坐蒲をつかってもいいですか?
私の坐禅の時間はフェールさんと修行に入る前にすることになった。
フェールさんが私の坐禅をみてくれるという。
「おい、ラン。坐禅をするなら、坐蒲を使え。」
いつものように坐禅をしようとしたとき。
そういって、フェールさんが分厚い座布団のようなものをくれた。
「ざふ・・・?」
どうやって使うものなんだろう。
とりあえず胸に抱っこしてみる。
ぼふぼふした感じが不思議で気持いい。
「坐蒲に入っているのはパンヤだ。カポックという植物の実に詰まっている綿だ。体重をかけてもへたらないように詰め込んであるんだ。」
「体重を・・・かける?」
体重をかけるってことはこの上に座ればいいのかな。
でも、もし間違ってたらどうしよう。
あげたものをお尻に敷くなんて失礼じゃないかな。
おそるおそるフェールさんを見上げる。
「坐禅において安定した姿勢が重要だ。端のほうに坐り必ず両膝が畳に付くように坐らないと、坐禅の姿が安定しない。ランは坐禅の姿勢がなってない。」
フェールさんが私の腕から坐蒲をとり、床に置く。
「床に直接坐ると腰骨を立たせるのが難しいからな。背骨も伸ばしにくく、重心が後ろになりがちだ。姿勢が崩れやすくなるんだ。尻と両膝の三角形の3点で坐るためにも、坐蒲の上に座るようにして坐禅をした方がいい。」
フェールさんに促され、おそるおそる坐蒲の上にすわる。
まずは右足を持って、左足の腿の上にのせて・・・
その次に左足をつかんで右足の腿の上にのせて・・・
おぉ!坐蒲があるからかいつもより座りやすい!
「うん、いいだろう。では法界定印を結べ。」
私はいつものように両手でちょっとつぶれた丸をイメージした形をつくる。
「・・・ラン、正しい法界定印の結び方を教えるから覚え直せ。まず右の手の掌を上に向けた状態で、足の付け根のあたりに置け。」
右の手のひらを上にむけて、足の付け根におく・・・。
「次に左の手を、同じように掌を上に向けた状態で右手の上に重ねろ。掌は重ならず、指と指が重なるくらいでいい。」
左手をおなじようにして、右手の指と重なるようにおく。
でも、手のひらは重ねないようにする・・・。
「そうだ。両手の親指の先端を、合わせろ。」
両手の親指が離れないようにくっつける・・・。
私は力をいれて親指の爪が重なるようにぎゅっとくっつける。
「ラン、力をいれなくていい。親指は重ねずにそっと合わせろ。坐禅は基本的に力を入れる必要はないんだ。」
そ、そうなんだ・・・。
手のひらを上にして右の指に左の指が重なるようにおいて、でも親指は重ねずにそっとくっつける・・・これでいいのかな。
「そうだ。親指と人差し指の間に卵のような楕円形が出来ているだろう。その形が潰れたり尖ったりしないよう、丸みを帯びた状態で維持しろ。集中力がきれたら親指が離れる。そのときは私が右肩を木の枝で軽く触れるから意識しなおすように。」
「わ、わかりました。」
「ではまずは欠気一息だ。下腹へ空気を送り込み、それをゆっくり口から吐き出せ。口から吐くときに少し口をすぼめろ。身体の奥・・・腰から空気を出せ。そうすれば呼吸が深くすることができるぞ。そのあとは左右揺振をしろ。」
私はいつものように体を前後左右にゆらゆらする。
ゆらゆらするのは体の緊張を緩めて、ちょうど良い位置を探すために必要らしい。
でも、私はこのゆらゆらを単純に楽しんでいる。
「ラン、ただ、体を揺らせばいいってものじゃないぞ。はじめに体を前後に揺らせ。」
フェールさんの言葉に私はあわてて体を前後に揺らす。
「前に上体を倒した時に息を吐き切れ。そうすれば後ろにのけ反る時に自然と体が息を吸う。
そうしてじっくりと体を伸ばしてほぐせ。」
フェールさんの言うとおりにしてみる。
たしかに私の意志とは無関係に体が息を吸う。
なんだかおもしろい。
「体がほぐれてきたようだな。次に左右に体を揺らせ。最初は大きく揺らし、徐々に振れ幅を狭くするんだ。最後に自然と中心となる位置におさまるはずだ。左右に揺らした体を徐々に静止させろ。そうだな、振り子が自然とあるべき位置におさまるようなイメージだ。」
私はフェールさんの言葉のとおりに体を左右に大きく揺らし、徐々に振れ幅を小さくする。
「では、そのままの姿勢で床に接している尻と両膝の3点だけで体を支えるよう意識しろ。この3点で三角形を結ぶようにして坐れば上体が安定する。坐禅は身と息と心を調えるものだ。姿勢はこの身を調えるために最も重要なものだと理解しろ。」
私は以前教えてもらったことを頭の中で思い出しながら座る。
「まずは腰骨を起し、背筋を伸ばせ。よし、いいぞ。そのまま胸を開いて肩の力を抜け。おい、顎を引いて口は閉じろ。」
「ラン、頭が下がっている。顔は前を向けたまま、視線だけ落とせ。」
「・・・難しいか?なにか想像してみろ。私の場合は体に一本の芯が通っているイメージでしている。」
芯・・・ってなんだろう?
うーん、想像かぁ。
そうだ、空から降ってきた糸で引き上げられている感じでしてみよう。
体をゆらゆらしているときと同じ感じのイメージだ。
「よし、いいぞ。その調子だ。ラン、目は閉じずに半眼だ。半畳先ほどをみておけば自然と伏し目になるはずだ。」
えーと、目を半分くらいあけて、視線は半畳さきくらい。
「うん。これで身は調ったな。次は呼吸だ。口を閉じて鼻でしろ。へその下の丹田を意識して、腹まで空気を届けるんだぞ。」
えーと、たしか息をすべて吐ききったらお腹に空気が入るんだったんだよね・・・。
「ラン、数を数えながらやってみろ。自分にあった数を体で覚えるんだ。」
思い切り息を吐いて、お腹に空気を入れる。それぞれ数を数える・・・。
「ラン、息を吐くときも吸うときもゆっくり、そして深くするんだ。」
ゆ、ゆっくり・・・。
息をゆっくり吐いて吸って、そして深く・・・。
「ラン、いいぞ。呼吸も調ってきた。あとはしばらくそのまま続け、心を調えるんだ。」
こ、こころを調える・・・?
ど、どうしたらいいんだろう?
息を吸って吐いてればいいのかな?
「ラン、考える必要はない。なにか雑念が浮かんできても消そうと思わなくていい。思考を追いかけなければそれでいいんだ。浮かんできたことはそのまま放っておけ。」
ディオさんの言葉が頭の中に流れてくる。
『雑念に振り回されないように生きることはできる。振り回されないように、自分の意識を深追いしないようにすることが大事なの。』
『心の灯を揺れたときも、もとに戻すことができる。坐禅はその練習だから』
私はその言葉を追いかけないようにして、おへその下にあるという丹田に空気を届けるようにできるだけゆっくり深い呼吸を繰り返す。
「いいぞ、ラン。そのまま30分の姿勢でいろ。」
「は、はい。」
私はなんどか流れてきた考えを追いかけてしまった。
前の家であったいろいろなことを思い出してつらい気持ちになった。
でも、そのタイミングでフェールさんが私の右肩を軽く触れる程度の強さで叩いてくれるので意識を取り戻すことができた。
「ラン、もし眠くなったり、意識を切り替えるたくなったりして、枝で打って欲しいときは坐ったまま合掌をしろ。それでも坐禅に集中できないときや、疲れたときには少し歩いてもいい。・・・せっかくだからちょっとやってみるか。ラン、ゆっくり立てみろ。」
「わかりました。」
「坐禅中の歩行は一呼吸に半歩だけ進むんだ。自分の腹でする呼吸にあわせて、ゆっくり丁寧に歩け。これは経行という歩行になる。ついでに覚えておくといい。」
なんだかぎこちない歩き方になったが、呼吸にあわせてゆっくり歩き、また坐禅に戻る。
フェールさんは何も言わずに見守ってくれる。
なんだか不思議な感覚だった。
ディオさんと過ごす優しくて温かい時間とは違う。
でも、フェールさんと過ごすこの時間はなんだか凛として不思議と穏やかな気持ちになる。
これが坐禅の力なのかな?
そのとき、フェールさんが私の右肩を枝で軽く叩く。
「ラン、おわりだ。よく頑張ったな。左右揺振して身体をほぐせ。はじめと逆で、小から大へと振幅を徐々に大きくしろ。組んでいた足をゆっくりと解け。足がしびれている場合があるからな。無理せずにゆっくりと立ち上がれ。」
坐禅を見よう見まねでしていたおかげか足は痺れずにすんだ。
最初は痺れて大変だったけど、なれるものなんだな。
「ラン、終わったあとは坐蒲を整えろよ。それまでが作法だ。」
「・・・ととのえ、る?」
どうすればいいんだろう?
坐蒲ぺちゃんこになってるということは空気をいれたらいいのかな?
どこから空気をいれるんだろう?
とりあえず立って、坐蒲を抱っこする。
じーっと坐蒲をみていると、フェールさんが軽くため息をつきながら坐蒲をとる。
「いいか。こうやってポンポンにするんだ。」
そうやってフェールさんがポンポンとすると、ぺちゃんこになった坐蒲がまた丸くなった。
「わぁ!これって魔力ですか?すごい!!」
私はおもしろくなって、フェールさんを見上げる。
「・・・いや、私も魔力はあまり多くないからな。これは魔力は関係ない。ランでも誰でも同じようにできることだ。」
私にもできるんだ!
私はフェールさんの真似をして坐蒲をポンポンにする。
「ふへへっ」
私がフェールさんを見上げる。
フェールさんがいつものようふ「フッ」と笑った。
いつもフェールさんが私に向かって笑うとき、私はいつもなにか不快なことをしてしまったのかと不安になる。
でも、今日は違った。
よく考えるとフェールさんって私と二人のときは優しい気がする。
「あの、ありがとうございました!いろいろ教えてもらえて嬉しかったです。」
「・・・気にするな。ディオッサ様のお手を煩わせないために私が教えただけのことだ。これからもなにかあれば私に聞け。ディオッサ様に迷惑をかけたら許さんぞ。ほら、今日も鍛錬を始めるから来い。」
そういって振り返って歩くフェールさんの耳が赤い。
(フェールさんって私のことを嫌ってると思ってたけどそうじゃないのかもしれない。)
「はい!いつもありがとうございます!よろしくお願いします!!」
そういって私は追いかけるのだった。