二重人格の元カノから送られてきた手紙がおかしい
今から10年前、高校を卒業した古賀はインドへ渡ると言い出した。
「インドで日本風カレーの店を出す」という彼の夢を叶えるためである。もちろん彼の友人知人並びに家族は全員全力で彼を止めた。と言うのも彼がスワヒリ語はおろか英語もろくにしゃべれず、何より料理を一切作った事も無いような男だったからである。古賀が失敗するのは火を見るよりも明らかであった。
そして誰よりも彼を強く引き留めたのは当時古賀と付き合っていた加奈子だ。彼女は古賀のやろうとしていることがいかに無謀であるかを並べ立て滾々(こんこん)と諭した。ところが古賀は聞く耳を持たず、とうとう二人はケンカ別れをしてしまったのだ。
彼は思いつきで行動するわりに、一度言い出すと絶対に譲らない強情な性格の持ち主だったのだ。
別れはしたものの加奈子は古賀の身をずっと案じていた。
何度か連絡を取ろうと試みたものの彼が住所も告げず、携帯電話も持たずに出て行ってしまったため連絡の取りようが無かった。
そして10年経った今、ようやく共通の友人から古賀の住所を聞き出すことが出来た加奈子は彼に手紙を書くことにした。
ところが恋人に会えないストレスから二つ目の人格を獲得していた、要は二重人格になっていた加奈子の書いた手紙は少々おかしな文章になっていた。
***
インドにて
古賀「おや、手紙が来てるぞ。誰からだろう……、加奈子! ああ懐かしいなあ。よし、早速読んでみよう」
古賀君へ
≪間違いない。加奈子の字だ≫
急に連絡してごめんなさい。
≪俺こそ、10年も手紙を書かなくてすまん。本当に子供だったよ≫
早いもので古賀君がインドに渡ってから10年が過ぎましたね。
≪10年、いろんなことがあったなぁ≫
最初に「インドで日本風カレーの店を開くんだ!」と聞いた時は耳を疑いました。
≪まぁ、俺もいきなり過ぎたと思うわ。ははは≫
正直、古賀君の頭にカレーが詰まってるんだと思いました。
≪……、なかなか辛らつだな……≫
だって君の実家は貧乏でお金もなく、ヒンドゥー語はおろか英語さえ喋れなかったじゃないですか。
≪と、思うじゃん? この10年大変だったけど何とかやってこれたよ≫
何より貴様は引き金もろくに引けない意気地なしだったからな。
≪誰を殺しにインドまで来たんだ俺は≫
でも古賀君が本気で行く気だと分かった時、私も本気で止めました。
≪加奈子……≫
だって私のあだ名は鼻くそホジリーニョ4世だもの。
≪何のカミングアウトだよ≫
高校を卒業して別々の道に進んだとしても、古賀君とはいずれは結婚しようと心に決めていました。
≪そうだったのか……≫
嘘です。
≪嘘かよ!≫
あの時言ったことは今でも明確に覚えています。
≪ああ、俺も覚えてるよ≫
「バカなことを言うのはやめて一緒に日本で暮らそうよ。何の準備もなしにインドまで行くなんて、野良犬のエサになりに行くようなものじゃない!」
≪あの時は腹立ったけど、よく考えたら俺のために言ってくれてたんだよな≫
もう野良犬のエサにはなりましたか?
≪なってないわ! 何期待してんだよ!≫
だけど君は私の忠告に耳を貸すどころか、私まで誘って来ましたね。
≪できれば一緒に暮らしたかったからな≫
このカレー(トンガ)左打者め。
≪どういう類の悪口だよ≫
今ならもう少し違う答えを出せたんだろうけれど、10年前の私に古賀君を思いやる余裕はありませんでした。
≪俺もあの時は自分の事ばかり考えてたよ≫
「あんたなんかガンジス川で溺れて死んじゃえばいいのよ!」と言ってしまったことは今でも後悔しています。
≪もういいよ、済んだことだ≫
もう溺れ死にましたか?
≪お前絶対後悔してねぇだろ!≫
今更だけど謝ります、ごめんなさい。
≪いやもう、いいよ≫
私はというと5年前に結婚しました。
≪……、え?≫
相手はちょっぴり頼りないけれど、優しくて良い人です。
≪…………≫
今では二人の子供に囲まれて、とても幸せな生活を送っています。
≪……、そうか、そうか。結婚したのか……、おめでとう≫
お先にナマステーwwwwwwwwww
≪てめぇ!!!≫
日本に帰ってくることがあれば、是非ウチにも遊びに来てください。
≪絶対行かねえ!≫
10年前に言えなかったことだけど、私はスルメを噛み千切ることが大好きです。
≪10年間なに溜め込んでたんだよ!≫
それは今でも変わりません。
≪知らんわ!≫
古賀君は不器用で運動音痴で、勉強もできないけれど、頭にはカレーが詰まっているおぞましい生き物だと思います。
≪ただの悪口じゃねぇか!≫
もちろん、今でも……。
≪何が!?≫
あの時は色々殺し合いもしたけれど、
≪してないよ!≫
今では古賀君がスティックのりを喉に詰まらせて死ねばいいのにと思っています。
≪どんなシチュエーションでそうなるんだよ!≫
1000人いるんなら1000通りの人生があるよね。
≪なんだ、急にまともになったぞ……≫
先に結婚した私、
≪……うん≫
若くしてハゲた貴方。
≪コントラストやめろ≫
人生に違いはあれど、みんなフンババになれると信じています。
≪フンババって何だよ!≫
今でも古賀君を応援しています。
≪お前さっき死ねって言ったじゃん!≫
たまには連絡をしてください。
≪嫌だよ!≫
PS.
今あなたの後ろにいるの。
≪ひいいいいいいいい!!!≫
こうして古賀は引き続きインドで日本風カレー屋を経営し続けるのでした。
おわり
お読みいただきありがとうございました!