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二人の二人。  作者: 黒須
8/8

8、二人の二人。



12月24日。



「ねぇ、涼!」

 昼休み、教室から出ようとすると亜希乃が声を掛けてきた。俺達は別れてから初めて言葉を交わす。


「久しぶりだね。どうしたの?」

 なし崩し的に廊下で話すことになった。亜希乃は気まずそうで珍しく難しい顔をしていた。


「狭山さんから聞いたよ。涼ってめっちゃ金持ちなんでしょ?」

 狭山とは俺の元中の女友達だ。

「あいつ、余計なこと言いやがって」

 俺は亜希乃に聞こえないように口の中で呟いた。


 亜希乃は真面目な顔で俺を見る。

「涼の貯金、1億くらいあるって」

「いやいや、それはさすがにもり過ぎ。まぁ、……そこそこはあるけど」


 これなんの話しだ?金貸せとか、そんな話しか?


「なんで言ってくれないのよ!ガチャ回し放題じゃない!」


 ガチャ?ああ、あのゲームか。……あのゲーム、やめちゃったんだよな。あれからやる気が起きなくなった。


「その気になればな」

「涼!私たち寄りを戻そう?」

「っ?」

 一瞬、亜希乃が何故そうしたいのか、そう思ったのか理解できなかった。しかし、よくよく考えて話しの流れから、俺がガチャを回して出したレアなアイテムを自分が貰えるから寄りを戻したいってことだと理解した。


 別れてから俺にはまだ未練があった。亜希乃を見て愛しく思う瞬間があった。……だったのに。……この子は無理だ。


 亜希乃は何の前触れもなくいきなり俺の手を握る。

 彼女に触れて俺は肌がざわついた。寒気がして気持ちが悪いと感じてしまった。


 俺は亜希乃の手を振りほどく。

「すまん。今、気になる子がいるんだ」

「はあ?なによそれ?別れてまだ2ヶ月じゃない!」

 いや、お前は別れる前から野方君と付き合っていただろう。


 後から知り合い伝に聞いた話しだけど、野方君は俺達が別れていると聞いたから亜希乃と付き合ったらしい。

 たぶん亜希乃はその辻褄合わせで俺を振ったんだと思う。俺が共通の友達に「まだ付き合ってる」なんて言ったら野方君についた嘘がバレてしまうから。

 憶測だけど亜希乃が野方君と付き合っていなければ、振られることすらなく俺達は自然消滅していたと思う。


「そう言う訳だから、これからは友達として宜しくな、井荻・・・さん」

 俺は亜希乃に笑いかけた。もう彼女への未練は欠片も残っていない。終わりに向かって細く尾を引いていた恋が切れた瞬間だった。


 亜希乃は俺を睨む。

「諦めないから」

「それじゃな」

 俺は逃げるようにその場を立ち去った。


 お前はまだ野方君と付き合っているだろうが!と突っ込みを入れたくなったが、正直もう関わりたくない。どうでもよかった。




______




 帰り道。


 今日は清瀬さんと待ち合わせをして一緒に帰る。

 一緒に住んでも俺は暫くチャリで通学していた。けれど最近は徒歩通学に変えて朝は一緒に登校する。帰りも時間が合えば一緒に帰っていた。


「ごめん。待った?」

「いえ、平気ですよ」

 俺達は学校の近くのコンビニで待ち合わせをしていた。



 帰り道、二人並んで歩く。

「先にケーキ屋さんに寄りますか?」


 今日はクリスマスだ。姉さんは大学の集まりに参加するから俺と清瀬さんは二人でクリスマス会をすることにした。ケーキも予約したし、清瀬さんはごちそうを作ると張り切っている。


「そうだな、その方が早く帰れる」


 俺はある決心をしていた。……清瀬さんに今日告白する。そう決めていた。

 この2か月間、一緒に生活をして彼女の良い所がたくさん見えてきて、魅かれるに時間はかからなった。




______



 夜。


 清瀬さんが作ったごちそうをいただき俺は料理をべた褒めして、それで食べ過ぎてしまって少し休憩をしてからケーキを食べることになった。今はリビングでテレビを付けて二人でのんびりしている。

 食事中も楽しい会話が続き俺は告白のチャンスを伺っていた。


 そして俺は顔を引き締め決心する。……そろそろいくか。


 ……けど、……やばい。いざ告白するとなると緊張する。それにもし断られたら一緒に住んでいるから俺達の関係はかなり気まずくなる。清瀬さんに気を使わせることにもなるよな……。

 何かこう、軽い感じで言えばいいのか。断りやすい感じで……。

 ああ、……どうしよう。


 そんな考えがグルグルと回って、話しを切り出せないでいた。



「入間先輩」

「はい!」

 急に清瀬さんに声を掛けられてビクっとなった。清瀬さんはもじもじして少し気まずそうだ。何だろう?


「あの、……前から言おうと思っていたんですけど」

「うん」

 清瀬さんは胸に手を当てて目を瞑る。


 暫く沈黙した後、ゆっくりと目を開くと俺を見詰めた。瞳には強い決意が秘められている。

 俺はその真剣な表情に固唾を呑んだ。


「私、……先輩のことが好きなんです。だからその……、もし良かったら、お付き合いして欲しくて」

「へっ?」

 そう言うと清瀬さんは俯いてしまった。俺は間抜けな顔をしていた。


 俯いてからかも清瀬さんの話しは続く。

「ずうずうしいことを言っているのは分かっているんです。ダメならその……、諦めますから」

 清瀬さんの声は震えていた。


「清瀬さん、ごめん」

「そう……、ですよね。いいんです」

「いや、そうじゃなくて。俺も清瀬さんのことが好きなんだ。最近ずっと清瀬さんに告白しようと思っていて、でも決心がつかなくて、俺から言えなくごめん」

「…………」


「清瀬さん、好きです。俺と付き合ってください」





 彼女は顔を上げると嬉しそうに微笑む。そして――。

「はいッ!」

 満面の笑みで返事をした。


「それともし良かったら、俺のことは下の名前で呼んで欲しいんだけど」

「わ、わかりました……。りょ……、涼 くん」

「……」

 清瀬さんの顔が真っ赤になってる。それからはにかんで笑った。

「……えへへへ、恥ずかしいです」


 た、確かに。名前を呼ばれただけなのに凄く恥ずかしい。

「そ、そうだ。俺も清瀬さんのこと下の名前で呼んでいい?」

「はい!その方が嬉しいです」

「じゃ、じゃぁ、愛莉」

 俺達は恥ずかしがりながら笑い合った。



 その後も二人のクリスマス会は楽しくて、下の名前で呼び合うのは恥ずかしくて、ケーキが甘かった。







☆☆☆☆☆☆



3月30日。



 お昼前、キッチンで弁当を作る愛莉を待っていた。俺はリビングのソファーに腰をかけている。


「どうしたんですか?ずっとニコニコしていましたよ」

 愛莉はエプロン姿でリビングに来ると作り終わった弁当をバッグに入れる。


「あの夢のことを思い出していたんだ」

「懐かしいですね」

 彼女はにっこりと笑った。


「それじゃ、行こうか」

「はい。今日は満開ですかね?」

「たぶんな」

 愛莉は嬉しそうに俺の後をついてくる。玄関を出ると俺達は手を繋いで歩き出した。


 俺は将来、親の会社で働くことに決めた。愛莉と結婚して安定した生活を送るには、それが一番良いと思ったからだ。だから今はその目標にかって努力している。


 あれから、あの夢を見なくなった。

 今思えばあの夢は、あの夜、あの公園でアイツに叫ぶ為に見ていたのかもしれない。


 結局、もう一人の俺の結末はわからない。けれど、上手くいっているんじゃないかと何となく思ってしまう。






******



3月30日。



 俺達はお昼に近所の公園に来ていた。これからあの高台にある大きな桜の木の下で花見をする。


 俺は大学に行って経営学と語学を学ぶことにした。将来両親の会社で働くためだ。そして目途が立ったら愛莉にプロポーズする。今度こそ俺から言いたい。



「涼君!やっぱり、満開ですよ」

 細くて柔らかい彼女の髪が、春の風で桜の花びらと共に舞う。





「ああ、綺麗だな」



 愛莉はうちに住んでから家のことを良くやってくれている。気を使っているのでは、と心配もしたが本人はそれが楽しいようだ。俺もなるべく愛莉を手伝うようにしている。


 姉さんにはひどく気いられて、ここ数ヶ月で見た目も強制的に大改造を施された。

 伸ばしっぱなしで目にかかっていた暗めで地味な髪型は、おでこが出るように綺麗に整えられ、服装も今ではファッション雑誌を切り抜いたような格好になっている。

 髪型を変えただけで愛莉は学校一の美少女と噂されるようになり、今では校内で清瀬愛莉を知らない人はいない。


 まぁ俺は昔の地味な愛莉も好きだったけど。



 桜の木の下のベンチに座り愛莉は弁当を広げる。彼女の手作りだ。


 「うまそうだな」

 「えへへへ、涼君のことを考えながら作りました」



 「愛莉、キスしてもいい?」

 「はい!」


 愛莉は嬉しそうに、幸せそうに、笑った。



 愛莉を助けたあの日から、あの夢を見なくなった。

 もしかしたら並行する二つの世界線が、一つの運命線に収束したのかもしれない。


 そして俺達は、新しい未来を歩みだす。






 ――おしまい。










最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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