第2話 家族
雲ひとつ無い晴天。いつもと変らず遠くからの戦争の香りを運ぶ風。
同じように緊張が続く変わらない日々。だけれども、人が増える事によってその日々もまた変っていった。
「ねぇ・・・」
「・・・?」
僕の目の前に座る少年。白髪の髪はとても柔らかそうに見え、その瞳は赤く、一瞬血を連想するものの、光の角度で橙色に見え、燃え上がる炎を連想させる。
そして今はバンダナや服などのでかくしているがその頭には髪質、髪色と同じ獣耳と尻尾があり、当初その少年に少しばかり警戒していたも、もふもふのしっぽに興味がいき、今では魅惑の尻尾の虜。
その為、こういった種族がばれたらいけない場所でそれらが触れられないのはどこか残念に思っていた。
「・・・」
「・・・」
自分が声をかけたっきりその続きを一行に喋らず少年を見つめる。少年はそれに対しての不快感は無く逆に首をかしげていた。
「・・・アルスは今の暮らし楽しい」
「・・・ん」
ようやく出てきた質問に少年、アルスの表情は動かないものの首を縦に動かした。アルスは家に来た当時から表情筋が仕事をしていなかったが最近、微妙に仕事をしている。
何故そんな質問したかというと、アルスがケイルの父様であるマーレから聞いた話のせいだった。
*+*+*+*+*
マーレがケイル達が住む家にたどり着いたのは朝方。マーレが戸を叩くにもうすでにケイルが“風の知らせ”で2人が来る事を、息子であるクレアが大変な事も全て知っており、もうすでにリビングにて待っていた。
「父様・・・クレアを2階までお願いします・・・」
「やはりこの子供はお前の子供だったか」
「はい」
マーレを案内する為に先に2階に上がりマーレもまた2階に上がる。
「凄い熱・・・寝る前はなんとも・・・」
ベッドに下ろされたクレアの額に手を置き、その異常な高熱にケイルは驚愕と共に違和感に眉間にかすがながら皺がよる。
「感化されたんだろう」
「感化?」
そう言って扉の方に待機している少年、アルスに視線を向ける。
「あの子は・・・?」
「あぁ、あの子はアルスといってな。私がここに来る間に拾ったんだ」
「それは・・・でも、まぁまぁ・・・血が・・・」
今だ魔物の血がべったり付いているアルスにケイルは驚愕しつつも「怪我は無い?」とアルスに近づく。アルスもまたケイルが敵ではないと知っている為に後退も怯えも見せなかった。
「・・・その子」
「あぁ、クレア?大丈夫よしばらく寝ていれば良くなるから。アルス君はお風呂入ってこようか」
「あ・・・」
ケイルはアルスの言葉を聞かないままお風呂場へと向かった。
「・・・ケイルは・・・」
マーレは成長したのかしていないのか分からない自身の娘であるケイルに呆れを込めてため息をこぼしベッドで眠るクレアに視線を落とす。
「まさか、ケイルの子が加護持ちだとは・・・」
緩められた襟元から除く首元に存在する痣。その痣の形は三日月模様。
“加護”
それは神に、万物に存在するマナ(大気中に存在する魔力の源)に祝福を受けている種族、神族と幻獣族。その中でも、群を抜いて一部の神やマナに愛された者にだけ与えられるものが加護である。加護は体のどこかに印が存在し、死を迎えるまで加護が与えられ続けられる。だが、神の加護の場合は、死を迎えた後もその神の眷属として迎えられる。
神の加護を受けし者はその神に関係のある神の加護を持つ者に何らかの影響をしあう。
「まさかこうなるとはな・・・」
今だ、熱が冷めぬクレアの額に濡れたタオルを置き様子を窺うマーレ。加護持ちなどそうそういない。ましていたとしてもそうそうその神に関係する神の加護を持つものなど少ない。
だが、兄妹神の場合は、高確率で同じ時代に存在する。だけれどもその神の加護を持ったものが運よく会えるかというのは別である。
「月と太陽・・・この先つらいことがかなりあるだろうが負けない強い子達になってほしい」
そうマーレはクレアの額に唇を落とし1階へと向かった。
「・・・何でお前まで濡れている・・・ケイル・・・」
1階に下りてマーレが目の当たりにしたのは魔物の血がすっかり落ち、ましてやここに来るまでの汚れが落ち、なおかつ新しいとはいえないけれどもそこそこ綺麗なタンクトップに短パンを履き、お風呂のお湯によって血色が良くなり日に当たり少し黒くなっているけれどもその頬は赤く染まっているもののその無表情によって可愛いとはいえないものの健康な子供へと様変わりしていた。
そして、アルスの隣に立っているケイルは、髪やら服が濡れておりタオルで濡れた髪を拭いていたのであった。
さしずめ、ケイルが風呂にまで付いて行きアルスの体を洗おうとするもののそこはさすがに思うところがあったのだろう抵抗の1つや2つしたせいでケイルはお風呂のお湯を被ってしまったのだろう。
「はぁ、わが子ながら嘆かわしい」
「父様!!」
マーレの態度に気に入らなかったのかプリプリし始めたケイルに再び呆れの混じったため息をこぼせば「また!!」と声を荒げる始末。
「眠っているものがいるんだ、静かにしてやれ」
「あら」
マーレは1階に自分以外に3人の気配を感じその者達が動いてない事を見て眠っているのだと察する。
「そうだったは、今日は珍しくて村の子供達が来ているのよ」
「村の・・・」
「まだ起きてこないだろうけれども、アルス君の獣耳と尻尾をどうにかしないと・・・アルス君は変化の魔法とか使えるかしら?」
ケイルはアルスへと視線を向けるもアルスは首を横に振る。
「・・・む・・・今獣族と人族が争っているからここに獣族が知られれば大騒ぎになっちゃう・・・」
「ならば、今日は部屋にいてもらい人が動き出す時間に近くの村に行って服を買いに行くか」
「あ・・・」
マーレの発言にケイルは言葉を漏らす。
「その・・・この近くの村には行かないで・・・」
「どうしたケイル・・・?」
言葉に詰まっているケイルにマーレは首をかしげる。そしてようやくケイルの口から出た言葉は
「村の人・・・私が歳をとらない事に・・・不気味に思っているの・・・だから私と容姿の似てる父様が行ったらきっと・・・」
「・・・」
歳をとらない・・・その言葉にマーレは眉間に皺を寄せた。
「・・・そうかやはりここは俺達、神族を化物の同等に見るか・・・」
神族は新生児から5歳までは人族と同じ速度で成長するも5歳か6歳あたりで一時成長が起こる。一時成長が起こった後、容姿は10歳児への見た目へとなりそこからの成長はゆっくりと進み出す。それから5年ごとに二時、三時が起こる。
三時成長で神族の容姿は決まり、それ以降は成長するものの他の種族のような成長は起こらない。
そして、ケイル、マーレはその神族である為に、三時成長が起こったまま、20歳前後の容姿で止まっていた。
「で、でも!!私達から干渉しなかったらここでの生活を許してくれてるわ!!」
「・・・」
「この家は・・・私の愛した・・・あの人の家なの・・・捨てたくないの・・・」
だんだんと伏せ始めたケイルにマーレはため息をこぼし「俺は何も言っていない」とそう言う。
「そこの村が駄目ならばどこならいいんだ?」
「っっ!!この山を越えたところに少し大きな町があるの!!私はそこでいろいろ買ったり売ったりしてるの!!」
「二人で一緒に行きましょ!!」立ち上がりながら、嬉しそうに言うケイルにマーレもまた嬉しそうにはにかむ。
「うふふ、父様と出かけるなんて何十年ぶりかしら」
「そうだな」
「さて、クレアが元気になったら父様と出かけるわよ!!」
ケイルはガッツポーズをとりながらはしゃぎだすケイル。
そしてクレアの熱が下がったのはそれから二日後であった。
それからクレアもそろいアルスの事が話始められる。
「アルスの種族は我々の種族と同格、幻獣族の子でな・・・この大陸はその幻獣族の隠れ集落があるようでアルスが暮らしていた集落が運悪く見つかり、魔国と人族が取り合いのように攻撃されていた」
マーレの言葉にその場にいたクレアとケイルを絶句させる。
「そこの集落の者はアルス以外は全滅だ」
「そんな・・・」
その話を聞いたのが二日前であった。
現在、ケイルとマーレは山の1つ向こうの町に買い物に行っている為に二人の近くには誰もいなかった。
*+*+*+*+*
「・・・クレア」
「ん?」
自分が少しばかり思いに更けていた間に、人二人分ぐらい開いていた距離がいつの間にか人一人分の距離に縮んでいる事に驚きつつもすぐに平静に戻る
「クレアは僕といて・・・楽しい?」
「はぁっ!?」
どんな事を聞かれるのか、いささか楽しみにしていたがアルスがした質問は予想していなかったものであり尚且つそんな風に思ってしまっていたのかと内心ショックを受けた。
質問したアルスも開いた口を閉ざすことなく「あ・・・」や「え・・・」と母音を零す。
「な、何でそんな事を?」
「あ・・・、集落の人達・・・俺と一緒にいても・・・楽しくないって・・・」
「表情が無い奴は不気味」と耳や尻尾を隠していなければきっと力なく垂れているのだろうと思いつつアルスの話を聞いていた。
アルスの言う通りに表情筋はあまり仕事をしていない為に、常に真顔であるアルスに何かしら集落の人達も思うことが一つや二つあるのだろう。
「だから・・・クレアもそんな事思ってるんじゃないかって・・・」
「はぁ・・・」
自分がため息をこぼせば、ぴくりとアルスの肩が跳ねるも、気にせずアルスのほうに上体を倒す。「クレア・・・?」その行為が何を意味しているかわからなアルスは首をかしげる。
「僕はね、マーレさん達が来るまでずっとケイルと二人きりだったんだよね。だからこうしてケイル以外の人が僕の隣にいるのはとても不思議な感じ」
「嫌な?」
「嫌じゃない、確かに表情がコロコロ変わるのも見てて飽きないけど、僕はこうして静かに誰かの体温を感じるだけでも楽しいよ」
ギュッとアルスの背後に腕を回して抱きしめる。「まぁ、アルスは飽きると思うけど」と至近距離でアルスの顔を見れば、アルスは首を横に振り「俺もこれ好き」と抱きしめ返す。
「ひんやりして気持ち」
「アルスもお日様の匂いがして温かい」
ギューと抱きしめ合い、ふとクレアはとある事を思いついた。
「ふふふ、良い事を思いついた」
「?・・・!?」
ふと思いついた考えを口にこぼせばアルスは首を傾げるも、何も告げぬままいつも隠している翼を出した時にはあからさまに体をはねさるアルスに、声を殺して笑いつつ、そのままアルスを抱きしめたまま、空へと上昇する為に翼を動かす。「ちょ!?何してるのクレア!!」と声を上げるものの怖いのかギュッと目蓋を閉ざすアルスに少しの罪悪感を感じたが、次に目を開いた時に目の前に広がる景色を見た時の表情を想像し、少しぐらいならと自分に言い聞かせ目的の高さまで上昇する。
「アルス、目開いて」
「っっ・・・」
ゆっくりと開かれる目蓋。
「うわぁっっ!!」
目の前に広がる景色は青空がどこまでも続く地平線が見えた。青色からだんだんと薄くなる空。地上は森林がずっと続き、最後は空と混じる。これがもし日の出、日の入りならば絶景だろうけれども、小さい子供にとってこの景色もまた思い出に残るだろう。
「クレアはこれを何度も?」
「まぁ・・・ケイルには内緒で何度か・・・」
「ケイルにばれたら絶対何か言われる」と唇を尖らすその仕草にアルスも思わず眉の尻を少し落とす。
「まぁ、一人で見るより誰かと一緒に見たほうがよりいっそ思い出に残るし、何より普段見せないような表情が見れるから僕は好き」
「あ・・・」
「アルス、嬉しそうな表情してたから僕も嬉しい」
アルスは「俺も」と不恰好ながらも嬉しい表情を作ろうとするアルスに弟がいればこんなのかなと今も昔も一人っ子であった為にそんな事を思った。
蛇足ながら、その数日ぐらいにアルスのほうが年上だと知った僕が受けたショックはかなりのものであった。
ドンッ
背後から聞こえた爆発音。
反射的に音がしたほうに視線を向ける。音の発生場所は人族と獣族の国境付近。そこは今も争いが続いていた。
「これが今の僕たちの世界」
ポツリと呟いた言葉にアルスもまた思うことがあったように視線をそらさずじっと見ていた。
生き物は何かの為に争う。食料の為、プライドの為、復讐の為、生きる為に。だけれども争えば争うだけにその余波は広がる。
世界から争いが無くなる事は無い。それは感情がある者が、生きている者がいる限り、絶えることは無い。
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2018.11.17 2-2と統合・修正