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18 隣人と友達

18 隣人と友達




「二人して遅刻ってどういう了見な訳?」


 待ち合わせ場所に十分程遅れて到着すると既に悠里と享が待っていた。

 悠里はそれはもうご立腹な様子で腕を組み、仁王立ちしている。


「遅れて悪い。遅刻する気はなかったんだけどな」

「当たり前でしょ。あったらもっと問題よ」

「彩木さん。宍戸君は悪くないの。私が変な人に声をかけられて」


 寛人を庇うように前に出て、事情を説明しようとする雛乃。

 ただ、話の出だしですぐに悠里が雛乃の身体をペタペタ触り始める。


「は? 何それ。大丈夫? 変なことされてないでしょうね」

「う、うん。大丈夫だよ。宍戸君が助けてくれたから」

「そう。よくやったわね」

「……別に大したことは何もしてない」


 珍しく寛人を称賛してくる悠里だったが、雛乃が絡まれた要因の一端は寛人にもあるので内心複雑だった。


「でも、よかったね。偶然、タイミングが重なって」


 黙って話を聞いていた享が安堵の笑みを浮かべて、二人と顔を見合わせる。


「まぁ、そうだな」

「う、うん」


 その問いかけに二人は曖昧に頷いた。


「どうかした?」

「気にするな。何でもない」


 信頼に足る二人だ。細かい事情を伝えても言い触らされたりはしないだろう。しかし、共有した秘密はその後、ずっと守って貰わなければいけない。


 どれだけ口が堅かろうと、不用意に口にしてしまう可能性は誰にだってあって、その時に寛人は彼等を責められない。だって、話してしまった落ち度は自分達にもあるのだから。その時に罪悪感を抱かせてしまうくらいなら、最初から知らなければそんな心配もしなくて済む。だから、今はこの状態が最善だと思うことにする。


「早く入ろう。外は暑い」


 追及が続く前に店内に入り、受付を済ませた。

 一階、二階はゲームセンターの区画。三階がフードコートにカラオケ、ボウリング。四階がスポーツコート専用のフロアになっている。

 寛人達は身体を動かしにきているので、エレベーターを使って四階まで上がる。

 混雑を避けるために午前中に集まったのだが、既に人が並んでいる種目も多い。


「何からしようか?」

「んー。どれからがいいのかなぁ?」

「あたしはなんでもいいけど」

「特に決まってないならとりあえずマルチコートでいいだろ」

「……バレーだけしたがってる奴いるわね」

「今日はそれだけをやりに来てると言っても過言じゃない」

「あはは。私はそれでいいよー」

「マルチコートは人気だから待ち時間があるかもしれないね」


 享の先導についていきマルチコートに到着すると現在は家族連れがバトミントンをしており、待機所にも列が出来ている。それぞれの種目には一組が占領しないようにするためのルールとして十分という時間制限が設けられていた。今、見る限りでもマルチコートには三組が順番待ちしている状態だ。


「これなら四十分ぐらい待たなきゃいけなさそうだね」

「なん、だと……」


 人気だとは事前に分かっていたが、まさかここまでとは思っていなかった。

 叶うならいつまでもマルチコートで遊んでいたかった寛人は項垂れてしまう。


「並ぼうか?」

「いきなり四十分も待ちたくないんだけど……」


 そんな寛人を気遣って列の最後尾に並ぼうとする雛乃だったが、悠里は当然そのような反応になるので、寛人が雛乃と位置を交代して三人に声をかける。


「俺が並んでおくからおまえらは他ので時間潰してきたらいい」


 当たり前のようにそう言うと三人は何とも言えない表情をして顔を見合わせた。

 いつも通りの寛人の言動に享と悠里は呆れた様子で小さく溜息を吐いていて、雛乃は不満げに頬を膨らませている。


「宍戸君も一緒に行こうよ」

「まだ充分時間はあるんだからチャンス見て、また来たらいいでしょ」

「その間に誰かが並ぶかもしれないだろ」

「だとしても、あんただけ待たせてあたしたちが心置きなく遊べると思う訳?」

「どうしても並ばないと無理そうだったらみんなで並ぼ?」


 寛人の自己中心的な物言いを二人掛りで説得し始める雛乃と悠里。

 寛人が折れなければこの問答はいつまでも続くことだろう。

 それは望むところではない。遅延行為をしたい訳では毛頭ないのだ。

 

「三対一で宍戸の負けだね。諦めようか」

「……お人好しが多いと何もできん」


 渋々列を離れると、享は周辺を見渡して空いている種目を探し始めた。


「卓球は待ち時間なくできそうだよ」

「いいんじゃない?」

「よーし! 皆で行こっか」


 雛乃が寛人の背中を押して卓球のスペースに入る扉を潜らせる。

 卓球の台は全部で四つあり、その内三つは別の客で埋まっていた。


「ダブルスがいいかな?」

「そうだな。経験者っているのか?」

「僕は何回かしたことあるよ」

「何でもないように言ってるけど絶対おまえ上手いだろ」


 中学時代はテニス部で結果を残した実績。高校ではバドミントン部で一年生ながら顧問から期待されている新鋭だ。勝手は違うだろうがなんとなく同じラケット競技の卓球も上手そうである。そんなことないと苦笑しているが間違いなく謙遜だ。


「私は体育の授業でやったことがあるくらいかな」

「右に同じ」

「俺はやったことないなから強そうな御代と組むか」

「じゃ、私は彩木さんとチームだ! 彩木さん。一緒に頑張ろうね!」

「そうね……。ボコボコにしてやりましょ」


 やる気満々の二人。助け合いを経験すれば自然と仲も深まるだろう。

 そしてもう一つ、連帯感が生まれそうなルールを追加する。


「負けたら罰ゲームな」

「えぇ!?」

「ははは。その方が盛り上がるかもね」

「な、なにさせるつもりよ」

「そうだな……。それじゃ、自販機のジュース奢りで」

「なんだ。あんまり大したことないわね」

「あとは負けた相手を滅茶苦茶煽っていいことにするか」

「絶対に負けられない。日向さん。気合い入れるわよ」

「さ、彩木さん……?」


 負けられない状況になれば団結力も一層高まる。それが仲間意識に繋がる筈だ。

 友達作りを碌にしてこなかった寛人に何の証明もできはしないけれど。


「ほら。行くぞー」


 ボールを突き出して、雛乃と悠里に準備を促す。


「サーブのやり方は知ってる?」

「馬鹿にすんな。やったことはないが、流石に見たことくらいはある」


 心配される必要もない。その見たままを実践すればいいだけだ。

 左手にボールを持ち、右手でスイング。自分のコートにワンバウンドした卓球玉はネットを超え、相手のコートをワンバウンドすることはなく飛び越えていった。


「……なんでだ」

「ふっ。下手くそ」

「なんだあいつ」

「はは。だから言ったのに」


 相手コートから罵声が飛んでくる。享も小さく笑っていた。


「どうやら罰ゲームはそっちのチームで決まりみたいね」

「し、宍戸君は初心者なんだから仕方ないよ!」


 雛乃だけが寛人をフォローしてくれている。

 二人に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。特に悠里に。


「これって十一点先取?」

「それでいいんじゃないかな」

「じゃ、こっちが一点ね。案外すぐ終わっちゃうんじゃない?」


 寛人を煽りに煽って悠里が自信満々にボールを持つ。寛人と同じようにボールをスイングして、そして全く同じ軌道を描いてコートを大きく飛び越えていった。


「おまえも下手くそじゃねぇか」

「い、いまのはちょっと手元が狂っただけよっ!」

「彩木さん運動苦手だからなぁ」

「よくあんなドヤ顔できたな」


 どうやらどちらのチームにも足手まといが一人ずついるようだ。


「彩木さん。全然大丈夫だよ! まだ同点だもん」


 雛乃が一生懸命に悠里を励ましている。

 寛人の狙い通りではあるのだが、ビジョンと少し想像と違った。


 続いて享のサーブに順番が移る。

 享は慣れた様子でボールを真上にトスし、落下の途中で打球した。

 お手本のようなサーブは相手コートで一度バウンドし、エンドラインを掠めようとしたところで、雛乃が僅かな隙間にラケットを差し込んで掬うように打ち返す。

 そのままサイドラインでバウンドした球を今度は寛人が打球するが、その返球は角度がつき過ぎていて、ネットに阻まれてしまう。


「やったー!」

「あんた上手すぎでしょ。凄いわね」

「えへへー」


 雛乃の好プレイに相手陣営が盛り上がっている。

 それはそれとして、寛人の中にも負けず嫌いの性格が顔を出してきた。


「悪い。反応遅れた」

「どんまいどんまい。惜しかったよ」

「なかなか感じが掴めないな」


 ピンポンが小さく軽いので、狙った場所に返すのが中々難しい。


「もうちょっとラケットの中心で打つことを意識するといいかな」

「ふむ。なるほどな」


 ラケットの淵ではなく中心で捉える。

 そのためにはボールの軌道をいち早く見極める必要がありそうだ。


「いくよー」


 雛乃がサーブのターン。雛乃も打ち方は寛人と変わらないが速度が段違いだ。

 ネット上ギリギリを跨ぎ、エンドライン手前でバウンド。それでもほとんど速度は落ちていなかったが、少しコートの後ろで構えていた享は余裕を持って、床に落ちかけたボールをラケットで弾いた。大きく弧を描いて、相手のコートに返っていくボール。しかし、ゆっくり跳ね上がったボールは絶好のチャンスにも等しい。


「彩木さん。よーく狙って」

「任せて。行くわよ!」


 目でしっかりと軌道を追い、ラケットを思い切り振り抜く。

 ラケットの中心を捉えた一打はコートを斜めに切るように飛んだ。


「よし! やってやったわ!」

「すっごくナイスだよ!」


 大盛り上がりの雛乃と悠里。ハイタッチまでして非常に楽しそうである。


「なんか強くないか?」

「流石だなぁ」


 素直に称賛して、悔しさの欠片も滲ませていない享。

 余裕すら感じるのはきっと本気を出していないからだ。


「おまえも本気出せ。このままじゃ奢らされる」

「え? 僕は構わないんだけど」

「日向に奢るのはいいが、彩木には癪だ」


 自分の出した提案で、自分に火がついてしまった。

 勝負をするからには勝ちたいと思ってしまう。


「ははは。でも、僕一人の力だけじゃ勝てないよ。ダブルスっていうのはさ」

「分かってる。もう足は引っ張らない」


 再び寛人のサーブ。先程コートを飛び出してしまったことを考慮して、一歩分コートから距離を取り、打球。狙い通り相手コートでバウンドしたボールは、しかし、簡単に返されてしまう。


 今度は享がサイド際を狙って返球。返し辛い場所だったにも関わらず、雛乃はこれも返してしまう。ボールはネットを飛び越えて、コートの中央で低く跳ねる。


 軌道を予測。打ち易いポジションに即座に移動してラケットをスイング。中心で捉えた一撃は力を加えずとも跳ね返りで相手コートに返り、雛乃と悠里の間を何の手出しもさせることなく貫通した。


「なるほど。完全に理解した」

「こ、こんなに早く!? 宍戸君凄い」

「絶対嘘よ。まぐれに決まってるわ」


 二人の反応は正反対で見ていて面白い。ただ、悠里の言うように完全に理解したなんて筈はなく、その後も思うようなプレイは中々できなかった。素人なのだから当然と言えば当然なのだが、悔しさは一丁前に感じてしまう。


 結局。十一対九で寛人、享チームが敗北。

 時間的にも都合がいいので一度スペースから外に出て、雛乃と悠里をベンチに座らせる。負けてしまったので罰ゲームは言い出しっぺの寛人が請け負わなければならない。


「ほら。敗者はさっさと飲み物買ってきなさいよ」

「何にするかを先に言え」

「あたしは紅茶。日向さんは?」

「ほ、本当にいいのかな」

「俺が言い始めたことだからな。気にしなくていい」

「それじゃ、私はオレンジジュースがいいです」

「紅茶とオレンジジュースだな。了解」


 享と共に自販機に向かい、二人に頼まれた物と自分用に飲み物を購入する。

 寛人は天然水。享は缶コーヒーのボタンを押した。


「水でいいの?」

「ああ。一番美味い」

「宍戸らしいね」

「は? なにがだよ」


 よく分からないことを言う享に眉を顰めながら元の場所まで戻ると、雛乃と悠里はベンチにくっついて座っており、雛乃が自分の髪型を悠里に見せていた。

 彼女達の仲は果たして進展したのか。声は掛けずに離れた場所で様子を見守る。

 後ろからついてきていた享も寛人が立ち止まったのを見て、それに倣う。首だけをひょいと出し、二人の姿を確認すると、合点が行った様子で薄く微笑んだ。


「心配かい?」

「いやまったく」

「ははは。それは嘘が下手過ぎるかもね?」


 寛人の発言に享は声を出して笑う。

 心配なんてしていない。寛人は二人がいい奴だということを知っているから。


「今日の髪型彩木さんとお揃いにしようと思ってしてみたの。変じゃないかな?」

「え。それ私の真似だったんだ。まぁ、そうね。中々似合ってるとは思うけど」


 お揃いという言葉が恥ずかしかったのか悠里の頬が赤く染まる。

 物言いこそ素っ気ないけれど、口元が緩んでいて喜びは隠せていなかった。


「彩木さん照れてる?」

「て、照れてなんかいないわよ。バカじゃないの」


 雛乃に気付かれると余計に恥ずかしさが重なって、鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。少しだけ語気が強かったが、雛乃に怯えた様子はない。

 そこに悪意は孕んでいないと彼女だって知っている。


「私。今日が凄く楽しみだったの。こういうところって初めてだったから」

「そうなの? あんたって友達めちゃくちゃいそうに見えるけど」


 学校での雛乃を見ているとそう思うのが自然だろう。彼女の周りにはいつだって沢山の人がいるから。それがただの見せかけでしかなくて、雛乃が寂しさに喘いでいることを彼ら彼女らは知らない。


「遊びに誘ってくれる人はあんまりいないんだよね。誘われても何処行くか言ってくれないから怖くて」

「……合コンとかの類でしょうね。あんた友達選んだら? 誰にでも愛想良くするからそうなるのよ」

「う、うぅ……。おっしゃる通りです」


 彼女がいればそれはそれは盛り上がるコンパになる筈だ。

 男性陣が雛乃の気を引こうと躍起になって、結果他の女子達が嫉妬するシナリオまで予想できるが、きっと彼女達にしか分からない旨い話も隠れているのだろう。


 けれど、雛乃はまだ異性に疎く。恋のABCも知らないかもしれない少女で。

 そんな男女の下心渦巻く環境なんて彼女は欲しがっていない。

 雛乃が得難いと思っているのは何てことはない思ったことが話せる友達だった。


「あたしだったらそんなとこには連れてかないけどね」

「え?」

「日向さんの嫌がること。私だったらしないわ」


 雛乃と目を合わせて、不敵に笑う。それは頼りになるお姉さんのようだ。

 真面目で規律に厳しく、けれど意外と世話好きな少女はきっと雛乃の事情を知っても面倒なんて思わずに、手を差し伸べてくれる。


「彩木さん。私、彩木さんと友達になりたいな」


 雛乃が一歩踏み出す。初めの一歩を。


「悠里でいいわ。苗字じゃ他人行儀だし。あたしも雛乃って呼ぶから」

「呼んで欲しい! えへへ。嬉しいから抱き着いちゃう」

「ちょっと。いきなりなによ。もうっ」


 抱きつく雛乃に悠里もぎこちない素振りで抱きしめ返す。

 公共の場で恥ずかしげもないが、誰にも迷惑なんてかけていないのだから、彼女達を咎める者なんて何処にもいない。友情が成ったのなら外野は祝福するだけだ。

 そのお祝いにジュースの一つでも持って行くことにしよう。


「さぁ、僕達も友情を育もうか」

「止めろ馬鹿」


 後ろで享が気持ちの悪いことを言ってきたので、丁重にお断りをしておいた。


 



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