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二人の二人。  作者: 黒須
7/8

7、二人の結末。

 恰幅の良い男がアパートの敷地へ入ってきた。夢で見た男だ。

 清瀬さんの部屋は103号室。道路から向って一番奥の部屋。


 ピンポン。


 男が103号室のチャイムを鳴らす。


 そして清瀬さんが玄関の扉を開けた。

 男は扉を押して部屋へ入って行く。


「どうする?どうしよう?警察に電話するか?」

 けど、なんて説明すれば……、これは俺の夢の話だ。


 それにこの世界であのおっさんは清瀬さんのお母さんと別れていないかもしれない。そもそも清瀬さんは母子家庭ではないかもしれない。


 いや、今まで現実とあの夢はリンクしていた。


「はぁ、はぁ、勇気を出せ。もう一人の俺、見てるのか?」

 小さく呟くと103号室の玄関の前に移動した。そしてドアに耳を当てる。


 今の俺ははたから見たら完全に不審者、警察に通報さるとしたら俺の方だ。だけど何かが勇気を絞り出させた。


 清瀬さんの家は古いアパードで中の声が良く聞こえた。


「うるせーな!ユカリがいねーんじゃ、てめーが相手しろよ」

「放してっ」


「体はでかくなったが胸は成長してねーな。えっ?」

「やだ、……痛い、や め てっ!」

「愛莉ッ!黙れコラッ!ぶっ殺すぞ!」



 部屋の中のやり取りを聞いて、本気で嫌がる清瀬さんの声を聞いて、何かが切れた。


「あああああ!」

 ガチャ!


 俺は叫びながら部屋へ突入する。男が清瀬さんに抱き付いていた。


「だれだ!てめー!」

「清瀬さんから離れろぉおおおおお!」

 俺は男に飛びかかり腹に手を回して清瀬さんと男を引き離そうとする。男はバランスを崩して清瀬さんを放した。

 そして俺の背中を殴る。


「くっ、いっ、出てけぇえええ!」

「てめーが出てけっ!クソガキ!」


「清瀬さん!警察に電話して」

「ひっぐ、はい!」

 清瀬さんはキッチンに置いてあったスマホを震えた手で取った。


「ちっ」

 それを見た男は舌打ちをして悪態をつく。

「また来るからなっ!」

 男はでかい声で叫ぶと逃げるように家から出ていった。


 俺はその場にへたり込んでしまった。

 ここまでは夢と同じ、完全にデジャブだ。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「だ、大丈夫ですか?」

 清瀬さんが俺のところへ駆け寄る。

 俺は不法侵入者だ。清瀬さんが通報したっておかしくない。


「はぁ、はぁ、ごめん。すぐ、出ていくから」

 体から力が抜け息も絶え絶えで、それでも早く立ち去ろうと踏ん張る。






「入間 涼……、先輩ですよね?」


 立ち上がろうとした時、知るはずのない俺の名前が彼女の口から出た。


 俺は清瀬さんを見て目を丸くする。

「何で、……俺の名前?」









「…………ずっと夢を見ていたんです」


 清瀬さんは静かにそう言った。





 清瀬さんの母親が帰って来るまで話しをした。清瀬さんも俺と同じで別の世界の俺達の夢を見ていたそうだ。俺も自分が見ていた夢のことを話した。

 夢の内容は共通点ばかりで、やっぱりあれは並行世界で実際に起こっていることなんだと思った。


 俺達はあの6畳のダイニングキッチンで床に座って話していた。


「夢の中の私はいつも入間先輩のことを考えていて……、体育の時に手を振る練習を家でやっていたり……、その……、お料理も先輩が美味しいって言ったら、毎日練習で作ってお母さんに怒られたり……、面白いんです」


 清瀬さんはずっと俯いて俺を見てくれないが可笑しそうに話す。時折顔をほころばせて楽しそうだ。


「そんなことになってたんだな。夢の中の俺も清瀬さんを大切に思っていたよ」

「私、引っ越しが多くて、いつも……、家に一人でいることが多くて……」


 清瀬さんは俯きながら呟くように話しを続ける。

「だから、夢の中の自分にずっと憧れていたんです。もう一人の私は、毎日楽しそうにしていて、毎晩夢を見るのが楽しみだったんです」


 夢の中の清瀬さんは、この家でもう一人の俺と楽しそうに勉強をしていた。笑いながら二人で食事を囲っていた。清瀬さんの手作りの料理を。

 そうか、現実世界の清瀬さんは、この部屋でいつも一人ぼっちだったのか。


 俺は部屋を見渡した。


 夢の中でいつも見ていた部屋だった。掃除が行き届いた綺麗な部屋。

 ただ、こうして現実で見ると何もない部屋だった。夢の中ではもっと温かいイメージだったけど、実際は暗くて寒くて淋しい部屋だった。




「でも、じゃあ今日のことは夢で見なかったんだ?あのおっさんに襲われるってわかっていたらこんなことには……」



「いえ」


「えっ?」





「その……、もしかしたら……、入間先輩が助けに来てくれるんじゃないかと思って。


 …………私、変ですよね?」

 ずっと俯いて喋っていた清瀬さんは、初めて俺を見て恥ずかしそう微笑んだ。


「は、ははっ、はは、変だよ。はは、ぐすっ、ずっ」

「どうしたんですか?」

 俺は何故か笑いながら泣いてしまった。


 今日の夕方、亜希乃にふられて、一人でこのアパートに来て不安で、おっさんと戦って、清瀬さんが可笑しくて、今の状況に安心して。……自分の感情がわからなくなっていた。





 ただ一つだけわかっていることがある。それはこの先の展開。

 清瀬さんはここにいたら危ない。だから夢の中の俺は自分の家に住むように勧めていた。


 それからどうやって家族を説得するのかも知っている。その結末も。

 付き合っているからとかそういう説得ではなく、もっと単純に彼女の身を心配して、という内容だった。

 清瀬さんは悪い子じゃない。それはよく分かっている。


 うちは部屋も余っているし金銭的にも余裕がある。うるさい姉さんがいるから俺と二人で暮らす訳じゃない。だから清瀬さんがよければうちに住んでもらっても構わないと思った。

 この淋しい部屋から連れ出したいと思ってしまった。


「夢の中だと清瀬さんはこれから俺の家に住むみたいだけど、どうする?」


 清瀬さんも知っているはずだ。この後、お互いの家族とどういう話しをして、俺の家に住むことになったかを。俺の両親も、姉さんも、清瀬さんの母親も快く賛成してくれた。協力してくれるし応援してくれる。


 彼女は真っすぐ俺を見つめる。

「あの……、入間先輩が良いなら、お願いします」




 この後、夢の内容のように清瀬さんの母親、俺の両親と姉さんを説得して清瀬さんは俺の家に住むことになった。










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