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メルセデス I  作者: 白白
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はじめに

正直どこからこの物語を始めればいいのか分からないし、どうやって始めればいいのかも分からない。

実際、今回の出来事を人に伝えるのはこれが始めてだ。

どの場面から始めようか、今まであった様々なことを一つ一つ思い返していると、ふと、すぐ上にある小さな窓の外から紅葉のように赤い夕陽の光が差し込んでいることに気が付いた。

いつの間に夕方になってしまったのだろう?時間のたつのは余りにも早い。

少し面喰いながら顔を上げると黄金色に染まった辺りの景色が目の中に飛び込んできた。

窓の奥では、真っ赤な空を背景に大きなオレンジ色の花をつけたヒマワリや黄色い花びらを少しだけのぞかせた月見草の花がまるで足の踏み場もないくらいにびっしりと辺り一面に咲き乱れている。

けれど黄金色に染まっているのは周りの地面だけじゃない。

その一面の野原の奥に見えるテュラン川を流れている透明の水も今、沈みゆく太陽の光を受けて金色色に輝いている。ゆらゆらと揺れ、時々キラキラと輝いているその水面は、ここから見ると何か薄い黄金のヴェールがかかっているようにも見える。

ふうっとどこかからなめらかな風が吹いてきた。辺り一面に咲いている花々が一斉にしゃわしゃわと淡い音を立て始める。山吹色に包まれた台地がまるで深呼吸しているように大きく左右に波打っている。

どこを見ても金色に包まれた夢のような世界。こんな場所が未だ地球にあったなんて知らなかった。

 ちょっとした感動に浸りながらぼんやり外を眺めていると、いつの間にかすぐ後ろに立っていたエリザがどこから摘んできたのか雪のように白いシロツメ草の小さな花の先端で僕の頬をツンツン突っついてきた。

少し大袈裟に、むっとした顔を作って振り返るとエリザがくすくすと口をおさえて笑い始めた。

優しい茶色い色をした彼女の目は、真っ赤に燃える太陽の光を反射してきらきらと宝石のように輝いている。

あの時と同じだ。始めてエリザにあった夜、あの時の彼女の目も月の光を浴びて同じように輝いていた。

その時のことを思い返していると、不意に心の中から笑いが込みあげてきた。

小さな部屋の中、僕とエリザの笑い声が響く。

「なに書いてるの?」エリザがいった。「小説?」

「うん、まぁ・・」曖昧な返事をしながら、僕はエリザの方に向き直った。

「これまであった出来事を一つにまとめておこうと思って。もしかすると何かの役に立つかもしれないし・・」

「あら、いいじゃない」エリザが感心したようにうなずいた。「きっと面白い作品になるわ」

「うん、ありがとう———」まさか3時間位机の前に向かっているのに未だ何も書いていないなんて。

そんなこと、気まずすぎてとてもいえない。 

「どうしたの?どこかで行き詰まったの?」そんな心の中を見透かしたようにエリザが僕にきいた。

いつものことだけどエリザは人の心を読むのが恐ろしく上手い。もしエリザに隠し事が出来る人がいるとしたらそれはエリザ自身くらいしかいない。

僕はすぐに観念した。「行き詰まったというか・・もうお手上げなんだ。まだ何も書けてない」

エリザが一瞬えっ、という顔になる。

「始め方がわかんないんだ。この話、どこから始めればいいと思う?」

「そうね・・・」エリザは茶色いくりっとした目を天井の方に向けた。

今日、エリザは白くて長いワンピースを着ている。今まで着ているところは、あまり見たことがなかったけど、控えめに言って凄くきれいだ。少し色白い肌によく似合っている。

正しい表現か分からないけど、今のエリザは何か雪の精霊のようにどこか神秘的で、でもどこか懐かしい、そんな不思議な雰囲気に包まれている。

「あなたがロスチャールズ病院に来た時からはじめたら?」エリザがいった。「ちょうど切りがいいし、いいんじゃない?」

「え?」完全に予想外の返答だった。てっきり〝エンデルの魔女〟がカイオに触れた時とか、メシレスがデリフト街道で人を殴り飛ばした時のことを言うと思っていたのに・・

「だってどこが始まりなのかわからないんでしょ?」驚いている僕の顔を見て、エリザが笑った。「それなら他にちょうど切りのいい所から始めた方がいいじゃない」

「でも、その時にはギシエドは陥落していたし、ネオ・コミューンも作られてから随分たってた」僕は机の上に置いていた白紙の紙に目をやった。「そんなところから始めて分かりにくくならないかな?」

 「それまでの出来事を途中で回想シーンにして入れていったらいいじゃない。」エリザがいった。「そっちのほうが小説としてもおもしろくなるんじゃない?」

 エリザの言葉には魔力がある。聞いているうちにだんだんとそれがいいという気持ちが心の中に広がっていくのが分かった。

「そうしようかな」僕はにやっと笑った。「初めてエリザと会った夜の場面から始めればいいかな。星も綺麗だったし」

「あら、そうなの?」エリザが冗談でしょ、という風に笑う。「ちゃんとその日の朝から書かないと読む人が分からないんじゃない?もちろん、あなたが病院の中で起こした騒ぎのこともしっかりと」

そう言うと、エリザは台所の方に戻って行った。

いつの間にか窓の外はすっかり暗闇に包まれている。本当ならすぐ近くを流れているはずのテュラン川ももうどこにあるのかよくわからない。風が吹く度にヒマワリのこすれ合うしゃわしゃわという音だけが部屋の中に入ってくる。

見渡す限り他の建物の明かりはどこにもない。外に出れば星が出ているのかもしれないけどここからだと窓が邪魔でよく見えない。

僕はすぐ横にある棚の中に手を伸ばした。棚の中には今までほとんど使った覚えのないオイルボトルと

一緒に木の燭台が横倒しになって入っている。

何か机にむかうときは、決まってこれを明かりに使ってきた。もちろん部屋のなかにはちゃんと電球がついている。どこを見るにも別に困らない。

でも、蝋燭の火を前にするとなんだか気分がすごく落ち着く。どうしてなのかは分からない。

でも、昔からずっとそうだった。

 燭台を取り出して、机の上に乗せる。それから燭台の上で軽く念じながら握りこぶしを作る。

すぐに手の中が熱くなってきた。手全体が赤いもやに包まれていく。

ゆっくり手を開くと、手のひらからぼおっと青白い炎が宙に浮かび上がった。

手全体が赤いもやに包まれているせいか、浮かび上がった炎は風に当たってもほとんど動いていない。

そのまま手を蝋燭の先に近づけると、ぼっと音がして火は簡単に燃え移った。燃え移った火はすぐに赤色に変わり、外から吹いてくる風にあたってゆらゆら揺らめいている。

蝋燭に火を移し終わると、僕は手を握り締めて火を消した。赤いもやがすうっとあたりの空気に溶け込んでいった。まるで霧が晴れるかのように。

どこかからほんのりといい匂いが漂ってきた。うっすらとクリームシチューの甘い香りが混じっている。エリザが作っているのだろうか?

もしそうだと嬉しい。クリームシチューは僕の大好物だ。

僕は机に向き直った。手元に転がっていた鉛筆を持つ。

まずはロスチャールズ病院、僕がエリザに見つけてもらった場面から。

 一度大きく深呼吸をして白紙に鉛筆を走らせる。

次の瞬間、初めてエリザに会った日の思い出が走馬灯のように一気に頭の中に流れこんできた。

                      










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