第41話「新人の用務員さん」
図書館でのお話は、今やわたしの中では絶対的真実となりつつあった。
誰も確かめたわけじゃないし、その方法も今はない。それでも、あの時降ってきた足が、魔王のものだとしか思えなくなっていた。
というようなことを考えながらだと、いろいろな行動がおろそかになる。朝、室内履きを履いたわたしがリーリカちゃんに背中を押されるようにして下駄箱(名前はそのまま。この世界にも下駄は存在していた)を離れようとしたら、うしろから「カムラキさん、落としましたよ?」という声が聞こえて振り向いた。
まあ、振り向いてもリーリカちゃんの頭しか見えなかったけど……。
声の主は瓶底メガネのヒカリちゃんだった。
「えっ、なにか落とした?」そんな覚えはなかったけど、そもそも考えごとをしていたから自信はない。
「これです」
と、ヒカリちゃんが差し出したのは手紙だった。
なんだ、やっぱり違った。
わたしの物じゃないや。
そう思って行こうとしたら━━「うんにょ」と、リーリカちゃんが変な声を出した。
「え、なに?」
「ちょっと待てぇ……なんだぁ、ああん?」
なんか、すっごくこわい声と表情。いつものリーリカちゃんと違う。リーリカちゃん、普段はなにを言われても平然としていて、怒ったところなんて記憶にないくらいなのに……。
正直、マジでこわい!
その様子に、当然ながらヒカリちゃんが青ざめて震えだしてしまった。
わたしは慌ててリーリカちゃんの肩を掴む。
「ちょ、ちょっとリーリカちゃん。どうしたの急に」
「こ・れ。『ユフィお姉さまへ』って書いてある……は? お姉さま?
なに、これ? まるで、お慕いしているお姉さまへのお手紙みたいじゃない? どういうことなの? わたしは女の子はみんな好きだけどさ、その中でも一番大大大好きなユフィたんだけは本当に特別なの。だから、そんなユフィたんに言い寄る女の子って結果として敵になっちゃうわけなんだけどー、つまりこれってそういうことで、わたしへの宣戦布告ってことでいいのかなぁ?」と、なぜかヒカリちゃんに向かって凄んでいる。
いや、ヒカリちゃんは拾ってくれただけだから。多分、差出人じゃないから。
「わ、わたし違いますーっ!」言うなり、手紙をリーリカちゃんの手の中に残して、ヒカリちゃんは猛ダッシュで逃げていった。
「あー……行っちゃったじゃない。ダメだよリーリカちゃん、そんな恐い顔しちゃ。声もなんか恐かったし」
「ご、ごめんなさぁい。嫌いになった?」
「いや、別に……」
「そう、よかった! じゃあこれ開けるね!」
って、あっ!
開けるの速っ━━止める間なんてなかった。
「いったいどこのどいつが……ユフィたん一年生なのに『お姉さま』ってどういうこと━━」という自分の言葉でなにか思い付いたみたいに一瞬動きが止まったけど、わたしは指摘しなかったしリーリカちゃんもすぐに再始動した。手紙を読み上げる。「『親愛なるユフィお姉さまへ。いつもそのお美しいお姿に心を癒されています。ユフィお姉さまはわたしの憧れです。ずっと前から、想っていました。でも、そんなお姉さまに余計なゴミが付着しているのは、さすがのわたしももう黙って見ていることができなくて、こうしてお手紙を書くことを決意しました。もう、はっきり言います。いつもいつもユフィお姉さまにくっついているゴミーリカとかなんとかっていうゴミ女は臭いし邪魔だし目障りだしなんでお姉さまは平気なのかなって疑問でした。でも、多分なにか理由があって、たとえば、弱みを握られているとか、借金があるとか、そういうことなんじゃないかって考えたんです。そうだとしたら、わたしがお金を出せますし、お姉さまさえよければ裏社会の暗殺者に依頼してゴミを処理することも可能です。もしお望みであれば、お返事を書いたお手紙をお姉さまのロッカーの中に入れておいてもらえれば、わたくしが回収いたしますので、どうか正しい判断をしてください! これは、お姉さまのためでもあるのですから』……ピクッ」口で、ピクッて言った。で、実際にピクピクしているリーリカちゃん……こ、恐すぎるんですけど!
「り、リーリカちゃん?」
恐る恐る。
その顔を覗きこむ……と、リーリカちゃんは元のやさしそうな美少女フェイスに戻っていたので一安心。
わたしに「かわいい」って言ってくれる彼女だけど、わたしに言わせればリーリカちゃんのほうが美少女過ぎるほどに美少女だ。顔が整っているというだけじゃない。どこぞの王族でなければ納得できないくらい、高貴な面持ちをしている……まあ、口を閉ざして黙っている時に限るのだけれど。
リーリカちゃんのマティア家は一般的なご家庭らしいけど、前世のリーリカちゃん━━魔都間梨々香ちゃん(ちなみに先輩なので、さん付けしても良い)だった頃のご家庭は、なんとお父さんが大企業の社長さんだったみたいで、もちろんとっても裕福な暮らしをしていたみたいだから(知らなかったのは、入学後、噂が届く前に死んじゃったからだろうな)、なんとなく高貴な面持ちにも理由があるのだと思う。転生者は少なからず、前世の自分を引き継いで生まれるのだから。
「だ~いたい、どこのどいつか目星はついたんだけどぉ~」
付いたのか!
あぁ、なんだか嫌な予感しかしないよ。
「ど~しよっかな~、やっちゃおっかな~。ユフィたん関係なしで、やっちゃおっかな~♪」
なにを!
なにをやっちゃうの?
ものっすごく楽しそうな顔して、でも目は笑ってない。というか、見たことない形に歪んでるんですけどぉ……目の周りは動いてないのに目だけ歪ませるって、いったいどうやってるの?
『なあなあユフィ、こいつやっぱヤベェよなぁ』
いつの間にかわたしの前髪にぶら下がっていたパッカさんが超至近距離で発言した。
パッカさんは、わたしにしか見えないし、声も聞こえない存在なので他の人にはわからない。体重も、ほんの薄紙一枚くらいしかないから、前髪もちょっと垂れさがったくらいの影響を受けるだけなので、誰も気づかないだろうな。
ひさしぶりに登場したパッカさんは、最近はもっぱら女子更衣室に住み着いているらしい……。少ないながらも部活動をする女子生徒や、その他の着替えを行う女子生徒が向こうからやって来るのがいいらしくて……なんか、住み着いてる。
そのまま永住しそうな勢いだったけれど、それでも「基本的にはユフィがオイラの家みたいなもんだからな」という、よくわかんない理由で、こうして時折もどってくるの。
急にね……。
「ヤバくは……ないと思うたい」
思いたい、を間違えてしまったじゃない。
しかも、とっさに声を出してしまったことでリーリカちゃんに変な顔をされた。
「?」
「あ、ごめんなんでもないよ」と、誤魔化す。
「まっ、こ~んな、この程度のにわかユフィたん信者なんていくらでもいるし」
いくらでもいるのっ!?
「いつでも、いつなんどきでも、わたしの気分次第でそれこそ寄生虫を爆裂させるくらい簡単に四肢をバッランバッランにしてやれるから、今はほっといてもいいかな~」
わたしは、ゾワワってなった。
あ、バードスキンなわたしの手羽先が気持ち悪い……。鳥肌って、よく見ると気持ち悪いよね?
うん、どーでもいいよ、そんなことは。
リーリカちゃん、お願いだから学校の仲間をバッランバッランにはしないでね。魔術師協会に裁かれちゃうよ。拷問刑とかで。拷問刑ってあったっけ?
恐くなったわたしはいろいろと、混乱した内容の思考をしていたのだけど、そんなわたしとリーリカちゃんの目の前を━━廊下のT字になった突き当たりを重そうなお胸の女性が横切った。
横切って、いったん姿を消してから、また戻ってきた。今度は、こちらへと向かって。
「ほやや~、ユフィお嬢様じゃないですか~っ!」
「あっ、イリスさん!?」
びっくりした~。
わたしのよくしっている人。子供のころから何度か会って、遊んでもらったりもしてた、今でも付き合いのある大人の一人・イリスさんだ。
イリス・フォアヴォイさん。旧姓、リーシーパークさんだ。魔術師協会の窓口で受付の仕事をしていたのだけど、結婚を機に退職したはず。それが、なぜ魔術師学校の廊下にいるんだろう?
「ほや~、こんなすぐに会えるなんて、やっぱりフィレーナさんとの相性がなせるわざですかね~」
わたしとじゃなくて、ママとの相性なのかよ。なんか、変わらないな~この人は。それと、いまだに「ユフィお嬢様」って言われるの、ほんとに恥ずかしいんだけど……。
相変わらず、なんかほやほや言ってるしね。ほんとなんか、ずぅーっと言ってるの。ほやほや、ほやほやって。
「この人は?」
やはり笑顔の目の奥に危険な光を宿したリーリカちゃんが、わたしに尋ねる。
「こ、この人はイリスさん。ママの昔からのお友達━━同僚だった人で……今はなにしてるんですか?」そのまま、わたしはイリスさんに質問をした。
「そ~なんですよ~。それがですね~、娘のアリスもだいぶ大きくなってきてですね~、在宅ワークの旦那様だけでも面倒を見られるようになってきたので、わたしは再就職をしまして」
イリスさんの旦那さんは、確かコミックアーティストだった。それなりに売れてはいるようだったけど、イリスさんも働く必要がある状況ということなのだろう。コミックの市場も拡大してきているとはいえ、わたしの前世でのような地位や収入は、まだこの世界のコミックアーティストには与えられていないのだ。
「魔術師学校にですか?」
というか、魔術師学校は魔術師協会が運営しているものだから、魔術師協会に戻ったのだろうか。
「はい~。また受付の楽チン業務を希望したのですけど━━」
おいおい。
「そこはもうわたしの居場所がなくなっていまして~、それで、この学校の用務員さんが先月一人退職なされたとかで、紹介をされまして~」
あー、そう言えば確かに。直近で、用務員の女性の方が辞めてらした……はず。申し訳ないけど面識が薄くて、あまり覚えていないんだけどね。
で、その用務員さんの代わりにイリスさんが来たということなのだろう。
「今日からユフィお嬢様と同じ学校に通うことになりましたので、よろしくお願いしますぅ」ぺこり、と、だいぶ年下なわたしに頭を下げるイリスさん。
で、なぜか上機嫌な表情で口角を上げているリーリカちゃん。小さく頷いているのは、どういう意味なの?
「まあ、わたしはお仕事で、お嬢様は学生さんですけどぉ、いろいろお世話いたしますしご贔屓もしますので、なにかお困りでしたらイリスに申し付けてくださいませ~」
いえ、そんな……困ります。
隣でリーリカちゃんが「ウフッ」とか笑ったし。え、なんで笑ったの?
「そちらの方は、お嬢様のお友達様ですかぁ?」イリスさんが、リーリカちゃんに視線を向けた。
リーリカちゃんが自ら答える。
「はーいっ、わたしはユフィたんの彼女でぇーすっ! あ、名前はリーリカ・マティアでぇーっす!」と、元気よく……よすぎるほどに、勢いよくほざきやがったよ。
リーリカちゃん……。
「ほやややや~……彼女さんでしたか~。ユフィお嬢様は、そちらのご趣味でしたか~。ほやぁ~……あ、大丈夫ですぅ。イリスもフィレーナさんを諦めるかどうかで悩んだ時期もありましたから、それなりに理解はありますよぉ」
なくていいんですけど……誤解のまま理解されてしまった。
「イリスは応援いたしますぅ」
「あっりがとうございます、イリスさん! どうかこれからも応援よろしくお願いします、わたしとユフィたんを見守ってくださいねっ!」
がしっ、と無理やり握手したリーリカちゃんはイリスさんの両手をぶんぶん振り回した。
「ほやっほやっほややややや~っ」
こうしてわたしは、ちょっとだけ、いろんなことを諦めた。




