第6話「パパの職場にお邪魔します」
「あ」ママがなにかに気づいたようです。なんだろうと思い、観察していると「なんでだよー」と言って額に手を当てました。本当にまいったときのポーズです。
「ユフィ……ごめーん、ちょっとお出かけしよう。大ボケ大臣のパパがね、お弁当忘れていっちゃった。せっかく作ったし悔しいので、今からママと届けに行きましょうね」
わーい、やりました。お出かけです。わたしはあまりお外へでる機会がありませんので、こーゆうイベントは大歓迎なのです。
わたしは「きゃっ、きゃっ」と嬉しい気持ちを表現しました。ママも嬉しそうに笑うと、抱っこひもにわたしの足を通して、自分のからだに固定してくれます。大ボケ大臣が忘れたお弁当を持つと、さっそく家を出ました。
お隣のヘッパーおばさんがこちらに気づいて「あら、どこかへおでかけ?」とたずねてきました。わたしが「あばーぶぅ、うーあ!」と説明し、ママが「ちょっとクソバカダディのところに、お弁当を届けに行ってきます」と補足してくれました。
「留守中なにかあったら、すみませんけど」
「ええ、任せなさい任せなさい。ちゃんとわたしが見てるから。安心して行ってきな」
「ありがとう、行ってきます」
わたしが元々住んでいた世界とは違う世界だからなのか、それとも単に赤ちゃんの目線だからなのか、どちらかはわかりませんが、お外の景色はどこを見てもキラキラと輝いて見えます。楽しいです。
こどもが走り回ってころんで、ひざこぞうにケガをして泣いている様子も、果物どろぼうのおじさんがまんまと逃げおおせるさまも、どれも見ていて飽きません。
パパの職場までは、わたしを抱っこしたママの足で三十分くらいの時間がかかりました。わりと家から遠いのです。
重厚そうで大きな扉は、出入りする人たちでしょっちゅうひらいたりとじたりしてます。重そうだけど、軽い扉なのでしょう。パタン、パタンとひらいたり、とじたり。どんくさい人が挟まったり。抜け出したり。
ママもその扉を片手の指先だけで押して、建物の中に入ります。
受付のようなところにいた女の人に話しかけるようでした。
「やっほー、イリスちゃーん。ひさしぶり」
「ほやっ⁉ あービックリしたぁ……フィレーナさあん! うわぁ、なんかひさしぶりですぅ。あっ、もしかしてその子が噂のお嬢様ですかぁ?」
「そっ。ユフィっていうの。よろしくね」
「ほややぁ……ユフィお嬢様、よろしくお願いしますぅ。イリスと仲良くしてくださぁい」
「あーばぶぅっ、きゃはっ!」わたしは『うん、仲良くしよう!』と答えます。やさしそうなお姉さんは、みんな大好きなのです。
「これ、ウチのボケキングが忘れていったお弁当、渡しといてくれる?」
「あっはーい、わかりましたぁ。ダンナさんにですね、はい、あとで渡しておきますぅ」
ママはパパに直接渡すわけではなかったのでした。受付のお姉さんにお弁当をあずけると、すぐに建物から出てしまいました。わたしはてっきりパパに会えるものと思っていたので、少し不満です。
「あぶぅ、ぶぅぅ」と文句を言ってみましたが、相手にしてもらえませんでした。残念です。
帰り際のわたしたちとすれ違った若い男の人が、ママに頭を下げて「フィレーナさん、こんにちは!」と挨拶をしてくれます。とても礼儀正しい人です。
それに比べてわたしのママは「よっ、がんばれ若者」とか言って、片手を上げるだけ。ママはあんまり礼儀正しくないのかもしれません。でも、そんなことでママを嫌いになったりはしないです。なれるはずもありません。だって、どうしようもなく、大好きなのですから。