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二人の二人。  作者: 黒須
3/8

3、二人の夢。

☆☆☆☆☆☆



 10月2日。


 帰り道。愛莉と手を繋いで歩く。


「涼君」

「ん?」

 呼ばれて顔を見ると愛莉は俯いていて目を合わせてくれなかった。


「その……、体育の時に手を振るの、……やめてくれませんか?」

「えっ!?だめだったの?」

 俺の教室は一階で校庭がよく見えた。愛莉が体育の時はたまに目が合うからそれが嬉しくて小さく手を振っていた。……ニコニコしながら。


 ダメだったのか、あれ。俺のことを嫌いになったってことはないと思うけど。


「その、恥ずかしくて」


 そう、手を振ると彼女はいつも俯いてしまう。

 嫌だったんだろうな……。そんなことも分からなかったなんて彼氏失格だ。


「わかった。もう振らない」

「気を悪くしましたか?」

 愛莉は振り返りこっちを見る。彼女の前髪が邪魔ではっきりとは見えないが、その瞳は俺の機嫌を気にしていた。気遣っていた。

「ううん、そんなことないよ」

 だから彼女を安心させたくて出来る限り優しく答えた。


 愛莉は少しもじもじして、間を空けてから話し始める。

「私、体育の時はいつも涼君のクラスを見ちゃって」

「同じだな。俺もだよ。気付くと愛莉を目で追ってる」


 体育の時に頑張っている愛莉の姿を見るのが楽しくて、ついつい校庭を見ちゃうんだよな。

 

「その……、目が合うと凄く嬉しいんです」

「そうだったの?」

「はい」


「でも、手を振ると恥ずかしいんだ?」

「私も手を振りたいのですが、……恥ずかしくて。お返し……、しなといけないのに、……いつもできないんです」

 最後に小さく呟き黙ってしまった。


 手を振られるのが嫌なのではい。彼女自身が手を振ることが恥ずかしいって意味か。それで返事ができないことを気にしていると。


 愛莉の気持ちがわからない時がある。彼女はそもそも人付き合いが苦手だ。自分の気持をあまり外に出さない。


 けれど、はっきりしていることがある。彼女は俺のことが好きだということ。自惚れではない。これまでの二人の時間がそれを確信させている。

 だから彼女を信じることができる。


「愛莉」

「なんですか?」

「キスしたい」

 ハッと驚いてから、彼女は周りをきょろきょろと見た。

 ここは生活道路だが、それなりに人がいる。通学中の学生や、年寄り、工事業者が愛莉の目に入った。


「ここじゃ……」

 愛莉は俺の耳元に顔を寄せると掠れた声で言った。


 ここじゃなきゃいいてことだよな?たぶんそうだ。間違っていない。きっとそういうことだ。

 キスの可否確認を何度もするのはかっこ悪い。


 俺は彼女の手を強く引いた。

「いつもの公園に寄っていこ」

「で、でも、涼君、今日はバイトじゃ。時間が……」

「大丈夫、少しなら時間あるから」






 公園はこの町の高地にあって見晴らしが良い。しょぼいけど夜には夜景と星空も見える。そして住宅街にある普通の公園だから夜はほとんど人が来ない。


 俺達は公園の一番高台にある大きな木の下にいた。とても大きな桜の木だ。木の横にはいつもお喋りをしていたベンチもある。空は晴れていて町が一望できた。10月に入ってもまだまだ陽気で風が心地良かった。


 周りに人がいないことを確認して俺は愛莉に迫った。彼女は木の幹を背にしている。壁ドンだ。


 顔を近づけると白い頬が赤みを帯びる。彼女の目を隠す前髪を指でそっと分けた。可愛いおでこが顔を出す。小さな顔に切れ長な大きい目が潤んで俺を見詰めていた。そして愛莉は静かに瞼を閉じる。彼女の華奢な体から力が抜ける。


 透き通った白い肌、端正な顔立ち、彼女は背筋が凍る程に美しく浮世離れしていた。……本当に綺麗な女の子だと思った。



 俺はそっと唇を重ねた。





10月3日



「井荻さん!」

 昼休みに井荻亜希乃に声を掛ける。


「ん?どうしたの?」

「交換しよう!」

「え?」

 井荻さんは何のことやらといった様子だ。


「昨日欲しいって言っていた俺のアイテムと井荻さんのアイテム」

「えっ、交換してくれるの?でもあたし、何を出せばいいのか」

 彼女は困った顔をする。

「新ガチャのウルトラレア持ってるでしょ?」

「えっ!?」

 困り顔が驚きに変わった。


「……持ってるけど。……何で知ってるのよ?」

 そして胡散臭そうにこちらを睨む。完全に怪しまれてしまった。


 そうだ、この世界の井荻さんは昨日のやり取りを知らないのか。まずったな。何て言い訳をすれば……。


「あっ、……愛の力?」

「はあ??入間君にストーカー疑惑が!お巡りさんこの人でーす」

 井荻さんが周りに聞こえるように、わざと声のボリュームを上げる。

 周りが俺を見ている。恥ずかしい。


「いや、待ってくれ!冤罪です。えっと……、ゲーム愛って意味です」

「そう……、なの?でもなんで、あたしがあのアイテムを持っているの、知ってたのよ?」

 まだ疑われているようだ。このままでは変態扱いされてしまう……。


「それは……、い、言い方が悪かったかなぁ?……もし持っていたらアイテム価値は同じくらいだし、交換できたらなと思って」

 井荻さんはきょとんと、俺を見ながら少し考える。


「あはははっ!」

 そして笑った。

「は、ははっ、あはは」

 俺も笑う。笑うしかなかった。ごまかす方法を思い付かなかった。


「入間君って面白いね。いいよ。新ガチャ回して出ちゃったんだけど、あたしには微妙なアイテムだったし」

 井荻さんはニコニコしていた。


 危なかった。何とかごまかせたようだ。

「よ、よかった、……よかった。俺はそのアイテムが心底欲しくてさ。課金するか悩んでたんだ」


「ふーん。……ついでにフレンド申請も送ったよ」

 井荻さんはスマホをいじりながら言った。

 俺もゲーム画面を開く。井荻さんからメッセが来ていた。交換依頼とフレンド申請。


「当然承認と。……ありがとうな」

「いえいえ」

 俺と井荻さんはクスクスと笑い合う。


 こうして変態のレッテルという危機を乗り越え、欲しいアイテムをゲットできたのだった。





*☆*☆*☆*☆*☆*☆




10月3日



 夜がきた。


 二人の入間涼が自室のベッドの上で仰向けになっている。

 同じ部屋、同じ家具、同じ服、全てが同じ。


 けれど、その部屋にいるのは一人。


 その世界の入間涼だけ。




 あれは2週間くらい前のことだ。バイト先の三波先輩が河原の土手に座ってボーっとしていた。それで声を掛けようとすると先輩が突然消えた。それ以来、先輩の消息は不明、警察に捜索願が出されたと聞いた。



 そして――。


「「あの日から夢を見るんだ」」


 そう、あの日からおかしな夢を見るようになった。不思議な夢。ありえない夢。


「「夢の中で俺は……

 井荻亜希乃、

 清瀬愛莉、

 と付き合っている」」


 そして信じられないことがある。この二週間で分かったこと。


「「夢に出てくるのは、朝起きてその日に起こる出来事。そして夢で起こることは、どうやら現実でも起こるということ」」


 病院に相談に行った。異常はないと言われた。

 だけどこれは――、予知夢。別世界の自分の現実。




 俺はいったいどうなってしまったのか。









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