第13話 上書き
リクトたちは食事を終えて、テーブル席にそれぞれ座った。
最初はユリアも二人に対して僅かに警戒のような感情を持っていたが、それもすぐのことだった。
元の性格のおかげもあったし、何よりも優しくしてくれる二人はユリアの荒んだ心を癒してくれた。
そんなこともあり今ではそれなりに近い距離からの話し合いができるようになっていた。
「さて、食べ終わったことだしこれからのことを話そうと思います」
「分かりました」
「は、はいっ」
レイアも真面目な話だと理解し、背筋を正す。
そして、話の中心になるであろうユリアのほうも自分のこれからを決める話し合いを前にひどく緊張していた。
本音を言うならばここにいたい。
それこそずっとこの二人の傍にいたい。
だがそれは我儘だと理解している。
二人の生活に入ることは自分を最優先させるだけの我儘だ。
だからもしもリクトが邪魔だというならばすぐにここから立ち去ろうと覚悟を決める。
勿論寂しい。
しかし、それでも二人の幸せの邪魔をするわけにはいかない。
自分は異物なのだ。
二人の生活を脅かす本来いるべきではない人間。
奴隷紋を消してくれただけでも感謝するべきだと、ユリアは自分に言い聞かせた。
「まず僕の意見を言うと……ユリアはここにいた方がいいと思います」
だからあっさりとその言葉が出てきたときはユリアは「えっ」と、驚くことしかできなかった。
「ん? どうかしました? あ、もし嫌だったなら遠慮なく言ってください」
「い、いえっ! そんなことはありえません! でも……」
ユリアはなぜかレイアをチラリと横見した。
レイアはそんな少女を見て不思議そうにした後で頭を撫でる。
気持ち良さそうに目を細めるユリアにレイアは言い聞かせる。
「大丈夫ですよ、リクトさんも私もいますし」
レイアはどん! と胸を叩いた。
いざという時の尽力は惜しまないとも付け加える。
しかし、それでもユリアはどこか遠慮したように二人を見ていた。
「何か気になることでも?」
リクトはもしかして自分たちのことを頼りないと思っているのかもしれないと考えた。
というのもリクトとレイアはまだ若い。
奴隷としてユリアを虐げていた主とやらから守ってもらえるのか不安なのかもしれない、と。
レイアも同じ考えに至ったのだろう。
大丈夫ですよと何でもないことのように食後のお茶を口にする。
しかし、ユリアの言葉は二人の予想を大きく裏切った。
「いえ……ご夫婦の新婚生活に私のような者が居ていいのでしょうか……?」
ぶほっ!? と、レイアは勢いよくお茶を噴き出した。
リクトのほうも頬を引き攣らせて「あーそっちに誤解してたか……」と、今までにないほど困った苦笑いを浮かべていた。
ごほっ!? ごほっ!! と、勢いよく咳き込むレイアの背中をリクトがゆっくりと撫で擦る。
ユリアはその不可解な反応を不思議がった。
「え~と……僕とレイアさんは夫婦じゃないんですよ」
「あっ、す、すみませんっ! まだ恋仲でしたか……っ?」
「いや、そもそも今日が初対面ですね」
「えぇ!? そ、そうなんですか!?」
リクトが頷く。
レイアもようやく落ち着いてきたのかふぅ、と息を吐く。
そういう話に免疫がなかったので顔は真っ赤だったが。
「ご、ごめんなさい、こんなところで街から離れて暮らしてるみたいだったのでてっきり……」
「ああ、ここはお店なんですよ」
「お店? こんなところにですか?」
「うん、スキル屋」
ユリアは聞いたことのない名前に首を傾げる。
スキル屋とはなんだろう。
そんなユリアの疑問を察してリクトが補足する。
「スキルの貸し借りをしてるんですよ」
「……?」
まだよく分かってなさそうなユリアにレイアが同調する。
うんうん、と力強く頷きながら理解を示した。
「分かる。分かりますよユリアさん……スキルの貸し借りなんてほんとに意味わかりませんよね……」
そうしてリクトは店のことを説明する。
最初は冗談か何かかと思っていたが、そもそも奴隷紋を消すことだって相当な非常識なのだ。
そんな不思議な力をリクトが持っていたとしてもおかしくないことに気付く。
「そうですか……私は凄い御方に拾って頂けたのですね……」
「意外と受け入れが早いですね」
リクトはもっと驚く人が多かったので最初は信じられないかもと思っていたのだ。
しかし、ユリアは首を振り否定する。
「いえ、私はリクト様の奴隷です。それなら例え空を飛ぶ鳥が黒い色をしていようともリクト様が違うというならば白だと言ってみせます」
妙に忠誠心の高いユリアを見て苦笑い。
「あはは……」と、苦笑しながらも重要なことを思い出したためそれを口にする。
「とりあえず新しい奴隷紋を描こうと思うんだけど大丈夫ですかね?」
びくりとユリアが怯えた様子を見せる。
リクトがひどいことをするとも思えないが、それでも彼女を蝕む過去はそう簡単に拭えるものではない。
「あ……ごめん、でも元の契約をした人が来た時のためにそっちのほうが言い訳しやすいと思うんですよ」
「……分かりました。私の全てをリクト様に捧げます」
リクトの奴隷として生きることを決意する。
まだ少し怖いがリクトがひどいことをするような人物じゃないことは分かっていた。
話が決まったところでレイアがまとめる。
「では今からでも街の奴隷商に行って契約してしまいましょう」
奴隷紋を刻印するのは奴隷商でしかできない。
奴隷への契約魔法は10年近い訓練が必要になる超高難易度魔法だ。
奴隷商以外の人間がそれを行使すると重罪になる。
最もその魔法を覚える労力を考えたら誰も覚えようなんて思わないのだが。
過去に奴隷商の男による事件などもあったらしいが最後には悲惨な末路を迎えたらしい。
重罪になるリスクとその労力から今ではほとんど形骸化しているルールだ。
だが、リクトは―――
「いや、ここでします」
「……ここで?」
リクトが何かを口にする。
何と言ったのかは分からなかったがその直後に黒い発光がリクトの指先に集まった。
それは次第に奴隷紋の形へと変化し、ユリアのお腹へと張り付いた。
「奴隷紋だからこれの上書きは出来ないし僕特性のやつだから命令権はないですよ。そこは安心して……あ、場所お腹でよかったかな?」
「…………」
「…………」
黙り込む二人を見てリクトは「違う場所が良かったかな?」と、微妙にズレたことを考えていた。
「いや……まあ、リクトさんですしね」
「そうですね……リクト様ですからね……」