婚約なんてしていました?
ふわっとした設定なので、ふわっとした雰囲気でさらっと読んでください。
「ナターシャ、お前とは婚約破棄だ!新たにこのマキナを私の婚約者とする!」
マキナと呼ばれた令嬢は、わたくしに向かって婚約破棄を叫ばれたこの国の第一王子にすっぽりと隠れていて姿は見えません。ピンク色のふわふわしたドレスの裾と、小さくて白い手だけが王子の脇辺りからちらりと見えるだけです。
今日はわたくしが通っていた学園の卒業パーティの日。そんな記念すべき日に、すでに卒業されている王子が何ということを言い出すのでしょうか。
「ルイス殿下…」
「何だ!つまらぬ言い訳など聞かぬぞ!」
「あの…わたくしと婚約とは…いつなされたのでございましょう?」
「は?」
そう。わたくしこと、ナターシャは先ほど婚約破棄を訴えられたこの国の第一王子であるルイス殿下と婚約…なんてしていましたでしょうか?
「何を血迷ったことを言っている!齢5つで私の婚約者となったではないか!」
「5つ…」
「城に専用の部屋をもらい、王妃教育を受けているその身。覚えがないとは言わせないぞ」
「王妃教育…」
本当に身に覚えがありません。はて?と首を右に左に傾げてしまいます。あ、こんな態度をしていては王妃様に叱られてしまいますわね。
「ルイス殿下、申し訳ございません。わたくし本当に覚えがございません。婚約も王妃教育も何のことなのでございましょう?」
「私を何度馬鹿にすれば気に済むのだ!」
いえ決して馬鹿になどしておりませんが?そう思っていたら、王族専用の扉が開き誰かが入って来たようです。わたくしからでは壇上に上がられているルイス殿下の影になっておりお姿は拝見出来ません。
「馬鹿はお前ですっ!」
顔を真っ赤にしながらわたくしに向かって吠えていた殿下を窘めたのは殿下の母である王妃様でした。
「は、母上」
「ごめんなさいねナターシャちゃん。うちの馬鹿息子が…」
「とんでもございません」
ドレスの端をつまんで、王妃様直々に教えて頂いた挨拶をいたします。
「ルイス!貴方の馬鹿さには気付いていましたが治りませんでしたね」
「母上!何故こいつの肩を持つのですか!」
「貴方よりもナターシャちゃんの方が大事ですもの!」
王妃様のその言葉に殿下はぱくぱくと魚のように口を開閉されています。呼吸は大丈夫でしょうか?もしやエラ呼吸が出来るとか?素晴らしいですわ!
「そもそも。貴方とナターシャちゃんは婚約などしていませんし、王妃教育は…そうなったらいいなと思って教えていただけです」
「…王妃様…」
え?ルイス殿下の仰ったとおり、本当に王妃教育だったのですか?
たしかに2日おきに王妃様直々にマナーやこの国の内情、隣国の情報などを教えていただいておりました。
ただ、それも…
「貴方と違ってナターシャちゃんは既に公務をしています。だから城内にナターシャちゃんの部屋があってもおかしくはありません」
「は?…公務?」
王妃様に庇っていただいておりましたが、ここからはわたくしも発言させていただきますわね。
「ええ、そうでございます。その…わたくしは5つの頃より近隣3ヶ国分の言語を理解しておりまして、侯爵家では充分な教育が行き届かないとのことで、その頃より王城にて教育を受けておりました」
あ、自国を含めますと4ヶ国語が扱えましたの。幼い頃ですから堪能ではございませんでしたけれど。
王妃様直々の教育は公務に必要だからお教え頂いていたものだと思っておりました。
「貴方よりも何倍も何百倍も、いえ貴方と比べるととんでもなく優秀なのですよ。年齢がありますので、現在は外交官補佐として公務に当たってもらっていますが。そんなナターシャちゃんの努力も知らずに…そんな頭の弱そうな令嬢に入れあげて…恥を知りなさい!」
「なっ…」
そう、我が国はかなり小さな国でありまして、王族が外交活動をするのは普通なのでございます。もちろん外交官はきちんとおりますが、ほぼ翻訳することが主となっておりまして交渉等は王族の方がされています。
あ、王族の方々も近隣国の日常的な言語は堪能でございますよ。しかしながら専門的な言葉となると、周辺国の数が多いためになかなか難しいようです。共通言語でも作られたらよろしいですのにね。
ちなみにルイス殿下は自国の言葉しか扱えませんので、いまだに外交活動からは外されております。ですので、わたくしの公務をお知りになっていらっしゃらなかったのですわ。
「ナターシャちゃん。年の近いルイスのお嫁さんになってもらえたらと思っていましたが…少しばかり年が離れてしまいますが、弟トーマのお嫁さんになってもらえないかしら?」
「え…あの…わたくしに異論はございませんがトーマ殿下が…」
そもそも、王族の命令にわたくしが異論などあるわけがありません。お断りなどしたら不敬罪になりますでしょう?
「僕はナターシャ様と一緒になれるなら願ったり叶ったりです」
少しばかり高い少年の声がわたくしの耳に入ってきます。
ルイス殿下とは7つ離れた弟君のトーマ殿下がいつの間にか会場にいらしておりました。ちなみにわたくしとは5つ離れております。来年度からこの学園へ通われるご予定ですわ。
まだ幼い顔つきながら、にこりと微笑むそのお顔はとても美しくございます。周りのご令嬢方々の頬が薔薇色に染まっております。
「トーマ殿下…わたくしでよろしいのですか?もっとお歳の近いご令嬢の方が…」
「なに言ってるの、ナターシャちゃん!この子ってばナターシャちゃん以外は目に入っていないのよ」
うふふ、とこれまたルイス殿下やトーマ殿下に似ているけれども、女性らしく艶やかに美しい笑顔で王妃様が答えられます。同性ながら見惚れてしまいますわ。
「母上!余計なことは言わないでください!」
そんな王妃様の言葉にほんのり顔を赤らめて反論されるトーマ殿下。やはりまだ可愛らしいですわね。
「なっ…なっ…」
「あら…卒業パーティを婚約パーティに変えてしまいましてごめんなさいね。後程、国王もお見えになりますのでそれまでダンスをお楽しみくださいませ」
話はこれで終わりとばかりに王妃様が指示を出されますと、呆気に取られて呆然としていた楽団の皆様がハッと正気を取り戻されて、先ほどまでの騒動など何も無かったかのようなゆったりとした楽曲が流れます。
その間に立ち尽くしたままのルイス殿下には見向きもしない王妃様とトーマ殿下に連れられてわたくしはこの会場から退出いたしました。
え?これで良かったのでしょうか?
結局、ルイス殿下の婚約者様と一度も会話を交わすこともなく、あれからお会いしておりません。そういえばルイス殿下もあれ以来お見かけしておりませんわね。どうされたのでしょうか?
わたくしはトーマ殿下と結婚いたしまして、今も外交官補佐として公務をいたしております。いまだに補佐なのは、次期王妃の肩書きが追加されたからでございます。
そうそう、ルイス殿下は継承権を剥奪されたそうですよ。何故かは知りませんけれども。
トーマ殿下はとても優秀なお方で、わたくしと一緒に外交活動に力を入れております。近隣各国の方々と共通言語を作ろうとあれこれ模索中でございます。
そんなわけでわたくしの事件は終わりでございます。
しかし、ルイス殿下のあれは結局何の余興でしたのでしょう?いまだにわたくしには理解いたしかねます。
連載の続きが書けなくて、ふわっと書き散らかし中です。