第43話「イーメ・ブリゲイド」
メイちゃんことイーメ・ブリゲイド姫の部屋はわたしたちのお隣が割り当てられていて、その同室となったメグちゃん、サレンちゃん、トッポジジョンちゃんはみんな困惑していた。
メグちゃんは同じ一年D組の転生者仲間なんだけど、彼女なんかは「なにかミスったら激ヤバだよねん? うち、縛り首とかですかね?」なんて言ってたっけな。
心配ないよ、メイちゃんだよ? とは助言したものの、やはりまだ慣れないようだ。記憶は記憶として別物で、こっちの世界で初対面というのは事実なわけなので、そこは仕方ないかもしれない。でも、わたしはまったく心配していない。なにしろ、メイちゃんはメイちゃんのままだったから。
イーメ・ブリゲイドとしての━━一国の王女としての人生をしっかり務めたうえで、彼女は本来の自分を持ちつづけていた。実はまったく言いたくないようなセリフや言葉づかいも習得し、姫として完璧な“演技”ができるようになったんだって。それはもはや、女優である。とは、イーメ本人の言葉です。
さすがに両親━━王様たちは彼女の本性というか、本来の性質はわかっていたそうだけど、しっかり“演技”をしてくれるので、誰からも否定されたことはないらしい。それはもはや、大女優だね。とは、わたしが言った言葉でした。
「ほんとに、あのメイなの?」
ルームメート四人、つまりわたしとミリナちゃんリーリカちゃんフラパちゃんが揃ったところに、メイちゃんことイーメ姫がさっそく訪れたのだった。
「そうだよ。あたしはすぐにわかったけどな。ユキに、ミナに……キミはフタバだろ? そんで青━━水色? の髪のキミはマフィアの……ごめん、誰だっけ」
すっかり“お姫様”を脱ぎ捨てたイーメちゃんは、もはや前世でのメイちゃんそのものです。懐かしいその話し方に、わたしは安心してしまう。
「おいおい……この姫さんどーしてくれようか?」リーリカちゃんがわたしの背中で恐ろしい声をだした。こわ……。
「いや、どーもしないでね」ここはわたしの出番なので、メイちゃん、もといイーメちゃんに説明します。「リーリカちゃんは前の世界だとひとつ上のセンパイだったの。だから、よく覚えてないかもしれないけど、魔都間梨々香っていう━━」
「あー、しってるしってる。確かどっかの金持ちのお嬢様だったっけ? そっか、同級生だけなわけないもんな」
もうなんか、この姿(腕組んで壁によりかかってる)としゃべり方を見たら、彼女の国の方々はショックを受けそうな気がする。王女らしさは完全に消し飛んでしまっていて、もはやただの女子高生メイちゃんだった。
「今は姫様のほうが金持ちのようですけど?」リーリカちゃんはわたしの肩のうしろから半分だけ顔をだして、そんなことを言った。
「あ、ごめん怒った? まーでも国としてはすごく小さいし、はっきり言ってうちはそんなにお金ある国じゃないから。前世のセンパイの家のほうがお金持ってたかもしれないなー」なんて、イーメちゃんは天井を見ながら遠い目をしました。
「メイ、じゃなくて、イーメはどうやってわたしたちがここにいるってわかったの?」ミリナちゃんが、確かにわたしも気になっていたことを訊いてくれる。
隣国とはいえ、国を隔てたうえに彼女の身分上、自由に行動できる範囲も限られたなかでわたしたちの存在を認識し、しかもグラファムの学校に集まっているなんてことをどうやって知り得たのか。すごく謎だったから。
「実はさ、まだ赤ちゃんだったころに馬車の中からユキ……じゃない、ユフィを見たことがあるんだ」と、イーメちゃんは話しはじめる。
「わたしを?」
「うん。母上(女王)に抱かれた状態で、外の景色が見えてたんだ。はっきり覚えてる。今はもう慣れたものだけど、その時は、それこそ頭が割れるんじゃないかって思ったくらいのすごい感覚があってね、その原因が道を歩いてた女の人に抱かれてる赤ちゃんだってことも、すぐにわかった。その時にはもう、はっきりわかったんだ。あ、あれはユキだなって」
イーメちゃんもまた、メイちゃんだったころの記憶をはっきりと残して生まれていたので、もちろんわたしたちのこともしっていた。だからなのか、まだベイビーズだったころのわたしを見ても、すぐにわたし(桂木雪)だと確信できたらしい。
「ほんとに便利な能力よね。わたしたち転生者のあれって」
「あの感覚、みんなあるのか?」と、イーメちゃんが訊く。
「もちろん。この世界に転生した人間は全員あるはずよ」確かめたわけでもなかったが、ミリナちゃんは断言する。
「ピッキーン現象ですぅ」部屋の隅っこのほうにいた(だいたいいつも隅っこにいる)前髪で目が隠れちゃってるのが特徴なフラパちゃんも発言した。
「ピッキーン現象? あれに名前つけてんのか……それにしても……確かネーミングセンスないのはユキだったよな?」と、わたしを見るイーメちゃん。
「……はい、わたしがつけました。すみません」
「んー、リーリカちゃん的にはセンスしか感じないんだけどな。まーあれかなぁ、逆にセンス良すぎると平々凡々ちゃんたちには響かないみたいなやつ」と、リーリカちゃん。
それはもう、はっきりと喧嘩を販売しているよね?
「あんた、ほんとにセンパイだったのか?」
わ、イーメちゃんが店先をのぞきに……まさか喧嘩を購入しないよね。リーリカちゃんのお店は良心的な値段だからなぁ……。
「イーメたんって前の世界基準なのかな? 今は同級生だから関係ないと思うよー。あとでおっぱい触らせてくれたら親友でもいいんだよ、わたしは」
なにそれ。リーリカちゃん、そんなやり方でどんなお友達を作るつもりなの。
「え、おっぱい? まぁ別にいーけど」
いいんだ。よかった、これでみんな仲良しだね。
「おっぱいはどーでもいいから、リーリカちょっと黙っててよ。それで、続きは?」ミリナちゃんが話の先を促します。
「ああ、だから、この世界にユキがいるってのはその時点で確認できたわけだから、あたしはすごく安心したんだ。自分だけが生まれ変わってたわけじゃないってわかったからね。もちろん、すぐに会いに行きたかった。けど、それができなくて……まあ、今の今までかかっちゃったって話なんだけど━━」
王女様という身分は、それほどのものだったということだろう。前世も今も一般家庭のわたしには想像もつかないことだなぁ。
「ハイスクールに行くって段階になってから、本当はユキだけを探すつもりでお願いしてたんだけど、この学校やみんなの存在もわかっちゃってね。で、そうなるともうここしかなかったから、両親に反逆する覚悟でお願いしたんだ」
「反逆……そこまでのことなのか」わたしは驚きます。
「そしたらさ、とりあえず行くべき学校へ行って、学ぶべきことを学びなさいなんて言うもんだから、じゃあ具体的に教えてくれよって言って、リストを作らせて、で、その『学ぶべきこと』とやらをソッコーで片付けて転入の段取りつけたってわけ」
「すご……メイ、じゃない、イーメちゃんすごいね。なに学んだのかわかんないけど」
「あーなんか法律とか政治とか作法とかいろいろあったけど、ほとんど丸暗記とそれっぽいので誤魔化して無理矢理終わらせてやったよ」
と、イーメちゃんは笑います。なるほど、それっぽいので誤魔化したのか。そーいや前世のメイちゃんもそれっぽいこと言って誤魔化すことがあったっけ。特に女の子から告白された時とか。
「あっ、今思い出した!」わたしは本当に今この瞬間に思い出したことがあったので声をあげた。
「なになに、ユフィたんの大好きなわたしのことをユフィたんが大好きだってことを思い出したの?」
「いや、違くて……」ベイビーズのころの、ほんの些細な一瞬の景色を思い出しながら、つづける。「ここに来る時にイーメちゃんが乗っていたような馬車を見たことがあったのを思い出したの。確かその時、ピッキーン現象もしたのを覚えてる。きっとあれがイーメちゃんだったんだ!」と。イーメちゃんの姿を見た記憶はなかったけれど、中のイーメちゃんには見られていたのだろう。
「あ、やっぱりそーだったんだ。ユフィもちゃんと感じてたんだな。わかってたんならちょっとくらい調べて探しにきてくれてもよかったのに」と、イーメちゃん。
「ご、ごめん……馬車のこととか、すっかり忘れてました」
本当に小さなベイビーズ時代のことだったから、綺麗に忘れちゃっていた。まあ、覚えていたとしても隣の国まで探しに行ったかどうかはわからないのだけど。わたしは国を出たことすらないのだから。
「話変わるけどさ」と、急に話を変えるイーメちゃん。「みんな魔法どんくらいできんの? 魔術師学校の生徒に訊くのもなんだけど」
「イーメは?」答えるよりも先に、ミリナちゃんが質問で返した。
「あたしは得意なのは得意で、それ以外はダメなカンジかな」
「へぇ、得意なのはなんなの?」
「アルスベルグ系のやつ。他はイマイチ」
「いや、ってか一番ムズいの得意なのかよ?」という、ミリナちゃんの驚きもわかります。
大地そのものの力であるアルスベルグの能力は、それゆえに無限とも思えるほど膨大で強力な力を引き出すことができるの。でも、だからこそ制御するのは難しく、使いこなすことが困難とされている魔術系統だった。
それが得意ってことはつまり、イーメちゃんがとても優れた魔術師であることを示している(たとえ他が苦手であっても、だ)。王女様でありながら、魔術師としての才能も備えていたのだ。やっぱりこの子、すごい子だ。
「そっかな、あたしにとっちゃ、他のに比べて断然やりやすいんだけどなぁ」
それはさすがに特殊すぎる意見だよ、イーメちゃん。
もとより転生者には魔術の才能が人一倍備わっているわけだけど、それでもアルスベルグの力を容易に制御できる転生者は、少なくともわたしの知る限りひとりもいません。わたし自身も含めて。
これはイーメちゃん、めちゃくちゃ期待の戦力かもしれないな。
魔王を倒す! が最終目標のわたしたちにとって。




