。

 久しく顔も見ていないが、その名前を聞いて妙に得心が行く。

 自分より優秀な人間を蹴落とそうとする思考。多勢を率いる臆病さ。

 口だけは達者なところもよく似ているかもしれない。

 

「そうだな。どうやら俺はプライドの高い人間とあまり相性が良くないらしい」 

「ははは。確かに宍戸は物怖じしないし、現実を突き付けるタイプだからそういう人達には嫌われるだろうなぁ」


 御山の大将とでも言うべきだろうか。見聞の狭い彼らは身の回りの小さな世界だけを己の短い物差しで測り、自分は優れているんだと得意気になっている。

 向上心はまるで持ち合わせておらず、胡座をかいて研鑽を積まない癖に自分が取るに足らない人間だと突きつけられるのは怖くて、優秀な人間を躍起になって排除しようとするのだ。


「笑い事じゃない」

「そうだね。それが前言ってたことに繋がるんだろ?」

「さーな」


 そんな仮説を立てる享。ただ、寛人に答えを教えるつもりはなくて、適当にはぐらかしていると、後ろに並んでいた悠里が話に割り込んでいた。


「前に言ってたことって?」

「別に大した話じゃない」


 振り返りもせずあしらう寛人に悠里はめくじらを立てて詰め寄る。


「有り触れた話ってこと? じゃ、隠すようなことでもないわよね」

「あぁ。間違えた。とんでもなく大層な話だったわ」

「へぇー。面白そうな話ね。退屈しのぎに話しなさいよ」  


 寛人が何を言っても強引に話を戻そうとする悠里。

 悪びれもしない態度が非常に腹立たしい。


「人の身の上話を暇つぶしに使おうとするな」

「いいじゃない。減るものでもないでしょ?」

「悠里。宍戸君が嫌がってるよ」


 空気が淀み始めたことを察してか雛乃が悠里を手で制す。

 

「雛乃は気にならないの?」

「そ、それは……」


 それでも動じない様子に雛乃の方が言葉を詰まらせる。彼女はあまり秘密を暴こうとする性格ではないけれど、触れないことが興味がないという証拠ではない。

 知りたくても、寛人のことを優先して気遣ってくれているのだろう。


 元来自分のことを話さない寛人の更に話したくない部分。

 口にすればあの日々を思い出して気が滅入る。


 努めて考えないようにしていた過去。でも、最近は当時を振り返る機会も多く、長い時間が経ったからか以前よりも話すことに躊躇いはなくなっていた。

 享や悠里に聞かせるのは釈然としないが、雛乃には話してもいいと思える。


「中学一年生の時に一つ年上の先輩と折り合いが悪くなった」


 それにこの話はまだ『軽い』。

 

「同じ部活だったその人のポジションが一年の俺に代わってな」


 バレーボールというスポーツは試合に出れる人数が非常に限られている。

 部員の数によっては試合に出られない部員の方が多く、三年間試合に出られないことだって当たり前にあり得てしまう。


「宍戸の方が技術が上だったから交代になったんだろ?」

「あぁ。さっきも言ったが俺は小学生の時からバレーをやってたし、入学した時点で俺はその人より技術があって、監督の采配で正セッターに選ばれた」

 

 試合に勝つための選択。

 弱肉強食の世界で寛人が勝った。

 そんな単純明快な話を人の心は受け付けない。


「それが気に食わなかったんだろうな」


 後輩に地位を奪われるという落ち目は思春期真っ盛りの未成熟な自尊心を傷つけ、歪ませた。結果、彼は努力して寛人の実力を追い抜くのではなく、寛人を蹴落として自分の地位を守ろうと策を講じ始めていく。


「三年生が引退して、一、二年の新体制になってからは面倒事が続いた。それが耐えられなかったから一発ぶん殴って俺は部活を辞めたんだ」


 それが中学一年生の秋頃だっただろうか。

 その時に寛人の人生は大きな悪意によって歪まされてしまったのだ。


「そんなの嫌だよ……」


 今はもう昔の話に雛乃が唇を噛む。

 自分のことのように苦しんでくれる彼女を見ると、少しは救われた気がした。


「宍戸君は何も悪いことなんかしてないのに。自分勝手な嫉妬でずっと大好きだったことを辞めなきゃいけなくなるなんておかしいよ」


 当時その言葉を貰っていたらこうして捻くれずに済んだのだろうか。

 たらればに意味はないけれど、少しだけそんな分岐した未来を考えてしまう。


「あんたの捻くれた性格にもやっぱり理由があったのね。その噂が高校でも広まって今に至るってこと?」

「そういう訳ではないな。俺の地元はここから遠いところだから」

「は? 学校にはどうやって通ってるのよ」

「近くのマンションに部屋借りて一人暮らししてる」

「……初耳なんだけど」

「そうだろうな。誰にも言ったことはないし、聞かれたこともない」

「……まぁ、いいわ。高校で変な噂立てられてるのと中学のことは関係ないのね」


 その疑問には寛人に代わって享が答えた。


「その続きは僕が話すよ。原因は僕にあるから」

「御白が? あんた何やらかしたのよ」

「宍戸は僕が宮野先輩に絡まれていたところを助けてくれたんだ。それで目をつけられて。信憑性の欠片もない噂が出回るようになってしまった」

「……宍戸。あんた年上との相性悪すぎるでしょ」


 事情を聞いた悠里が心底呆れた様子で溜息を漏らしている。

 二度程先輩関連で問題を起こしているが、一部の人間と異常に相性が悪いだけで、年上全般に嫌われている訳ではない。しかし、客観的に見ると悠里の言い分の方が正しいのかもしれない。


「あれも俺が悪かったのか?」

「ううん。そんなことない。だって、クラスの皆怖がってたもん。それが今は皆が楽しそうに安心して学校生活を送れてる。それは全部宍戸君のおかげなんだよ?」


 自身が無くなってきた寛人を雛乃が大袈裟なくらいに肯定してくれる。

 身を委ねたら駄目人間まで堕とされそうだ。


「原因が分かってるならあんたがさっさと誤解解いてあげなさいよ」

「僕が言ってもあんまり効果が薄くてね。皆がこの状況を楽しんでしまっているし、宍戸も全く否定しないから収束できないんだ」

「……なるほどね。宍戸はなんで否定しないの?」

「この状況が都合の良い時もある。人間関係は煩わしいことも多いだろ」

「僕としては宍戸が凄い奴だって皆に知ってもらいたいんだけどなぁ」


 何度か聞いた享のその言葉にいつも通り呆れていると、雛乃が目を輝かせて手を挙げた。


「はい! その計画に参加します!」

「止めろ。参加するな」


 お願いだから平穏を脅かさないで欲しい。

 奇異な視線で見られようと実害がなければ寛人にとっては平和と言える。

 妙なところで力を合わせようとしている二人を咎めようとして、


「雛乃も宍戸に何かしてもらったの?」


 悠里のその言葉に雛乃が明らかに狼狽した。


「えっ!? な、なに? なんでそう思ったの?」

「え。そんなに変な質問だった? ちょっと疑問に思っただけなんだけど」

「あっ。そ、そうだったんだ……。えへへ。勘違いしちゃったなぁ」

「何を?」

「……へ?」

「雛乃。さっきから言ってること変だけど」

「そ、そうかなっ? そんなことないと思うけど!?」

「あんた達って関わりなさそうなのに仲良いわよね」


 悠里の追及にしどろもどろで身振り手振りが増えていく雛乃。しかし、その動きは次第に小さくなっていき、最後には耳まで真っ赤に染めて俯いてしまう。


「……うん」


 聞き取れないくらいの声量で頷いて、一体何に対しての肯定なのかも判断できない。それきり口を噤んだ彼女を見て、悠里と享が一斉に寛人の方に振り返った。


「あんた雛乃に何したのよ」

「何もしてない」

「じゃ、この反応はなんなの?」

「知るか。俺が聞きたいくらいだ」

「僕も気になるなー」

「……何もしてないって言ってるだろ」


 雛乃の意味ありげな素振りのせいで二人からの追及が止まらない。

 早く彼女の方から弁解をして欲しかったのだが、下を向いたきり顔を上げようとしないので、もうしばらくは助けを期待できそうにはなかった。





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