第42話「新しい仲間」
窓際にかっこつけて座っている緑色の妖精パッカさんが、風になびく産毛をなであげながら呟く。
「ユフィ、お仲間がきたようだぜ」その声はわたしにしか聞こえないものなので、同室の仲間は気づかない。
はずなんだけど、まるでパッカさんの声に応えたようなタイミングでリーリカちゃんが声をあげた。
「キタッ! ピッキーン! めっちゃ強いね、今度のピッキィーンは」
慣れたもので、わたしたち『転生者』の間だけの能力である通称『ピッキーン現象』(命名者は恥ずかしながらわたくしユフィ・カムラキなのですが)は、今やみんな自由自在に感度の調節ができるようになっていた。
まるで前世で何度も聴いた『ラジオ』をオンオフするみたいに、感じたい時だけ感じられるようになっているの。
で、どうして今リーリカちゃんが━━わたしもなんだけれど━━感度を上げていたかといえば、ずばり今日、学校に転入生がやってくることになっていたからだ。学校に、というよりは、わたしたちの転生者クラスにっていうほうが正確。なぜならその転入生は転生者で、彼女(転入生は女の子です)の自己申告と強い要望により今日の転入に至ったらしい。
異例の事態ではあるみたいだけれど、そんな例外が通るほどの人物なのだ。具体的に言うと、超お金持ちお家の、超身分の高いお方のお嬢様なのです。というのはウソで━━ウソでもないけど━━ほんとは隣国の王様の娘で……つまり、一国の王女様なんですってよ奥さんっ!
……でもはっきり言って、前世の記憶を覚えているわたしたちからすると、むしろそれってリーリカちゃんに似合うような環境で、ほんとに、ほんっっっとに申し訳ないんだけれど、その子のイメージにはまったく似合わない身分なんですよね……。
でももちろん、それは前世でのイメージがそうだったというだけで、転生後の姿で会うのははじめてになるから、なんとも言えないのだけど。やっぱ似合わない……イメージじゃないんだよなぁ。
「名前、なんだったっけ?」と、リーリカちゃんが転入生の名前をわたしに尋ねました。
でも、(前世の名前とこっちの名前)どっちのことだろうな、と一瞬だけ考えましたが、前世での名前のほうははっきりくっきり覚えている転生者が多いのだから、こちらの世界での名前ということだよね、とすぐに理解しました。
が、正直わたしもちゃんとわかっていなかった……。バックマン先生とかが、低めの声でさらっと言ったりするものだから、なかなか記憶に残らない。でも、わたしたち転生者の法則のひとつとして“前世の名前とどこか似ている”というものがあるので、それをヒントにすると思いだしやすかったりする。
「めぇ……メーイ・プリケツ……だっけ?」ごめんなさい、思い出せませんでした。
「ぶふっ! プリケツ……ぷぷぷプリケツぅ……あははははーっ! ユフィたん……や、やば……ぐふふふっ」
ツボに入っちゃって、身体をくの字に曲げて大笑いするリーリカちゃんのうしろで、ルームの扉が勢い強めで開かれた。
その向こうから顔だけ見せたショートカットがよく似合う元気印の女の子、アリンちゃんがけっこうおっきな声をだした。
「おーい、お姫様きったぞぉー! そろそろ馬車が玄関前にくるから、ファリスが呼んでこいってさーっ!」
アリンちゃん、ファリスちゃんにお使いやらされてるのね……まあ、それはそれとして。
「えー、それってわたしたちも行かなくちゃなんないのかなぁ。見てわかると思うけど、わたしとユフィたんの二人きりの空間って、お姫様より上だよね?」
って、またリーリカちゃんがなんだか意味不明な理論を展開してます。いつものことですが。
「わっかんないよー、いいから来いよー。ファリスに怒られるのあたしなんだからなー!」
なんて、中間管理職的な、職場のめんどくさい嫌なパイセン的な言葉を残して、アリンちゃんは扉を開けたまま戻ってゆきました。
「うわー、閉めて行かなーい」リーリカちゃんが不満そうに言います。
「仕方ないよ、行こうリーリカちゃん。なんと言っても学園長先生までお出迎えするんだから、わたしたちも行かないわけには……ね?」と、声をかけるとリーリカちゃんはぷくぅと可愛いほっぺをふくらませてみせる。
うん、かわいい。
「行こ、わたしにとっては前の世界の“親友”だった子だよ」
「むぅ、それを言われてしまうとリーリカちゃんも従わざるを得ない……」と、リーリカちゃん。「ユフィたんの親友はわたしの親友。これ、当たり前」
「…………」わたしが開いたままの扉から出ると、すぐにリーリカちゃんもついてきてくれる。
休日にいらっしゃった姫様のお出迎えは学園ではなく、ここ学生寮にておこなわれる。つまり、学園長先生とかは、わざわざここまできてるってことになる。お姫様ってすごい、という感じです。
開いたままの玄関の向こうに、たくさんの人たちが見えます。
寮に住んでいる学生たちはみんなそこにいるので、それだけでも人数はいるのだけれど、さらに近隣の住民や寮以外の学生なども加わって、かなりの人数になっているみたい。
お部屋の窓から見えただけでも、ちょっとしたお祭りのような様相だった。
お姫様の目的地がこの場所なので、通れるように玄関扉の前こそ人がいなかったけれど(学園長だけは真ん中に立っている)、その両脇はみっしり壁ができていた。
すでに完成した人の壁へ入り込む隙間はなさそうで、わたしたちは結局外へ出ることを断念する。まさか、学園長と並ぶわけにもいかないだろうし。
ファリスちゃんには悪いけど、建物の中で待つことにする。
「なんか、部屋にいても同じだった感じなんだけど?」と、リーリカちゃん。例によってわたしの背中にぴったり密着しているので、声はすぐ耳元で聞こえた。
「確かに……でも、来たことに意味がある。アリンちゃんの顔も立った、みたいな」
「アリンコの顔を立てても、という気はしますけどユフィたんが言うならそれも正義か」なんて、またよくわからないセリフのリーリカちゃん。「お、ざわざわしてきた。来たみたいだねー」
学園長の右を向いていた顔が、真っ直ぐに。その時にはわたしたちの視界にも、立派な馬車の姿が見えていた。その昇降口が寸分違わず玄関前のスペースに停車する。
まず執事のような男性が降車すると、そのあとから女子学生用の制服に身を包んだ、やや長身の麗人が姿を見せた。
その瞬間、観衆からは悲鳴にも近い声が上がりました。
「ほぅ、あれがうわさの姫か……」リーリカちゃんが品定めしているような声をだす。まあ、品定めしているのだろうけど……。
「イーメ・ブリゲイド様、ようこそおいでくださいました、わたくしがグラファム魔術師学校の━━」
学園長の挨拶が聞こえなくなるくらいのざわつきがあり、実際、学園長の声はあまり聞こえなくなってしまった。
「名前、イーメなんちゃらだったね?」
「うん、前世の名前はメイちゃんだから、逆にして伸ばしたやつだったね」と、わたしは答え合わせを終えました。メイちゃん……今でもはっきり思い出せるその顔は、かなりのイケメンだった……。女の子だけど。
挨拶を終えたのだろう、学園長が先導するかたちでお姫様━━イーメが玄関を入ってきた。なので、わたしとリーリカちゃんのツーマンセルというか二人で一人の物体というか、とにかくわたしたちは邪魔な存在だったので道をあけるようにさっと横にスライド。『なんでお前らそこにいる?』みたいな顔をした学園長が立ち止まると、うしろの姫様に向き直り「こちらは寮生の二人で、姫様のクラスメイトでもあるユフィ・カワカブリとリーリカ・マフィアです」なんていう、めちゃくちゃ間違えまくった名前で紹介されてしまった。
学園長はある程度全校生徒の顔と名前を把握しているし、自身がそのことを誇りに思っているのだが、いかんせん完全ではなく、一人に一つと言っていい割合で必ずどこか間違えるのだ。
「ごきげんよう。カワカブリさん? そしてマフィアのかた━━」
近くで見たイーメ姫は━━記憶の中のメイちゃんとは顔はもちろん、声もしゃべり方も違う人物だったけれど、それでもどこか面影があるような綺麗なお顔だった。
で、わたしはカムラキであってカワカブリさんではなかったんだけれど━━お顔に見とれていたからか━━つい「はい」とか肯定してしまいました……。それよりもリーリカちゃんが「なんだって?」とか言ったので、内心ヒヤリ。なにを言われても怒らないリーリカちゃんだが、彼女はとても好戦的で攻撃的なのです。が、まさか姫様相手にも物怖じしないとは……予想通りでした!
「さあ、お部屋へご案内いたします」
言って、学園長が歩きだす。学園長との間隔が開いた時、小さな声でイーメが呟く。
「またあとでね、ユキ」と。
「え━━?」
そのしゃべり方は、紛れもなく、わたしの記憶の奥底に眠っていたものでした。
間違いありません。彼女は、わたしの親友です。
その姿勢のいい後ろ姿を見送りながら……なぜかわたしはリーリカちゃんに軽く首をキメられていた。
「ぐえっ」




