第36話「喧嘩するほど仲は悪い」
広間のテーブルには、すでにたくさんの料理があって、寮の仲間たちが朝食を楽しんでいた。
と思ったら、見知った顔がすでにある。
「あれっ、フラパがもういる! ってか、すでにすごい食べてるし」と、ミリナちゃん。
本当だ。フラパちゃんの前には、きっと本来なら三人分くらいのお皿が積まれている。あれを一人で食べられるのが、フラパちゃんなのだ。
いわゆる、大食いというやつね。
わたしはあんまり食べられないから、少しだけ羨ましいかな。フラパちゃん、どんなに食べても全然太らないしね。わたしはきっと、あの量を食べてしまったらイノブタ・ノシシンになってしまうから。
豊穣の神様なんだけど、それ自体が豊かな体型をしているお顔がイノブタで身体がヌクモフ、お尻が3つある変な神様に……。
考えただけで食欲がなくなった。けど、食事はしっかりとらないと……ママにもそう、言われているから。
「フラパたん、いたねー。お部屋に来る前に、こっち来たでしょう?」
上から覗き込むようにして、リーリカちゃんが顔を近づけた。
「う、うん……来たらちょうどお昼の時間だったからぁ、美味しいご飯があったからぁ……うち、我慢できなくてぇ……ごめんなふぁ~い」
と言いながらも、まだ食べる。食べる。もしかしたらわたしの分がなくなるんじゃないかと心配になってくるなぁ。
フラパちゃん……荷物が横に置いてある。先にお部屋に置いてから戻るという選択はなかったのだろうな。なにしろフラパちゃんにとっては、なにより食事が第一だから。
食べないよりはいいんだろうけど、でも食べ過ぎだよね……このまま見てたら本当にわたしの分がなくなりそうだったから、わたしたちも列に並んで配膳を受ける。
待機列の中に、一際強いピキーン波を放つ人物がいた。
"ピキーン"の感覚は、感情や、関係性によって強弱があることが、近年になってわかったの。怒ったり、悲しかったり、相性の良し悪しによってもピキーンってなる感覚に強さの波ができる。基本、前の世界の仲間は、ずっとこの感覚があるはずだけど、全員、それぞれちょっとずつ違う。感覚は意識的に遮断することもできることが解明されたけれど、ものっすごい嫌われている相手とかがいた場合、遮断しきれなかったりするらしい。幸運にも、わたしにはそんな相手がいないから、実体験はないのだが。
彼女の放つそれは、限りなく相性の悪い仲間が放つものだった。
刺々しい、頭の裏側をチクチクと刺激するような類いのやつ。
「来たわねブスミリナと勘違いユフィ。変態リーリカもいるわね。あなたたちのチーズ臭さがひどいから、あまり近づかないでもらえるかしら!」
うーわ……上級生とかもいるのに。この人やっぱりある意味すごい。
そう、昔っからわたしたちと相性の悪い、タバサちゃんだ。
毎朝大変だろうなって思うような、すんごい編み編みの頭髪は、いつ見てもすごい。そこのところの努力には、わたしも一目置いている。執拗にわたしたちにつっかかってくるところは、直してほしいんだけど。 今のところ、改善の見込みはなさそう。
「なにチーズよ、あんたこそブルーチーズみたいな髪の色してるくせに。自分の臭いを勘違いしているんじゃないの?」
はい、はじまった。
タバサちゃんが安売りしている喧嘩を、ミリナちゃんは値段も見ないで爆買いします。
そしてわたしとリーリカちゃんは沈黙。
リーリカちゃん、なに言われても怒らないからなー。ミリナちゃんにも、少しは見習ってほしいんだけど……こればかりは性格の違いによるものだから、どうしようもないのかな。
「勘違い? その言葉はあなたの隣にいるメスヌクモフにお返しするわ。ちょっとお顔とスタイルがいいからといって、だいぶ勘違いなされているようですけど、あなたなんてたいした美少女じゃありませんわ。そう、このわたしに比べればね!」
うーわ……すごい自信だなぁ。まあ確かにかわいいんだけど。でもタバサちゃんが言うほど、わたしは美少女じゃな……くもない? 自惚れているわけじゃないけど、でも、わたしはママの娘だから、まあ、それなりの見た目だってことは認めざるを得ませんけれどぉ……。
人に言われると照れる。
タバサちゃんにお顔とスタイルがいいなんて言われると、やっぱり嬉しい。
「バカじゃないの? あんたなんかユフィの足元に落ちているヌクモフのウ〇コなのに、勘違いしているのはどっちよ、笑っちゃうわね!」
うーわ……ミリナちゃんも、すごいこと言うなぁ。わたしの味方をしてくれるのは嬉しいけど、ちょっと下品な言い方は良くないよ。
「なんですってー! ブスミリナ、あなたわたしの魔術で消し炭にされたいのね、そうなのね、なら今すぐにでも━━」
「タバサっち、列進んでるよー」って、リーリカちゃんがのんびり口調で言う。
確かに、タバサちゃんと前の人の間にはけっこうなスペースが生まれていた。
喧嘩に夢中で、配膳の列に並んでいたことを忘れていたみたい。
「あっ、ごめんなさい」
気づいたタバサちゃんが前に進んだ。この辺りに彼女の真面目さが現れている。ちゃんと喧嘩を中断して前に進み、止まり、また喧嘩を再開する……。いや、まだやるんかい……。
「そういえばブスミリナ、あなた入学試験の成績、後ろから数えたほうが早かったみたいじゃないの?」
え、そうなの?
でも、入試の成績って公表されていないはずじゃ……。
「さすがにそれは嘘ね。あんたがわかるわけないじゃない。それに、わたしは手応えも━━」
「嘘じゃないわ。だって見たのだもの。そっちの勘違い美少女はまあ、と、トップの成績だったみたいですけど、変態リーリカとブスミリナはかなーり後方支援係だったみたいねぇ」
「はぁ? 見たって、どうやって。見れるわけないじゃない」
「おほほ、今の魔術師学校の先生方はおおかたが転生者ですのよ。その気になれば確かめる方法なんていくらでもあるのよ!」
うーわ……悪いこと堂々と告白してるぅ。
きっと先生方の誰かに協力してもらったというよりは、利用して盗み見たんだろうな。
タバサちゃんなら、やりそうだし。
「あんたってほんと最低ね、人の成績見るなんて……あれ、でも、そんなに気にするようなやつが……タバサ、あんた自身の成績はどうだったのよ?」
「わ・た・し………ですか?」
あからさまに動揺しとる。
「わたしのことはどうでもいいのよ、というか教えるわけないでしょ!」
「タバサっち、前」
「あ、ごめんなさい」
素直なんだかなんなんだか。
配膳の順番が来たので、タバサちゃんとミリナちゃんの喧嘩が終わってくれた。
「フィノミちゃんがいないね、確か、タバサちゃんと同じ部屋だったはずだから、まだ来てないのかな?」
これは、すぐ近くのリーリカちゃんに訊いてみた。異世界研究所に出入りしていた三人の少女のうち、タバサちゃんとフィノミちゃんが、この魔術師学校に進学した。もう一人の少女━━カーラちゃんも魔術の素養がなかったわけではないみたいなんだけど、あの子は異世界研究所で働く道を選択したの。
まったく全然しらなかったんだけど、カーラちゃんって、まゆげ繋がり……じゃなくて、パトリ先生と一緒に研究所を運営している副所長のフィゲルさんのことが好きだったみたいで。それも"前の世界"から、ずっとそうだったって言うのだから、わたしは胸キュンしちゃったよ。応援したくなっちゃったから、応援することに決めて、たまに異世界研究所に行った時なんかは、なるべく二人が接近するように工夫したり……余計なお世話というものを、したくもなるんだよね。
「フィノみんは登校日になってから来るってさー。そう言ってたよー。フィノみんも、リーリカちゃんの美少女ハーレムパラダイス計画には必要な人材だから、待ち遠しいなー」
あー……リーリカちゃんがまた変な妄想をしている。ちょっと上のほうに視線が行った時は、だいたいなんか考えてる時なのよね。前なんて突然「ユフィたんとユフィたんママを絡ませてみたんだけど、わたし、もう、ダメ……」とか言って倒れちゃうし……あれはいったいなんだったんだろうか。
そんな彼女も、これからは一緒に魔術を勉強していくんだ。ちゃんとできるかなー。リーリカちゃん、わりと悪ふざけするタイプだからなぁ。怒られないといいけど。
って、ひとの心配してる場合じゃないよね。自分がまず、がんばらないと。
ママみたいになれるかどうかはわからないけど━━ママは『ユフィは大丈夫。わたしなんかよりよっぽどすごくなるよ』なんて言ってたけど━━それを目指してがんばって、そして……。
わたしの目標は"魔王を倒すこと"だから。
世界の端っこに追いやっているとは言え、そこから先には進展せず、誰も、いつまでも倒すことができない魔王と、その軍勢をどうにかする。でないと、この世界が本当の平和を取り戻すことはないから。
今だって、どこかの誰かが魔物の犠牲になっているはずだ。
結界は完璧ではなく、魔物を完全に閉じ込めておけるわけじゃないのだから。どこかの隙間から、わずかに弱まった部分から、魔物たちは抜け出してくる。
わたしも小さい頃に、怖い思いをした。
あの時に殺されていたって、おかしくなかった。そして、世界には実際に命を落としている人たちがいる。
それをなくすために、それをなくすことができるような人間に、わたしはなりたい。
理由は他にもあるんだけど。
ここには同じ過去を共有している転生者たちがたくさんいるから……それにも答えが出るかもしれない。
という希望を、わたしは抱いている。




