6、二人の別れ。
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10月11日。朝。
俺は目を醒ます。
もう一人の俺からメッセージは受け取った。
……だけど。
清瀬さんとは登下校の時、たまに目が合うだけで話したことは一度もない。向こうは俺の名前すら知らないはずだ。そんな男がいきなり押し掛ける。その方が怖いだろう。
逆の立場で考えると知らない人が俺に会いに来て『家に誰か来ても扉を開けるな』とか『今日は家にいない方がいい』なんて言われても信じられないし怖い。
それにこれは清瀬さんの家の問題だ。俺が口を出すことじゃないよな。
あの夢の通りにならないことも、……あるかもしれないし。
それよりも今は悩みがある。亜希乃のことだ。
別世界の亜希乃は他の男と付き合っている。それはいい。彼女はこの世界の亜希乃とは無関係だから誰と付き合おうが自由だ。
けど彼女は言っていた。ゲームのアイテムを貰えるだけ貰ったら冷めたと。夢の中の亜希乃はそんなくだらない理由で他の男に乗り換えようとしていた。簡単に彼氏を裏切ろうとしていた。
相手はもう一人の俺だけどな。
俺は今まで自分が持っているアイテムをあげられるだけあげてきた。それで最近はろくなアイテムを持っていなかったが、そろそろゲームも卒業しようと思っていたからそれでもよかった。
あの夢とこの世界はリンクしている。夢の世界の友達や姉さんといった登場人物は、この世界と同じ性格で同じ行動をして同じ結末を迎える。
この世界の亜希乃があんな卑劣なことを考えているとは思えないけど……。
あの夢を見てから亜希乃とあまり話しをしていない。話せなくなった。あの事が気になって会話が続かない。
本人に聞くこともできない。俺に飽きた?なんてとても聞けない。
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学校からの帰り道。
チャリに乗りながら今日のことを振り返る。
今日は亜希乃とは一言も話せなかった。休み時間に彼女を見ても目を合わせてくれなかった。前は目が合うと笑ってくれたのに。俺の視線を避けているようだった。
あんなの、こっちから話し掛けられる状況じゃない。彼女を怒らせるような心当たりはなかった。
あるとすれば、――あの夢だけ。
そんなことを考えていると。
~♪♪~♪♪
LINEが鳴った。
音でわかる。亜希乃からのメッセだ。
前はいつもマナーモードにしていたけどここ数日、学校を出た瞬間に着信音を最大にしていた。亜希乃からのメッセにすぐ気付けるように。でも亜希乃から連絡が来ることはなかった。
それが来た。やっと来た。
嫌な予感もしたが俺は彼女を信じている。だからとにかく嬉しい。連絡が来て心が躍った。
「てか学校で話せばいいのに」
嬉しくて独り言がこぼれる。俺はポケットからスマホを取り出すと直ぐにLINEを開いた。
【私達別れよ】
視界が真っ白になった。
我に返ると自転車は停まっていた。
チャリから降りて返信を打つ。既読が付いた以上早く返信しないと。
【突然すぎて草】
【冗談だろ】
一週間くらい前までは普通に仲良しだったじゃん。
【うざ】
え?それだけ?何て返せばいいんだよ。
【まじなの?】
【うん】
【どうして?】
1時間くらい待った。返信は来なかった。
俺はやめておけばいいのに、ここで諦めればいいのに、送ってはいけないメッセを送ってしまう。たぶん頭がおかしくなっていた。
【アイテムがなくなって】
【冷めたんだろ】
【知ってた】
【誰から聞いたの?】
すぐに返事が来た。
てか、否定しないんだな。
【俺達ってさ】
【そんなに浅いの?】
俺達の関係は浅くない。そう思っていた。信じていたのに。
【そうなんじゃない】
現実を受け止められなった。
そしてさらに俺の暴走は続く。
【てかさ野方君と】
【付き合ったの?】
【はあ?】
【なんで涼が知ってるの】
【まじで誰から聞いたの?】
【もう一人の俺】
【意味わかんない】
【キモ】
【次メッセしたら】
【ブロックするから】
返信はできなかった。
亜希乃が野方君と楽しく話している姿を想像するだけで頭がおかしくなりそうだ。胸が苦しい。吐きそうになる。辛い。
俺は深く目をつむった。
結局は俺は亜希乃に告白した時から何も変わっていない。全く成長してしていなかった。不様でかっこ悪くて情けなくてキモい男だった。
亜希乃は初めてできた彼女だ。俺から好きになって、付き合えた時は死ぬほど嬉しかった。
女と付き合った経験のない俺は彼女とどう接してよいかわからなくて、とにかく格好をつけた。お洒落もしたし大人ぶった。
ゲームだってそうだ。彼女が欲しいって言ったアイテムは全部あげた。彼女に言われてガチャも回した。
俺のことをもっと好きになって欲しかった。
ただ、それだけだった。
彼女の言う通りだ。俺達の関係は浅い。
いや、……浅いのは俺だ。
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その後のことはあまり覚えていない。気が付くと家に帰っていた。
家に着くとすぐに着替えた。そして親がくれたキャッシュカードを握りしめて家を出た。たまに視界がぼやけて虚ろになった。自分が今何をしているのか理解できなかった。
銀行のATMに付くと虚ろな状態で50万円を下ろした。それをポケットにしまう。
それから銀行を出て歩く。何も考えられない状態だった。
近所のコンビニの前で足が止まった。暫くそこで立ったままボーっとしていた。
俺は何をしようとしているのだろうか……。
「いる……、あ、あの、大丈夫ですか?」
横から声をかけられた。少し高くて癖のある聞き慣れた声だった。
「……清瀬さん?」
「はい」
彼女はあどけない返事をした。
ここでようやく自分が何をしようとしていたのかに気が付く。
いや、最初から分かっていた。ただ理解していなかったのだ。
俺はこの50万円を課金してガチャを回そうとしていた。それで亜希乃にまた振り向いてもらおうとしていた。
もう振り向いてくれるはずもないのに。
親からもらった金で金持ち面するのは嫌だった。昔からの親友は皆、身の丈に合った遊びをしていて俺もそういうふうでいたいと思っていた。
何をやってるんだ。――俺は。
「大丈夫。……ありがとう」
「いえ」
彼女は会釈をすると小さく微笑みコンビニの中に入っていった。
その姿はいつも夢で見ていた『愛莉』だった。
家に向かって歩き出す。
そして――、もう一人の俺からのメッセージを思い出していた。
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10月11日 21:50。
スマホの画面で時間を確認する。
俺は清瀬さんのアパートの前の路地に立っていた。ここら辺は街灯が少なく薄暗い。
たまに通り掛かる人がチラリとこちらを見る。
「やばい。これ、完全にストーカーだ」
口の中で呟いた。
これから、あのおっさんが来るのかと思うと鼓動がバクバクする。あまりの緊張に心臓が飛び出しそうだ。
何で面識のない清瀬さんの為に、こんなところに来てしまったのかは自分でもわからない。
さっき清瀬さんに声を掛けられたから?……いや違う。
亜希乃にふられたから?……違う。
もう一人の俺のメッセージが心に響いたからか?……わからない。
わからないけど来てしまった。
そして時刻は――、22:00になる。




