第31話「ほじょりんつきだよ」
もうすぐ、あとちょっとで、わたしも学校に行けるようになる。ミリナちゃんもだよ。
だからね、そろそろバイチャリを買う時期かなぁーって、ママが突然、いきなり、ある夜に、ゆった。
えー、バイチャリ買ってもらえるのー?
って、べっくりした。だって、買ってもらえると思ってなかったから。あと、別にいらない。
いらないけど、あったら便利なのはわかる。
バイチャリは歩くのよりも速いし、楽。大人はけっこう乗ってるし、セラもうちにくる時は、最近はバイチャリでくるから。
お金たまったから、買ったっていってた。でもミリナちゃんの分はないから、セラの大人用のやつで、二人で乗ってくる。
「そうと決まれば、さっそく明日にでもバイチャリ屋さんに見に行ってみよっか?」
「うん、行くー!」
やったー。これは楽しみな楽しみがふえた。いきなり、ぼこぬふって、ふえた。紙芝居おじさんのめいさく『増殖する気味の悪いナンダースン』のなかで、ナンダースンが増える時におじさんが「ぼこぬふっ!」て言うのよさ。
ぼこぬふっ、ぼこぬふっ、て言うのよさ。
「そんでねー、ナンダースンはいっぱいふえすぎてうすくなるからねー、さいごはぜんぶぺらっぺらになって、じめつするよ!」
「へ? ああ、確か紙芝居のやつだっけ━━唐突だな、話が」
「あとねー、ミルクボーイ・キャンベルがねー、足のうしろのすじが切れてバネのように跳ねあがるんだよー」
「……それはママ、知らないわ」なんじゃそりゃ、って、ママ言った。
なんじゃそりゃ。
今日はパパがざんぎょーでまだ帰ってきてないけど、それはべつにどうでもいいから、もう明日のために寝るとしよう。
バイチャリだから。
早く寝ないと、起きないから、バイチャリ買ってもらえなくなったら大変でしょ。だからもう、パパがくるまえに寝るよ。
「ねるー」
ねた。
*
バイチャリ屋さんは南地区にあった。こっちのほうは、こどもの遊ぶところはないから、あんまりきたことないなー。
いろいろな物を、いろんな人が作ってるところが、いっぱいある。
コロスケ屋さんのコロスケのもとを作ってるところもあるって━━じゅるり━━ママが言ってた。コロスケ屋さんのコロスケは、屋台で作るけど、その前の、もともとのもとはこっちの工場でつくってるって。
そーゆー、作る場所の中に、バイチャリ屋さんがあった。
もう、お店の外にもいっぱいバイチャリが並んでいてすごいけど、ぜんぶ大人用だね。
「いらっしゃいませ━━お母さまのバイチャリをお探しですか?」
バイチャリ屋さんは、若いねーちゃんだった。おじさんのほうが似合うと思うけど、ここはねーちゃんの店なのか。
「いえ、今日はこの子用のバイチャリをと思って。わたしは、歩くほうが好きなので買いません」
「あはは……はっきりおっしゃいますね。でも、バイチャリも悪くありませんよ。天気のいい日に走ると、それはもう風が気持ちいいですから」
「ダメよ、勧めたって買わないから。まあ、そのうち気が変わることはあるかもしれないから、買うとしてもその時ね、わたしは。今日はこの子のやつだけでお願い。子供用の、あるわよね?」
「ええ、もちろんです。子供さん用のバイチャリは奥のコーナーになりますので、こちらへどうぞ」
わたしとママはねーちゃんのあとについて、お店の奥まで行った。
バイチャリが……子供用のバイチャリがいっぱいある。
すごーい。
選べない、こんなにあったら。迷うよー。
「これにする!」
『肉切り包丁のデザインが無邪気な悪意を演出する。尖ってるキミのためのマシン!』て書いてあったやつが、気に入りました!
迷わなかった。ソッコーで決まった。
「すっ……げぇセンスだなぁ、うちの娘……」
ママがべっくりした?
わたしのセンスについてこなかったようだ。
「てか、なんでこんなんあるの? イカレたデザインって意味なんだけど」
「イカレ……いや、こちらは確かにちょっと特殊なデザインの商品になりますが、確か、ええと誰だ……ああ、これこれ、新進気鋭のデザイナー・断裂のキャンベルさんがデザインした新作となっておりまして━━」
「ミルクボーイ・キャンベル?」
「は?」
「いえ、ごめんなさい。なんでもないわ」
「他にないデザインの、こちら現品限りの限定品となってますので、お子様の見る目もなかなかのものかと存じますが」
「なかなかのものかなぁ……っていうか、誰なんだよキャンベル。ユフィ、ほんとにほんとに、ほんとのほんとにこれ欲しいわけ?」
「うん、ほんとにほんとのほんととほんににほんしいよ!」
「マジかぁ……これかぁ……で、これいくらするんですか?」
「それがですね、キャンベルさんのほうも、当店としましても商品の特殊さを重々自覚しておりまして、なんと、たったの九千ネンでの販売となってます。ですからこれ、実はすごいお勧めの商品だったのですけど、お子様のほうから興味を持っていただけるとは、思っておりませんでした」
ママは目を丸くして「九千ネン? たったの?」とべっくりしている。
めちゃくちゃ安いじゃないって、大声をあげたよ。
普通のバイチャリは、だいたい五万ネンとかするんだって。子供用の一番お安いすぐ壊れるようなやつでも一万ネン以上はぜったいするから、こんな安いの中古のガラクタ以外ではありえないって、聞いた。バイチャリ屋のねーちゃんに。
だからもう、ママもこれでいいかってなって、すぐに買ってもらえることがけっていした!
おめでとうございます。
ありがとうございます。
こうして、わたしは、肉切り包丁のデザインのカッケーほじょりんつき子供用バイチャリを買ってもらいました。
すごい安かったんだけど、バイチャリ自体は最高クラスの、本来であれば七万ネンするやつなんですよーって、言ってた。でも、そんな値段で売れるわけないからって、安くしたんだそーな。
わたしはつまり、運がよかったみたい。ママも「結果的には、いい買い物だったのかな?」って、ふくざつな顔で、むりやり納得しようとしていた。
バイチャリ族になったわたしは、ママよりも速く走れた。




