第49話「幽霊のウワサ」
授業が終われば寮に帰還。前世との違いは、ほぼ寄り道するようなスポットがない、というところです。
あるにはあるんだけど、生活に必要な物を売っているようなお店ばかりで、若者が遊ぶような場所はない。まったく、ない!
グラファムが首都から離れた場所にあるというのもあるけれど、それにしても自然の多い場所ではあると思う。
この間なんか、はじめて野生のヌクモフを目撃してしまった。まあまあ大きなサイズの個体だったから、襲われたら魔術を使っていたかもしれない。公共の場所での理由なき攻撃魔術は罰せられることもあるから、気をつけないと。
「ところでさ、わたし聞いちゃったんだけど━━」と話しはじめたのは、ミリナちゃんです。
浴場から戻ったばかりで、濡れた髪の毛を横に垂らしているミリナちゃんは、器用に左手だけで風の精霊イルフィームの力を使うための術式を構成し、小規模な空気の流れを引き起こす。その風で、髪の毛を乾かすのです。
この世界にはドライヤーなんてものはありませんから。ドライヤーなんて言っても、転生者の間でしか通じないしね。
「角部屋の先輩が、夜中に幽霊を見たらしいわよ」
などと、髪を乾かしながら、ウワサ話をウワサ話程度に口にしたミリナちゃん。だけど、それを耳にしてしまったフラパちゃんは目を大きく見開くと「え、う、ウソだ……よね?」と、プルプルしはじめました。
なんだか、かわいそう。
「本当に幽霊かどうかわかんないけど、なにかを見たって話は本当。わたしもしってる、ドッペルケンケン部の先輩が見たらしいから。その人、ウソを言うような人じゃないのは間違いないわね」
ミリナちゃんがそう言って保証するのであれば、なにかを見たということに関しては信頼できそうな感じ。しかし、ドッペルケンケン部とはいったい……?
スポーツなのかなんなのか。
「ねえミリナちゃん、ドッペルケンケンってなに?」
「ドッペルケンケン? わたしもよく知らないけど、なんか人間将棋みたいなやつかな。人間チェス? まあ、ゲームね。よくわかんないゲーム」
そんな部があったとは知らなかったなぁ。まあ、知らなくても問題なかった気もするけど。
「で、その幽霊なんだけど、先輩が言うには赤い髪の女だったとか……」
「ひいいぃぃぃ、うち、怖いのダメぇ!」などと言って、フラパちゃんはただでさえ前髪で隠れている両目を前髪ごとおさえてしゃがみこむ。
ってフラパちゃん、耳を塞がないと声は聞こえるのでは……。
「さらに、どこかで見たことがあるようなないような気がしたらしいんだけど、どこの誰だかわからないし、そもそも一瞬見えたような気がしたって程度の目撃だったらしいから━━」
「ひいえええーっ!」
って、とうとう我慢できなくなったフラパちゃんはルームを飛び出していってしまう。
いや、どこに行くつもりなんだろう?
「あー、フラパたんが脱走してしまったではないか。ミリナたん、怖がらせすぎだね」と、リーリカちゃん。
「うそでしょ、そんな怖くないじゃん」
「いや、ミリナちゃん……幽霊の話してたよね?」
「してたけど、そうは言ってもさ、前の世界でだったら話はわかるわよ。でも今のあたしたちって一回ちゃんと死んでるわけじゃない? それなのに幽霊怖がるって、おかしいと思うんだけど」
言われてみれば……そうなのかな?
あれ、でも死んでから生まれ変わるまで、幽霊だった覚えがないなぁ。幽霊ってなんだ?
もしかすると幽霊だった期間があるのかもしれないけれど、わたしたちにそんな記憶はなかった。だから、怖いものは怖いで、いいんじゃないだろうか。
「おい、ユフィ」
と、なんだかひさしぶりに登場した気がするお方の声が呼びかける。リーリカちゃんの頭の上から。
緑色の妖精(?)パッカさんだ。
パッカさんはわたしにしか見えず、他の人たちには見えないうえに声も聞こえず、今のリーリカちゃんみたいに頭の上に乗られてもまったく気づかないという謎の存在です。
「オイラ、マジマブいナオンの神様に会っちまってさ、で、その神様がお前に用事があるから今日の夜、ちょっと一人で起きてこいってよ」
「え、どういうこと?」と、思わず聞き返してしまったわたし。
当然ながら、自分が言われたと勘違いしたリーリカちゃんが「んにょ? なにが?」と不思議そうな顔をする。
「あ、ごめん、なんでもないです」
そう言って誤魔化したときにはもう、パッカさんの姿は消えていた。
なんだか急に幽霊だの神様だのと立て続けに言われたわたしは、少しだけ混乱している。パッカさんは、なんと言っていたか。
マブい、ナオンの……とかなんとか。つまり、美しい女性のってことだよね。もしかすると、ミリナちゃんが聞いたというウワサの幽霊って、正体はその人なんじゃないだろうか。と、わたしは推理してみる。
でも、神様?
いったいどういうことなの、パッカさん。
なにもわからないけど、とにかく今日の夜に起きて確かめてみるしかない。
わたしはそう決めて、真夜中に目覚めるため、みんなより早めに寝ることにした。




