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第9話 獣人の少女






 スライムとは―――


 ぷるぷるとしたゼリー状の体を持つ魔物であり最弱のモンスターとして名高い魔物だ。

 攻撃能力はほとんどなく、核がほんの少しでも傷付けば生命維持ができないという貧弱さ。

 魔核の安さなどからも狙われることは少なく遭遇しても見逃されることが多かったりする。 

 どこにでも生息できる環境適応能力に加えてその弱さのおかげで一定の数を保っている魔物。

 それがスライムだ。


 一方Aランク冒険者とは冒険譚に憧れる人々の憧れそのものだ。

 Sランクという人外のランクを除けばそのランクはほぼ最高峰。

 最高ランクのクエストであるSランククエストを受注できる数少ない存在として羨望の眼差しで見られることも多い。

 つまり間違ってもスライム討伐を頼まれるような存在ではないのである。

 

「スライム討伐……と、書いてあるのですが?」


「はい、間違ってませんよ? 実はこの辺りにはスライムが出るんですよ」


 レイアもそれは分かっている。

 というよりスライムは街中でもなければ大抵はどこにでも生息している。

 問題はなぜそんなスライムをわざわざAランクの自分に依頼したのかということだ。


「数が多すぎるってことはないんですけど、少なくもないんですよね。時間もかかる上に生息範囲も広すぎてちょっと困ってまして」


「な、なるほど……?」


 だがスライムがいて何が困るのだろうかとレイアは不思議そうにする。

 それを見てリクトが説明が足りませんでしたね、と補足を入れた。


「街の外に店なんてつくっちゃったからスライムが寄ってくるんですよね」


「……それは分かりましたが、それなら街の中につくればよかったのでは……気になってたのですがなぜこんなところに店を建てられたのですか?」


「お金がなかったんです……」


「ああ、確かに街中に店を出店するとなると税金がかかりますからね」


「いや、街に入れなかったんですよ」


「……はい?」


 リクトは初めてこの世界に来た時のことを思い出す。

 街に入ろうとしたところで不審者扱いされて、入るには通行料が必要だと言われたこと。

 住人ではないため必要になるその僅かな金額をリクトは持っていなかった。

 そこで苦肉の策として街の外に店を建築したのだ。

 頼れる人間はいなかったため店の出来はよくなかったが、それでも初めて自分一人でつくった一軒家に愛着もある。

 そんな家をスライムたちが外側から溶かしていくのだ。

 スライムは弱いがとにかく生息域が広範囲だ。

 その上街の外の家に近付かせないようにとなるととにかく時間がかかる。

 そして、一日中店に張り付いているわけにもいかず手を焼いていたところへやってきたのが―――


「私というわけですか……」


 レイアはリクトという人間を測りかねていた。

 スキルを貸し出すなんてとんてもないことをしたかと思えば、街に入るほどのお金すら持っていない。

 まるでちぐはぐだ。


「ほかにも理由はあるんですけどね。自分でもできますけど疲れますし、それにたまには話し相手がほしかったんですよ」


 リクトは「あはは……」と、苦笑を浮かべた。

 その姿を見てレイアはくすっと微笑む。

 そして、レイアは凛とした態度でリクトに言った。


「分かりました、困っている人がいるならこれも立派なクエストです。お引き受け致します」

 












「とは言ったものの……暇ですね」


 あの後レイアはギルドへ一度帰った後で再びリクトのスキル屋を訪れていた。

 それからやることと言えば店の周りのスライムの駆除だ。

 範囲が広いため、のんびりと歩きながら見つけたスライムの核を傷つけていく。

 しかし、数時間もすれば飽きてしまう。

 それは日ごろAランク冒険者として多忙だったレイアにとっては強い違和感だった。

 クエスト内容はスライム討伐なので報酬も低い。

 ボールペンのためとはいえ割の良くない仕事に思わず疲れが出る。


「まあでもこんな日もたまには悪くないかもしれませんね」


 ドラゴンを倒すでもなくダンジョンに潜るでもない。

 こんな風にまったりと街の外を散歩する様な日があってもいいのかもしれない。

 レイアは冒険者としてパーティを組んでいる仲間たちのことを思い出す。

 彼女たちは今頃クエストを終わらせているだろうか。

 遠出をしているためスキル屋のことを知らないかもしれない。

 帰ったら教えてあげよう、きっと驚く。

 少し先の未来を想像してレイアは小さく笑みを浮かべた。


「?」


 その時だった。

 誰かの声のようなものが聞こえた気がした。 

 最初はなんとなくだった。

 それほど小さな違和感。

 しかし、耳を澄ませて周囲の気配を探った瞬間それは確信に変わった。

 子供が襲われてる。

 レイアは即座に駆けだした。













「あ、おかえりなさ」


「リクトさん! 回復アイテムはないですか!?」


 言葉を遮ったレイアを気にするでもなく、彼女の慌てように何かあったのかと聞き返すリクト。

 

「女の子がゴブリンに襲われてたんです! ゴブリンは倒しましたが傷が深くて……! も、もう……!」


 レイアは今回薬草やポーションの類を持ってきていなかった。

 それはスライム討伐というクエストに対する油断。

 それでも普段なら万全の準備を整えているのだが、丁度切らしたという運の悪さも重なっていた。

 そして、それが今回致命的な結果を生もうとしている。


「その子はどこに?」


「こっちです! 店の外に!」


 慌てるレイアに手を引かれて店の外に出る。

 そこには全身が傷だらけの獣人の少女が寝かされていた。

 止血はしたのだろうがそれでも出血箇所が多かった。

 顔面は蒼白で唇が紫色に染まっている。

 何よりその傷は内臓付近にまで達していてもう長くないことが見て取れた。


「ど、どうしたら……どうすれば……!」


 自分の判断ミスが招いた最悪の想像にレイアはぞっとした。

 こんなことなら少しでも回復アイテムを用意していれば―――いや、もう遅い。

 少女の死はもう目前だ。

 今は少しでも出来ることをしなくては……だが、どうやって?

 どうすればこの子を助けることができる?


「レイアさん、落ち着いてください」


 リクトのいつもと変わらない声。

 それに対してレイアは苛立ちを覚えた。

 こんな時に落ち着けるわけがない。

 それともあなたはこの子が死んでも―――と、口にしようとしたところでレイアは息を呑んだ。

 リクトの手のひらに濃密な……それこそ、自分では足元にも及ばないほどの魔力が集まっていたから。

 薄緑色の発光が蛇のようにリクトの全身に巻き付いていく。

 巻き付いた光はリクトの手の先に収束し、強烈な輝きを見せる。

 そして、リクトは手のひらを獣人の少女に向ける。


「リヴァイバルヒール」


 リクトが唱えたのは回復魔法。

 しかし、ただの回復魔法ではなかった。

 それは死者の蘇生すらも叶えると言われている失われた魔法。

 神話時代に神々が使用したと言われている奇跡。

 存在すら怪しまれている失われた太古の呪文だった。

 レイアはほんの一瞬少女のことすら忘れてリクトを唖然と見つめていた。


 




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