青蛇ってなんですか?
赤ちゃん海亀の卵の殻採集の任務を終え、ギルドに戻る。
私は眠そうなイフーを抱っこしながら、扉の近くでディオさんが手続きを終えるのを待っていた。
無事に手続きを終えたようで、ディオさんが振り返ったときだった。
出発前にみかけた青い髪のポニーテールを揺らしながら、綺麗な人が駆けている。
「女神さま!お待ちしておりました!!」
めがみ、さま?
誰のことだろうとキョロキョロ周りをみるが、青髪の女性はディオさんの腕を握った。
ディオさんと青髪の女性が並ぶ。ディオさんも街で見かける女の人より少し背が高いと思うが、その女性はそのディオさんよりさらに頭一つ分背が高い。
「女神さま、お会いできて光栄です!私はフェールと申します!」
にこにこ大きな声で挨拶をする女性。
女神さまってディオさんのこと?!
驚いてディオさんを見上げる。
ディオさんはにっこり微笑んでフェールさんと名乗った青髪の女性をみているけれど、なんだかいつもと違ってひゅっとする感じの笑顔だ。
「勘違いでは?私が女神さまだなんて恐れ多いことです。」
「いえ、そんなはずはありません。ずっと探しておりました。」
フェールさんはそのままディオさんの両手を包み込むように握り締める。
美人なフェールさんと綺麗なディオさん。
二人とも女神さまだと言われても私は信じるだろう。
「おいおい、ありゃ魍魎の青蛇じゃねぇか?」
「あいつ、引退したんじゃなかったかよ」
「あの嬢ちゃん、大丈夫か?青蛇にターゲットにされるなんて気の毒になぁ」
「おい、じゃぁおめぇが助けてやれよ」
「いやいや、無理だろう。あの青蛇は、見た目は一級品だが怪物だ。この世にあいつに勝てる奴なんざいねぇだろ。」
近くの男の人たちが話しているのが聞こえる。
ディオさん、大丈夫かな?
あわてて近くに駆け寄ろうとするが、近くにいったら逆に邪魔になるんじゃないかとも思う。
その間もディオさんとフェールさんのやりとりは続いている。
「だから女神じゃないってば!!」
ディオさんがそう大きな声で言ったかと思うと、フェールさんの腕を振り切り、扉に向かってくる。
「ランラン、いくよ!」
「ディオさん、いいんですか?」
「いいの!」
そういってディオさんが私の背中を軽く押しながら、扉をくぐる。
フェールさんとのお話、本当にいいのかな?
ちらっと振り向くと、フェールさんはとても冷たい目で私を見ていた。
さっきのディオさんに向けたにこにこした笑顔は完全に消え、表情はない。
フェールさんは私の視線に気づき、ニッと笑うと風のような速さで扉にすべりこんだ。
「あっ」
私が声をあげたときには遅く、扉をしめたときには、フェールさんも一緒に家の中に入り込んでいた。
「ちょっと!あんたなんで勝手に入ってきてんのよー!」
「女神さま、お招きいただいてありがとうございます。」
「招いてないし!あんたが勝手に来たんでしょー!不法侵入よ!訴えるわよ!!」
私の知っているディオさんはいつも優しくて穏やかだったのに。
なんだかいつもと違うディオさんをみて私はびっくりする。
そしてなんだか寂しい。この人も大人だから、ディオさんと同じ立場でお話ができるのかもしれない。
「それは困りましたね。私は神殿の使いでもあります。女神さまが順調に修行を終えているとお伝えする役割を果たせなくなれば、神殿は他の者に依頼をし、強引に連れ帰り軟禁されるかもしれませんよ。」
「ちょっと!私はちゃんと修行するって言って出たじゃん!」
「その後一切連絡がつかないどころか、護衛を巻いてばかりいたことで、修行という名目で逃亡したのではないかという意見が大きくなっておりまして・・・」
「うっ・・・」
「心配には及びません!私は女神さまを個人的に敬愛しておりますので。ご意志に沿った適切な報告をさせていただくことができます。真面目に修行に励み、後継者についても考えておられる、という内容を。」
「くっ・・・」
「そちらのお嬢さんが後継者候補ですか?」
「その子は私の家族よ。手をださないで。」
そういうとディオさんは私をぎゅっと抱きしめる。
「おや、随分警戒されているようですね。先ほど申したとおり、私は女神さまのご意志にそって行動すると申し上げたばかりなのに。」
「どうかしらね。」
「それはそうと女神さまは薬草採集などの安全性を重視したギルド任務をされているようですね。」
「それがなにか?」
「私、こう見えても剣術の達人と言われているのです。水魔法も使えますし、冒険者ギルドランクもAなので、大抵の任務をこなすことはできますよ。聖騎士でもあるので、護衛としてご一緒させてください。」
「あいにく、護衛を雇うほどのお金はないわ。」
「私は聖騎士ですので。女神さまの修行について私にも教授していただければ十分です。」
「・・・教えなんてないわ。」
「いいえ。あります。私は、剣の道を極めました。しかし、まだまだ足りません。師匠に相談したところ、私に必要なのは女神さまの教えだと言われました。なので、私は剣のために教えを請いたいのです。」
「私に断る権利はあるの?」
フェールさんはにこにこ笑いながら首をふる。
「はぁ・・・。あなたの望むものは得られないかもしれないけれど、それでもいい?」
「はい。なにより女神さまのお側にいられることが至高の喜びですから私に否はございません!」
「とにかく、私は女神さまではないわ。私自身も修行中というのは本当なの。だから、名前で呼んでちょうだい。」
「承知いたしました、ディオッサ様!」
「ディオでいいわよ?」
「そんな!敬愛する御方を愛称で呼ぶなどできません。ディオッサ様と呼ばせていただきます。」
そういってフェールさんはにっこり笑う。
「では、私は庭でテントを張らせていただきますね。」
「狭いけど、うちで寝てもいいわよ?」
「いいえ。そんな恐れ多いことはできません。一人の方が気楽ですからご心配なく。」
「そう?まぁ、おいおい決めていきましょう。今日はもう疲れたからこれでいいかしら?」
「はい、ありがとうございます。・・・お慕いしてます、ディオッサ様。」
そういってフェールさんは膝をつき、ディオさんの手の甲にそっと唇を添えた。
ディオさんは驚いた表情をして、頬を赤く染める。
私は自分の胸の中がざわざわするのを感じる。
私と目があったフェールさんがニッとこちらをみたあと、さっと立ち上がり扉を出ていった。
「・・・ディオさん?」
私はディオさんのローブを軽く引っ張る。
ディオさんがはっと気付いたように私をみて、屈んでくれる。
早く私もディオさんと同じくらいの大人になれたらいいのに。
「あの、私もディオさんのこと尊敬してます。ディオッサ様って呼んでもいいですか?」
「ランラーン!やだやだ!可愛いランランは私の癒しなんだから、そのままでいて!」
「でも・・・。」
「いいの!私とランランは家族なんだから!」
そういってぎゅーっと私を抱きしめてくれる。
「あの・・・大好きです!」
私もディオさんのあの表情が見たくて勇気をだして言ってみる。
ディオさんは驚いたあととっても嬉しそうににっこり笑ってぎゅっと抱きしめてくれる。
「私も!ランランが世界で一番大好きだよ!」
嬉しいはずなのになんだか寂しい気持ちになるのが不思議だった。