4、二人の事情。
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10月8日。
毎日ではないが夢は継続して見ていた。ただ付き合っている相手は現実とは違う。だからこんな自分もいるのかと、ぞんざいに考えていた。
休み時間、隣の席で井荻さんとクラスメートの女子がお喋りしている。聞くつもりはなかったが話し声が聞こえてしまう。
「えっ!亜希乃、もう野方君と別れるの?」
野方君とは井荻さんの彼氏こと。別のクラスの男子で一学期から付き合っている、という噂だ。
「うーん、そろそろ別れようかなって」
「この前までラブラブだったじゃん」
「そうだっけ?なんかさ、ゲームのアイテム、貰うだけ貰ったら冷めちゃって」
「はぁ?ひどっ!あんたそれ確信犯でしょ?」
「そんなことないよー。……次は入間君と付き合おうかなぁー?」
井荻さんは俺に聞こえるトーンで喋る。振り向くと彼女はすかした視線でこっちを見ていた。
「いやいや!付き合わないから!」
もう一人の俺は楽しそうにしていたけど俺はこういう子は無理だ。
「だってぇー、この前入間君とお友達登録したら、あたしの欲しいアイテムたくさん持ってたんだもん」
「狙ってるのかよ!」
「ダメなのぉ?」
井荻さんは困り顔の上目遣いで俺を見てくる。あざとい。確かに客観的に見て可愛いのかもしれない。けどないわ~。
「ダメです。余計付き合いたくないです」
「はぁー、ダメか」
もう一人の俺!危ないぞ、この子。
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10月11日。夜。
愛莉の家でテスト勉強をやっていた。
彼女の母親は帰りが遅いから22時くらいまでなら一緒にいることができる。
実はテストのことで悩みがあった。あの夢だ。あれはその日に起こる事を事前に夢で見る予知夢。テストの内容が朝には全てわかってしまうチートだった。それもガチな感じで。
まぁけど実力で点を取らなきゃ意味ないよな、なんて良識的な考えを巡らせるのであった。
愛莉は集中して勉強をしている。
「愛莉って勉強できるんだな」
彼女は一学期の成績も良かった。こうして一緒に勉強をやっているとスラスラと先へ進んでいく。
「勉強は好きではないんです。……暇な時間が多くて、その時間を潰す為に勉強していたんです」
話しながらも愛莉のシャーペンは動いていた。
「そっかー、まぁやっているだけ偉いよ」
愛莉の手が止まる。
「……けど最近はすぐに集中力が切れるんです」
「そうなの?なんで?」
ノートに目を落としていた愛莉は顔を上げて俺を見る。それから恥ずかしそうにしてすぐにまた俯いた。
「その……、涼君のことを考えちゃって」
ブッ!
飲み途中のコーラを吹き出しそうになった。何この子?超可愛い。
「愛莉ってたまに破壊力あるよな」
「破壊力?ですか」
「いや、すっげー可愛いってこと」
「そんな」
こういうやり取りの仕草が本当に可愛いんだよな。
「それに料理も美味いし」
今日も愛莉の手料理を食べさせてもらった。
一人っ子で母子家庭の愛莉は帰りが遅い母親に代わって昔から料理を作っていたらしく腕前は主婦クラスだった。
「いつも一人で食べていましたから、……涼君に食べてもらえると思うと張り切ってしまうんです」
ヤバい。キュンってなった。
「破壊力あり過ぎだって」
「ん?」
愛莉はなんのことやらと、きょとんとしている。
できることなら。愛莉がいいなら。将来は俺と結婚してください。そう思った。
俺も努力しないとな。ふられたらたぶん死ねる。
勉強会をしていると22時になった。愛莉の母親が帰ってくるのは23時くらいなのだが、それまでに風呂に入ったりと寝仕度を済ませておかないと小言を言われるらしく、いつも22時になると帰るようにしている。
……そろそろ帰るかな。
その時。
ピンポーン ――ドアフォンが鳴った。
「こんな時間に誰だろう」
「見てきます」
愛莉の家は古いアパートで二部屋の間取りだ。玄関から入って先ず6畳洋間のダイニングキッチンがある。その部屋の奥の襖を開けると8畳の和室がある。俺達は奥の8畳和室で勉強をしていた。
愛莉が玄関に行って直ぐに家中に声が響いた。
「ユカリはいねーのか?」
下品なおっさんの声だ。
「お母さんはまだ帰ってきてないよ。入って来ないでっ!」
何が起きているのか気になった。俺は襖の隙間から玄関を覗く。
「うるせーな!ユカリがいねーんじゃ、てめーが相手しろよ」
「放して」
50代くらいの男が愛莉の腕を掴んでいる。彼女はそれを拒んでいた。
……愛莉の父親か?