第40話「魔王と転生者」
放課後は自由な時間がけっこうある。
通常のスクールみたいなクラブ活動がないわけではないが、ほとんど、やっている人はいない。よほどの趣味人か、身体を鍛えていないと不安で仕方ない男の子とか、有志の人たちでほとんど勝手にやっているようなものなの。
わたしはもちろん、入ってない。リーリカちゃんも、フラパちゃんもそれは同じ。魔術師学校では、こちらのほうがスタンダードなのです。
今日はめずらしく、クラスメイトのアリンちゃん、ナーサちゃん、シーポンちゃんと一緒にいた。もちろんわたしの守護霊みたいなリーリカちゃんも一緒にいる。
フラパちゃんは疲れた寝ると言って、先にさっさと帰ってしまった。フラパちゃんは疲れやすい。
「エロい本だったらどっしよか!」アリンちゃんが嬉々として言う。
なにを言っているのかというと、今の、わたしたちの目的についてだ。
「そんなわけなさげっ、ファリスさんが言ってるんだから、アリンちゃんみたいに適当なことじゃなさげっ」
と言ったナーサちゃんからの話で、クラスメイトの優等生(わたしの次くらいに)ファリスちゃんがなにやら気になる本を発見したとかで、見に行くことになったの。
ファリスちゃんは入学早々に図書委員になったみたいで、これはどうやら彼女がかなりの本好きだというのが理由らしい。まだそれほどお話したことがないので、直接聞いた話ではないけれど。
思ったんだけど、わたしが他のクラスメイトとお話する時間が少ないの、絶対にリーリカちゃんが原因だと思うんだけど……。
すぐ、どこかに連れていかれるし。
売店いこー、カフェいこー、トイレいこー。さすがにトイレは一人でいってって、本気で懇願したからまぬがれたけれどね。
困ったものです。
「シーポンは漫画しか読まないぽ。字はあんまり得意じゃないっぽ」
シーポンちゃんは魔術はまあまあ使えるけど、一般授業のほうに難ありな女の子です。本人の言うとおり、まず字を読むのが苦手みたい。ただし漫画のセリフは平気で読めるらしい。じゃあ大丈夫じゃない、って思うけど、そこは本人にしかわかんない感覚があるのかも。
「わたしは図書室にユフィたんの写真集と自伝を置きたい! 今度つくろー?」
いや、作りませんから。リーリカちゃん、勝手にやってください。いえ、勝手にもやらないでください。
アリンちゃんたち、仲良し三人組とわたしとリーリカちゃんコンビが図書室に到着。わたしは入学以来、はじめてきました。本が嫌いというわけではなかったし、むしろ興味あったんだけど、リーリカちゃんに連れ回されていたから。まだ訪れていない場所は多いんだよね。
「ファリス、きたぽー!」シーポンちゃんは片手を上げて声をかけた。
「あ、いらっしゃい。待ってたんだよ。すっとぼけ三人組と、百合姉妹」ファリスちゃんは垂れ目なお姉さんタイプのやさしい外見をしているのだが、中身は毒まみれ。
はっきり言って、ケシンくんなんか目じゃないくらい、この人が一番こわいの。
((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル!
なんて、大げさに言うことほどでもないけど、でも怒らせないほうがいいのは間違いないと思う。リーダーこそわたしだけど、ファリスちゃんは陰の支配者という感じ。
「すっとぼ……ファリスさんひどげ……」ナーサちゃんは落ち込んだ。
「いえーい、すっとぼけてまーっす!」アリンちゃんは逆に嬉しそうにしている。なにが楽しいのか、よくわからない。
「やったねユフィたん、わたしたち百合姉妹だって! これってもう、認められたってことだよねー!」
いやぁ……認められたくないような。って、百合姉妹!
やっぱりそう思われてたのか……。
「ちょっと気になる本を見つけたから、みんなにも見せたかったの。主に、ユフィに」
「わたしに?」
「そうね、わたしたちのリーダーだし。意見も聞きたいから」ファリスちゃんは貸し出しカウンターを出てきた。「本はこっち。貸し出し禁止のコーナーで見つけたの。だから、ここへ来てもらう必要があったのよ」
そう言って、先導したファリスちゃんは図書室の奥の奥、別部屋みたいになっている一角にわたしたちを案内した。
そこにある本はすべて貸し出し禁止になっていて、閲覧はできても持ち出すことができないらしい。
同じ室内にありながら、薄い壁で区切られていてドアまで付いている。
鍵こそかかってなかったが、明らかに特別な本が置かれていそうな場所だった。
「うっわー、なっんだろ。なんだ? あーダメあたしこーゆーのわっかんないや!」
アリンちゃんは適当に開いた大判の本を見るなり、理解を諦めた。それほどに、一見して難しい内容の書かれた書物だったらしい。
ファリスちゃんはそんな本も読んでいて、チェックしてるのだろう。すごいなぁと感心する。
「見てもらいたい本は二冊」
「あ、一冊じゃないんだ?」わたしはてっきり一冊だと思っていた。
「むー、エロい本じゃなさげ」
「ちがうっぽ。でもどうせシーポンにはわからないから、同じっぽ」
ファリスちゃんいわく、すっとぼけ三人組はもうすでに興味を失っていた。早い。早すぎる。
「まずは、これ━━」
「おー、どれどれー?」リーリカちゃんがわたしの首のうしろから生えてきた。
くっ、くすぐったい~!
「こ、これは?」わたしは尋ねた。
「誰が書いたか定かではないようだけど━━というか、複数の人物により記された書物のようなのだけど━━これは現在にいたるまでの魔王の動向を記したものらしいの」
「魔王伝説!」アリンちゃんが言った。
「異世界魔王伝説ぽ。シーポンも読む……読めないぽーっ!」
「ちょっと、黙ってて」ファリスちゃんの一声で二人は石化したように硬直し黙った。
す、すごいな……。
一声で黙らせるとは。
「この世界の魔王って、そもそも元は人間で、偉大な魔術師だったとか。というのは、みんなしってるよね」
これはもう、ジュニアスクールで教えてもらう一般常識。しらない人はほとんどいない。一人もいないかも。
「要するにとんでもない悪い人間で、その魂が悪に染まり、異形の存在になった」ファリスちゃんは続ける。「長きにわたる魔術師たちとの攻防のすえ、世界の端っこまで追いやられて、今に至る」
それが、世界の現状。
追いやって、わずかな土地に閉じ込めているのはいいけれど、魔王は今も生きている。一説には、力を蓄えていて、いつか反撃ののろしを上げるのではないかと危惧されている。
「そんな魔王なんだけど━━ここ、このページに書いてあるのだけど」と、ファリスちゃんは分厚い書物の中頃を開いて見せた。「何十年も前の、ある時、急にね、とてつもない魔力を放って、なんらかの魔術を展開したとされているのよ」
「んー?」リーリカちゃんの息がくすぐったい。
「でも、それがなんだったのか、当時の魔術師たちにはわからなかった。確かになんらかの魔術を、魔王が行ったというのはわかったのだけれど、その効果が謎だった。世界に異変が起きたわけでもないし、魔術師たちにダメージもない。本当に、なにもわからなかったのね」
「謎魔術だー。なんだろねー、ユフィたんのいい匂いでも吸収したのかなー?」
「リーリカちゃん……」
どんな魔術ですか、それ。
わたしの匂い集めて、どーするの。
「でも後年になって、ある魔術師が一つの仮説を提唱した━━それは、魔王が将来的に己の脅威となり得る障害を、その時点で排除した可能性に言及したの」
「どゆこと?」アリンちゃんが言った。
「要するに、その時ありったけの魔力を使って━━その後、何年も何十年もかけて魔力を回復しなくちゃいけないことも厭わずに━━将来、自分の命を脅かす存在となり得る者を、そうなる前に殺してしまった。ということみたい」
ファリスちゃんの説明に、ナーサちゃんは考え込んだ。
「なんとなく、嘘じゃなさげ。でも、どうしてそんなことがわかったんですか?」
「その可能性に言及した魔術師が研究していた魔術、その形跡があったことから推測されたらしいのだけど━━」ファリスちゃんはそう言って、新たな一冊の本を広げる。こちらもだいぶ厚さのある、立派な書物だ。「その魔術が書いてあるのが、もう一冊の見てもらいたい本。これなんだけど、ルマーリという魔術師が記した『次元魔術』についての本」
「次元魔術?」聞いたことない魔術だ。
わたしの疑問はみんなの疑問でもあり、ファリスちゃんはわかっていると頷き、説明してくれた。
「本に書かれている内容によると、どうやら時間や空間を行き来する類いの魔術らしいことがわかったわ」
「そんな魔術があるんだねー、まるでわたしたちが『転生』したみたいな感じ」
と、リーリカちゃんが何気なく言った一言で、わたしの心臓はどきんっとひとつ高鳴った。
なにか、決定的な答えが見えたような、そんな感覚がした。
「リーリカ、あなた、変に鋭いよね」と、ファリスちゃん。「でも、わたしの考えはそうではなくて」と、続ける。
わたしは前のめりになって聞き入った。
「魔王がもしもその『次元魔術』を行ったのだとしても、それによってわたしたちが『転生』したわけではないと思う。それよりも、その前に起きた出来事こそが、魔王の『次元魔術』により引き起こされたものなんじゃないかって考えた」
それってつまり━━
「よく考えてみて、どうしてわたしたち転生者は『転生』することになったのか。みんな、覚えているはずよ」
そうだ。
そうだった。
そう言えば、そうだったよ。
あの時、確かに、わたしは見た。ユフィ・カムラキが桂木雪だったころの、最後の記憶。
天から降ってくる、あまりにも巨大な片足。
あれが、この世界の、魔王のものだったとしたら。つまりそれこそが、魔王の行った次元魔術の結果なのではないか。
時間と、空間を行き来する。
あるいはそれは、別々の世界と世界を繋ぐこともできるのでは?
「わたし自身は見ていない。ただ、気がついたらもう、潰されていたから。でも、ユフィやミリナ、他にも何人か、その瞬間を目撃していた転生者はいる。みんな、どうしてか忘れもしないその記憶を口にする時、本当に震えるくらいの恐怖を感じながら、口を揃えて言うわよね━━『巨大な足に潰された』って」
「それ、シーポンも見たぽ!」
シーポンちゃんは別に震えるくらいの恐怖も感じていない様子で、むしろ楽しそうに発言した。
「ってことはどゆこと、えっと、前の人生のあたしらって、魔王に殺されたってこと?」
「あら……アリンのくせに、ちゃんと理解していたじゃない」
「まーね!」
いや……くせに、なんて言われたことはスルーしちゃってる。さすがはアリンちゃん。誉められたとしか思っていない。そういうところ、尊敬します。
って、それどころじゃない。
もしも“あれ”が、あの時の巨大な足が、この世界の魔王のものだったというのなら……どういうことなの?
「でも、もし今の話の通りだったとしたら━━なんか、それっぽいと思わない? いろいろな疑問が、解消されると思うのだけど。ユフィはどう思った?」
訊かれ、わたしは考えた。
あの記憶。思い出したくもないのに、いつでもすぐに思い出せてしまう、前世の記憶。そこにはっきりと刻まれた巨大な黒い片足。それを説明するには、今の仮説のような話に頼らなければいけないことは、間違いない。そうでもなければ、あんな出来事はあり得ないし、納得できない。説明のしようがないんだ。
考えて、わたしは答えた。
「わたしも、そうなんじゃないかって思える。いえ、他に思いつかない。あれが魔王の仕業じゃないわけがない。そう思うわ」
「わたしもぉーっ、わたしも賛成ぇっ!」リーリカちゃんの声に鼓膜が震えた。
ちょっと耳が痛い……。
「でも、そうだとしたら……前世のわたしたちがこっちの世界の魔王にとって脅威になるっていうのは、ちょっとおかしい気がする」
そう、別に殺されなくったって、異世界の魔王をどうにかできる人間なんていなかった。なのに脅威と見なされて、殺されてしまったなんてバカげている。
そこが、よくわからない。
でも、ファリスちゃんはそこまでしっかり考えていた。考えて、自分なりの答えを、仮説を立てていた。それを教えてくれる。
「そこなんだけどね……わたしがこうなんじゃないのかという仮説を立てたのだけど、聞いてもらえるかしら」言って、一呼吸置き話しはじめた。「わたしたち転生者が転生する前、前世でのわたしたちは『脅威になる前の危険因子』であって、当時の魔王にとっての『将来、自分の命を脅かすほどの存在』というのはつまり、今のわたしたちなのじゃないかって考えたの」
「え?」
「そう、なんだか矛盾しているような話になるのだけど……結果的に、あらかじめ危険を排除しようとした魔王の行動によって、その危険が生じてしまった━━つまり、そういうことなのじゃないかって、わたしは考えたの」
「わ……わっかんなーい」アリンちゃんが頭を抱える。
わたしも、すぐには飲み込めない。
「魔王は、そう……わたしたち転生者が生まれる原因が、前世のわたしたちを殺すことだとは知らずに、ただ、将来的な危険因子を取り除こうとして次元魔術を使ったのではないか」
「す、すごいぽ……ファリスすごいぽ」シーポンちゃんが、なんか戦慄している。
「これがわたしの考えた仮説。どう、ユフィ」
「うん……そう言われると、それしかないような気がする。すべてに説明がつくような、そんな感じ。わたしたちが生まれた意味、前の自分を覚えてる意味が、ぜんぶ、わかったような」
「わたしも、これを思い付いた時には同じ気持ちになった。そして、やるべきことがはっきり見えた気がした━━魔王を倒せるのは、わたしたち『転生者』なんだって」
「あ、そーゆーことかっ!」急に、アリンちゃんが理解したような声を発したけれど、目が泳いでいるのであんまり理解してなさそう。
「転生……そう、転生はどうしてだろう?」
わたしがなんとなく口にした疑問も、ファリスちゃんはしっかり意図を汲んで、それに答えてくれた。
「それは、魔王の力とはまったく関係ないはずよ。だからこそ魔王は━━前世の━━わたしたちを殺したのだから。
転生したことに関しては、わたしも、他のみんなも覚えていないし、ユフィだけが言っていることだからあんまり信憑性はないけど……例のあなたが言ってる『かわいい天使さん』の仕業なのかもしれないし、それ以外のなにかかもしれない。とにかく、仕組みこそわからなくても、ここに今、わたしたちが存在してるってことがすべてなのよ。転生は真実あったことだし、わたしたちはすでに一度死を経験している。これだけは、間違いのない事実なはずよ」
そう、わたしたちはみんな、一度死んでいるんだ。
今のわたしたちが生まれたことが……転生が、あのかわいらしい━━今ではすっかり薄れた記憶の中にある━━天使さんのやったことなのかどうかはわからない。
天使さんのおかげでも、そうじゃなかったとしても、わたしたちはチャンスをもらった。もう一度、生きなおすチャンスを。
しかも━━
復讐……なんて言葉は使いたくないけれど……それでも、魔王に復讐するチャンスも同時にもらったことになる。
そして、ファリスちゃんが言う通りなのだとしたら、そのチャンスは生かすことができる。
わたしたち転生者が、本当に魔王を倒せるのだとすれば。
「魔王、倒せるのかな」
わたしの呟きに、ファリスちゃんが答える。
「それは、これからの努力次第じゃない?」
「そうだね」
「あと、この話━━先生には内緒にしておきましょう」と、ファリスちゃんは提案した。
「おっ、ショナイにするのかぁい?」リーリカちゃんの不敵な笑みがすぐ横に!
近い!
「悪い内容ではないけど、言う必要があるとも思えない。それに、今すぐどうこうできる話じゃなし。わたしたちの中だけに留めておきましょう」
そう言ったファリスちゃんの言葉に。
わたしたちは素直にうんと頷いた。
確かに、わざわざ先生に報告することもない。
まだ、可能性でしかないのだし。
でもこれで、ひとつの大きな目的ができたっていう気がしたのも確か。
ママみたいな立派な魔術剣士になって、しかも、魔王を倒せちゃったりしたら。
それが最高だなって、わたしは思った。




