第11話 ユリア
少女の名前はユリア。
今ではその数を激減させている希少な銀狼族のユリアだ。
彼女にとって苦痛が日常だった。
ある日彼女は偶然にも運ばれる檻の中から見た光景に目を奪われた。
楽しそうな親子。
手を繋いで仲睦まじそうに笑い合っていた。
その光景を偶然見てしまった日から、彼女は泣くことが日課になった。
魔物に襲われた際に自分を逃がしてくれた両親。
例え助けを呼ぶためだったといくら言い訳しても……彼女の胸の痛みは消えない。
だからこれはきっと罰なのだと受け入れていた。
彼女が涙を流すようになったのは、過去を思い出してしまったから。
いつか触れた温かさを知ってしまったから。
獣人としての本能が親を求める。
一度でいい。故郷へ帰りたい。
それを聞いた日は食事を抜かれた。
その日から聞くことはなくなったが、それでも親がいない寂しさはじわじわと彼女を蝕んだ。
いつか自分にもその日が来ることが分かっていた。
ついに契約の日がやってきた。
自分のご主人様はどんな人だろう。
不相応にも憧れた。
また優しくしてもらえることを願った。
両親を見捨てたことを思い出して唇を噛む。
そんなことを願う資格はない。
だけど、それでもいつかご主人様を自慢しあうと約束した奴隷仲間との約束を叶えたいと思った。
そして、それは最悪の形で裏切られる。
ユリアを奴隷として迎え入れたのは最低の変態だった。
奴隷紋を刻まれた瞬間に殴られた。
どれだけ頑丈か試したと言っていたが、上手く理解できなかった。
それからは悲惨だった。
荷物持ちと称して岩を持たされた。
理不尽なことで何度も土下座させられた。
食事には毎回土塊を混ぜられた。
泣きながら許しを請うと男は愉快そうに笑った。
だから、馬車が魔物に襲われたのは運がよかった。
ここで死ねると思ったから。
馬は暴れ、主や護衛たちは混乱している。
絶対に死ぬなと命令されていたから、魔物から逃げた。
もしほかの命令をされていたら奴隷紋は行動させることを許さなかっただろう。
そして、ゴブリンに追い詰められて、古びた剣で斬られた。
勿論痛かった。
しかし痛みがここで死ねるという安堵を大きくする。
最後に自分を逃がしてくれた両親の姿を幻視して、意識を失った。
しかし、それは許されなかった。
運よく……いや、運悪く通りすがった人物が助けてくれたようだ。
助けてくれた人物を恨んだ。
奴隷紋を持った自分はまた戻ることになる。
逃げた自分はどんなお仕置きをされるんだろうと考えると死んだ方が遥かにマシだったと思う。
彼女は泣きながら頭を下げた。
いつも主にしているように―――絶望に震えながら頭を下げた。
この不幸は両親を捨てた自分への罰。
ならば、受け入れるしかないのだろう。
彼女の頬を涙が伝った。
最もその不幸こそが彼女に訪れた人生最高の幸運であることに少女はまだ気づいていなかった。