姉妹
「なんで?どうして、いまこれを?
これは私達の母が持っていたもの」
静江はうなずきながら涙も拭かず祖父の手帳
を取り出した。中を開いて美麗さんに手渡す。
「私は日本語分からない。なんと書いてあるんだ?」
静江は顔を横に振る。
「うまく説明できません」
そのとき姉が、お前の息子と叫んだ。
美麗さんも大きくうなづいて、
「明日もう一回ここに来てくれ。私の息子は
日本語を勉強している。上海から今晩帰って
くるから、それまでこの手帳と写真を」
「そのまま受け取っておいてください。
私は明日この時間にここに又来ます」
静江はそう言って染物工場を小走りで出た。
石畳の上であらためてハンカチで顔を拭いた。
「これで良かったのかしら?川に捨て
られないでごめんなさい、おじいちゃん」
空を見上げると薄曇りの中に祖父が笑って
うなずいているような気がした。
静江はゆっくりと歩いて双橋の北詰に来た。夕陽
が雲間に沈んでいく。淡い光の影が水郷全体を
何事もなかったかのようにやさしく包んでいる。
逢源双橋は2つの橋げたが並行してかかっている。
何故そうなったかは分からないが、静江はその
中央でずっと沈む夕陽を眺め続けていた。
翌日は午前中にかなり広大な西景区を見て、夕方
染物工場へと向かった。奥の庭に着くと王姉妹が
喜んで迎えてくれた。二人とも涙して両手で
静江の手を握り締めてくる。
昨日の手帳の内容が分かったんだ。そう思って
こちらももらい泣きしながらふと気がつくと、
奥の部屋の入り口に、背の高いハンサムな青年が
立ってじっとやさしくこちらを見つめている。
視線が合って軽く会釈をすると、姉妹は始めて
気が付いて美麗さんが私の息子だと紹介した。