第37話「転生者クラスだね」
いよいよ今日から学校がはじまる。
寮から学校までの短い道を、わたしたち同部屋の仲良し四人組はおしゃべりしながらゆっくり歩く。
なにしろ学校はすぐ目と鼻の先にあるから、時間的な余裕は充分にあるの。
「うち、なんか緊張してきたぁ」
フラパちゃんがリーリカちゃんの腕をぎっゅと掴んで、進行方向の校舎を見上げる。
魔術師学校とはいえ、その外見は普通の学校とそう変わるものではない。
大昔の大魔術師であるらしいヒサコ・スカーレット・ジョーハリという人の全身像が飾ってあるくらいの違いしかない。
この像は夜になると動くとか、しゃべるとか、いろいろウワサがあるみたいなんだけど……その手の怪談話って、別にどこの学校にも必ず一つは存在する。ジュニアスクールの時にだって、似たような話はあった。
それに、美人な女の人の像だから、別に動いたりしてもそんなに怖くはなさそうだけどな。
見ながら、生徒たちが吸い込まれていく校舎の入り口に、わたしたちも向かった。
転生者であるわたしたちが感じる最初の違和感は、いわゆる"下駄箱"がないことかな。室内履きに取り替えることなく、そのまま土足で中まで入れる。ジュニアスクールでは、学内は土足厳禁だった。
「わたしたちの前世だと、外国のスタイルだったわよね?」と、ミリナちゃんは言った。
「早くいこー、誰か他にかわいい女の子いないか見たくて仕方ないからー」
なんだか変な目的があるリーリカちゃんは、そう言いながらもわたしたちを待つこともなく、一人で先に行ってしまった。先立って行われた入学式の時にも式そっちのけできょろきょろしてたっけなぁ。
共学だから男の子もいるんだけど、多分、リーリカちゃんの目に彼らは入っていなさそう。なんだかなぁ、って感じ。
『ユフィのお友達が、いっぱいいるね』
わたしたちの足の周りをちょろちょろしていたネロさんが言いました。ネロさんの言うお友達とは、仲のいい友達ってことじゃなくて、同じ転生者という意味の言葉。今は感覚を意識的に遮断しているけれど、これを解除するとわたしの頭の中に"ピキーン" が鳴り響くことになる。うるさいくらいに、それは強く鳴り響くことだろう。だからもう、ずっと遮断しているよ。
「このクラスね」
一階の一番奥、一年D組が、わたしたちの所属するクラスだった。クラスの生徒は十五名ほどで、前世の記憶を思い起こせば、けして多い人数ではない。はっきりと、少人数だって言える。ジュニアスクールの時だって、同じクラスには三十人のクラスメイトがいたんだから、その半分しかいないことになる。
きっとこれは、普通のお勉強をする学校ではないからだろうな。普通のお勉強もするみたいだけど、それよりも魔術師になるためのお勉強に重きが置かれているから。大人数を教えることが難しいんだろうね。そもそも入学できる生徒の数が少ないんだっけか。狭き門、というやつなの。
教室に入ると、もう入学式の時に挨拶は済ませてあるクラスメイトたちの何人かは、すでに到着していた。ロッカーは自分専用のものがあって(あらかじめ与えられた番号と同じものを使う)そこを使えばいいのだけど、座席は長椅子が数列並んでいるだけなので、どこに座るかは自由なのだ。ここも、わたしの記憶の片隅にある前世の学校生活とは、完全に異なっていた。確か『大学』だと、こんな感じの席があったはずだけど、わたしは通ったことがないので初体験。ジュニアスクールでは個別の座席があったから、なんだか違和感しかない。学校という気がしないなぁ。座ってみたら、すぐさま隣にリーリカちゃんも座ってきて、わたしにピッタリ密着したので、なんだか窮屈だ(椅子は長いのに)!
こんなんで勉強に集中できるだろうか、と思ってしまう(さすがに授業中はくっついていないだろうとは思うけど、リーリカちゃんなのでわからない。やりかねないよね)。
「新しい発見はなかったよー」
こっちを見て、リーリカちゃんが言う。顔がめちゃくちゃ近い。なんだか甘ったるいリーリカちゃんのいい匂いに、どきりとさせられる。
「やっぱユフィたんが一番かわゆいから、リーリカちゃんはユフィたんを中心に生きていこうと決心した」
え~……なんか、決心されてしまった。これってある種の告白なのかな。でもリーリカちゃん、ふざけて言っているのでもなさそうだし……困るなぁ。わたしは男の子に、それほどの興味はないけれど、だからといってリーリカちゃんと同じ、女の子大好きってわけでもないからなー。もちろん嫌いじゃないけど、リーリカちゃんのそれとは絶対に違うもの。
「タバサのアホが違うクラスだったのが、なにより嬉しいわよね」
立ったままのミリナちゃんが言った。タバサちゃんとフィノミちゃんの異世界研究所コンビ(と、わたしは呼んでいる)はお隣のC組で、別のクラスだった。
これはあとになってわかったことだけど、C組の生徒数は二十三人いて、どうも等人数で分けられたのではないらしかった。クラス担任=魔術教師はそのクラス専属なので、そのあたりの相性というか、適正で分けられたのかもしれない。
普通のお勉強を教えてくれる教師はどのクラスにも訪れるが、魔術教師は自分のクラスの生徒だけを教える。
わたしたちの担任はシャルシェイド・バックマンという壮年の魔術師で、彼は転生者ではなかった。教師の中の数名は転生者で、わたしの前世で前の席に座っていた(これは、よく覚えている)田中くんもその中にいた。田中摩可広くんは、こちらの世界ではマーケイロ・ターラカという名前になっていて、やはりどこか響きが似ている。同じ年齢だったはずの彼がおじさんになっていることに違和感を感じるのは、前世での記憶が特に強く残っている人物だからかもしれない。
そんなマーケイロ先生自身も、わたしや、わたしたちのことを覚えているみたいで、先生なのにちょっとおろおろしたりして、やりづらそうだった。
『ユフィさんは、その、ユキさんの生まれ変わりなんですよね……ぼぼぼぼくは席が近くだった━━』なんて、緊張してしゃべっていた。
マーケイロ先生と違い、完全にこの世界の人間であるバックマン先生は、もちろん教え子に対して緊張するなんてことはないので、堂々とした様子で教壇に立った。
クラスの全生徒が集まった教室を見回して、ひとつ頷くと口を開いた。
「わたしの担当するD組へようこそ、諸君。諸君らが近頃噂の"転生者"であることは、大変に興味深いことだ。が、それがどういう意味を持つのか、諸君らがその才能をどう育て、なにに利用するのか。それはこれから、この学校で学んでいくことに変わりはない。"転生者"というものに魔術の才があることは事実だが、才能があればいいというものでもない。使い方を知る必要があるし、まだ若い諸君らには未来がある。正しい未来を選ぶための方法を、これから学んでいくことになるだろう」言って片手を振ると、先生からは離れた席にいたユーリくんが「おわああっ!」って、ふっ飛んだ。
教室の、いちばんうしろまで。
遅れて顔の上に、一緒にふっ飛んでいったコミックがぶつかる。
「いでっ!」
「ユーリ・シフォン、キミはさっそく目をつけられたぞ」先生が言う。
「す、すんませんっ!」
コミックを回収して席に戻ったユーリくん(彼をはじめ、クラスメイトの中の男子生徒である総勢3人は、珍しくわたしたちと同い年の男性転生者だった)は、背筋を伸ばして硬直した。まさかコミックを読んでいるのがバレて、あまつさえ教室のうしろまで吹き飛ばされるなんて思ってもいなかったはずだから、面食らったのだろう。
「わーお……先生、きびしーぞぉ」リーリカちゃんがわたしにくっついた。って、ずっと密着してるんだけど、さらに圧迫してきたんだ。
リーリカちゃん、わりとお胸が大きいから、圧力があるよね。
「わたしの授業は実践的なものが中心となる。魔術の理論など、一部座学もあるにはあるが、それは必ずしもわたしが教える必要のないことだ。使い方━━魔術の鍛練、実戦での技術において、わたしはキミたちを指導する。その他の勉学は、それぞれの先生方が行う。
リーダーを決めよう。生徒間でのリーダーだ。余計な仕事が増えるのは事実だが、それ以上の意義はあるはずだ。断られれば話は別だが、立候補を募る前に頼みたい人物がいるのだが━━ユフィ・カムラキ。どうだろう、キミに頼めないだろうか?」
えっ……わたし?
って思って、まさか自分の名前が呼ばれるかもなんて予想してなかったわたしの口から出た言葉は「あ、あだす?」でした。
「あっはー、ユフィたん『あ、あだす』だってー! にゃははははーっ!」
ちょ、リーリカちゃん……笑いすぎだろ。恥ずかし過ぎる!
教室中に爆笑が広がったから、わたしは嫌になってお断りしようと思ったのだけど、かつてはママもリーダー的な役割を担っていたのだということを思い出して、考えを改めた。でも、機嫌はちょっと悪くなっていたから、「別に、やってもいいですけどぉ……」とむくれて言ってやったのだ。
「わたしもそれがいいと思う。ユフィは勉強もできるし、魔術の素養も一番あるから」と、ミリナちゃんは言ってくれた。みんなに聞こえるような声で、わざと。
笑いのおさまった教室で、先生が口を開いた。
「それではユフィ・カムラキがこのクラスのリーダーだ。さっそくだがユフィ、前に出てきてくれ。キミが進行役となり、まずは全員で自己紹介でもするとしようか。必要ないかもしれないが、なに、わたしに対する紹介だと思ってくれればいい。名前と、趣味嗜好、これからの意気込みと、一人ずつ順番にやってくれ。それくらいは構わないだろう?」
「わ、わかりました!」
わたしは先生の横まで移動して、それからまずは自分の自己紹介をした。みんなとっくにしっているはずだったけれど、それでも趣味がエキス玉集めだってことは初耳なはずだし、意気込みというか、いずれ魔王を倒したいのだという目標は聞いて、みんな驚いてくれた。ちょっと恥ずかしかったけど、これから毎日一緒に学ぶ仲間だから、気にしてなんていられないからね。秘密も、なければないほうがいい。足元のネロさんも紹介したけれど、みんなには見えない(というか、隠れていて出てこないというのもある)パッカさんのことは、あえてその場では言わないでおいたのだけど……先生は「そのような人外のパートナーがある時点で、キミが特別な力を持っているという証明になっている。かつて魔王と互角以上に渡り合ったという伝説の魔術師の中にも、使い魔を操った者がいると聞く。並の魔術師では、そのような存在を使役することはかなわない」なんて言っていた。
そう言われると、ちょっと自分は特別なのじゃないかしらって勘違いしそうになるよ。いけない、そんなんじゃ、自分の力を過信して失敗してしまうよね。魔王を倒すには、どこまでも限界を越えていかなきゃならない。と、わたしは考えているのだから。
ママを越えなくちゃ。それくらいの、すんごい使い手にならないと、魔王なんて倒せない。
順番にクラスメイトたちが自己紹介を終えていき、一番最後にリーリカちゃんが「趣味はユフィたんですが、その他のかわいい女の子もけして軽視はしないぞー。将来の夢は、ユフィたんと結婚することです!」という、ぶっ飛びすぎていて先生すら閉口した自己紹介を終えると、時間を見計らってやってきた一般教科の先生とバックマン先生が交代して、いよいよスクールデイズが本格始動したのだった。




