第10話 奴隷紋
(ロストマジックっ!?)
レイアは目の前で起きたことをすぐには信じることが出来なかった。
リクトの使った魔法はそれほど非現実的なものだったからだ。
しかし、その魔法を使われた少女の傷口は確かに塞がっていっていた。
逆再生のようにみるみる塞がっていく傷口に血色の戻った肌。
ものの数秒で獣人の少女は完全に生気を取り戻した。
「りっ、リクトさん……あなたは一体」
「レイアさん、それよりもこっちを優先しましょう」
レイアは思わず押し黙った。
確かにリクトの言う通りだ。
見た目は元に戻ったが、まだ安心できたかは分からない。
レイアは先ほどは余裕がなかったためによく見ていなかった獣人の少女を見る。
銀色の髪に狼のような耳と尻尾。
歳は自分よりも少し下くらい……おそらく15か16くらいだろう。
顔の造形は整っていて将来はきっと見た目麗しい美女になることが容易に想像できた。
だが、それよりも目を引いたのは―――
「奴隷紋……」
少女の服はボロボロだ。
麻の簡素な上下を着て足には靴すら履いていない。
だからこそ、腹部に刻まれたその奴隷紋の存在がすぐにわかった。
しかし、リクトと言えばまったくピンと来ていなかった。
その名称から想像するにおそらく奴隷の証のようなものだろうことは理解できるのだが……
一瞬悩むが、知っておいた方が助けるのに都合がいいだろうとレイアに聞いた。
「奴隷紋って……なんですか?」
しかし、レイアと言えば口には出さなかったが奴隷紋を知らないリクトを驚いたように見る。
ロストマジックを使えるのに奴隷紋すら知らないとは……一体どういう育ち方をしたのか。
まるでこの世界の人間ではないみたいな―――
そこまで考えて馬鹿々々しいと首を振る。
それよりもとリクトの質問に対して答えた。
「奴隷紋は刻まれたら絶対に消せない呪いのようなものです。契約の際の契約魔法で主人に絶対服従になります」
「絶対服従って言うと……どこまでですか?」
「どこまでもです。逆らうことは不可能で、極端なことを言うと死ねと命令するだけで即座に自害させることができます」
なるほど……と、リクトは頷いた。
さすがのリクトも重々しい雰囲気をしている。
「奴隷紋があるってことは主がいるってことですか?」
「………そうなります」
レイアも苦々しく頷いた。
もしかしたらここで助けない方が彼女の幸せだったのではとすら思ってしまう。
それほどこの世界の奴隷の扱いは酷いものだ。
中には平穏に暮らすことのできる運の良い奴隷もいるが、それは圧倒的に少数だ。
ほとんどの奴隷は主に弄ばれてその一生を惨めに終える。
そして、その奴隷は奴隷紋がある限り主人のものになる。
手出しは出来ない。
もし何らかの形で匿った場合は重罪、もしくは死罪となる。
レイアは何もできない自分の無力さを恨んだ。
ギリッと歯噛みして、少女を見つめた。
「こんな女の子を……」
「そうですね。じゃあとりあえず奴隷紋消しちゃいますね」
「はい……はい?」
リアクションは一応返したがそれでも言葉の意味は理解できなかった。
どういうことなのかと聞く前にリクトが行動に移る。
奴隷の証である奴隷紋に手を置いた。
獣人の少女は「んっ……」と、声を漏らすが気にすることなく手のひらでなぞった。
するとまるで手品のようにその紋が消えてなくなった。
「え」
「これで一安心ですね」
はい、そうですね。とは言えなかった。
今何が起きたのだろうか?
レイアの知識にある限りでは奴隷紋は消せない。
絶対にだ。
その部位を削ぎ落したとしてもしばらくすればまた別の個所に浮かんでくる。
消えない呪い。それが奴隷紋だ。
しかし、リクトはあっさりと消したように見える。
少女のお腹にはもう何もない。
「あ、もうお昼ですね、ご飯にしましょうか」
「いやいやいやいやいやッ!!?」
さすがのレイアも全力で突っ込んだ。
「どうしました? 何かありましたか?」
「いや……色々ありすぎてついていけないと言いますか……えぇと、何をしたんですか?」
レイアは目頭を押さえながらリクトに問う。
奴隷紋を消すことができる力……ありえない。
だがしかし、リクトはスキルを貸し与えることができるというありえない力を持っている。
そう考えるとこの力もありえる……のだろうか?
「奴隷紋を消すスキルを使いました」
「……奴隷紋を消すスキル?」
なんだそれは。
レイアはAランク冒険者として様々なスキルを知っている。
自分が持っているスキルから持っていないスキルまで古今東西のあらゆるスキルを知識として網羅している。
それは冒険者として仲間と組む際に知っていた方が都合がいいから。
仲間の力や自分のことを正確に理解すればそれだけ敵との戦いは有利になる。
だが、そんなレイアでも奴隷紋を消すスキルなんてものは見たことも聞いたこともない。
意味が分からない。
しかし、質問を重ねようとしたところで少女が呻く。
目を覚ましたようだ。
「……? ここ、は……?」
金色の瞳と赤い瞳。
オッドアイ。
物珍しさにレイアは思わずそちらを凝視する。
その視線に気付いた獣人の少女はリクトたちを見て顔を引き攣らせた。
「私を……助けてくれたんですか……?」
頷くリクト。
その声にはどうして助けたんだと非難するような感情がこもっているように思えた。
「ありがとう……ございます……」
手と頭を地面につけて土下座の姿勢で感謝を口にする。
その仕草はとても自然なもので今までに何度もやったことが分かるようだった。
そして、少女はと言えばまさに絶望という顔色をしていた。
オッドアイの瞳を涙で滲ませてこれからの未来にこれ以上ないほどの絶望感を感じる。
あのまま死ねたらどれだけ幸せだったか。
自殺は命令によって封じられている。
これでまた生きなくてはいけない。
主の元に戻ることを想像して少女は小さく震えた。
「とりあえず奴隷紋は消したから安心していいですよ。ご飯にしましょうか」
「はい……はい?」
少女はレイアと全く同じリアクションを返した。