王孔明
「はじめまして王孔明です。おばあさんの形見を
届けていただいて本当にありがとうございました」
流暢な日本語だ。静江は軽い食事をご馳走になった。
孔明は今29歳、来年大学院を卒業して米国のIT企業
に就職が決まっているとのことだ。静江は雲南省の旅
の話しをした。日暮れ前に、
「旅館まで送らせてください」
孔明は静江にそう言って母の了解を得ると姉妹は
笑顔で送り出してくれた。
二人は狭い石畳を並んで歩いた。
「静江さん、本当にありがとう」
「いえいえ、手紙の内容分かりました?」
「ええ、カタカナは難しいですが、もう10年学んで
ますから。母には少し脚色して伝えました。あの戦争
の時、死にかけていた祖母から、この娘にこれを届け
てくださいと頼まれて静江さんのおじいさんに手渡さ
れたと。実際祖母は重い結核で死にかけていました」
「ということは」
「祖母を刺し殺したとはとても言えませんでした」
「そうですか・・・そうですよね」
「考えてみれば、孫二人がこうしてこの石畳を
歩いているというのも不思議ですね」
二人はゆっくりと双橋の方角へ向かっていた。背が
高く優しい顔立ちの孔明は落着いた声で語り続ける。
「静江さんのおじいさんと私の祖母との出会いは、
ほんとに最悪の出会いでした」
静江は黙ってうなづく。
「しかし悪いのはあの時代。戦争というものが我々
人民と日本人民、共に被害者にしたのです。悪い
のは時の指導者とその思想であって、人民同士は
全く悪くありません」
静江は、私にはとてもそう割り切れないわ、
と思いつつも黙ってうなづいていた。