1-5
練習試合が始まったグラウンドは凄まじかった。
開始の合図と共にまず先手を取ったのは神族であるマオだった。
無詠唱で発動された火弾をニーアの水の防壁で防ぐも一歩遅く、防壁は火弾の熱によって蒸発、水の防壁を無効化させるも、防壁で稼いだ時間によって通過した火弾をアルマが両断する。
『さぁ、今日もたくさんの物語を僕に見せてください』
詠唱と共に動き出す魔法書。
ページは目的のページで止まればテトはすぐさま目的の登場人物を召喚させる。
『氷の女王』
テトを中心に地面に広がる魔法陣。
その魔法陣から召喚した、全身、青白い女性であり、その衣装、その容姿全てが名の通りに氷を現していた。
「神族の子の炎を相殺してください」
指示によって氷の女王の背後に浮かび上がった魔法陣から出現する氷の剣。
キラキラと太陽の光によって輝く剣は誰しもを虜にするも、だがその刃に触れればそこを初めとし全身を凍らせてしまう。
その氷の剣を何のためらいも無くマオへと放つも
「何それ?それも無属性の魔法なの」
いつの間にマオと氷の剣の間に入ったのか蛍は自身よりも大きな大剣を振り上げた状況で創造、実体化した大剣の刃先を迷う事無く氷の剣へと振り下ろせば、氷の剣を両断させるもその大剣の刃もまた凍りつき始めた。
「うわぁ、これじゃ、剣というより棍棒じゃないか」
大剣の状況に蛍はそう言葉を漏らすと同時に大剣の柄から手を離す。
蛍が手を離せば大剣は音も無く消えてしまう。
その事実に、それを始めて目撃した者達は驚愕に、歓喜の色を見せる。
「この流れだと次は私の番ね」
そう呟きながら境は両手をDクラスへと突き出し「おいで私の可愛いペット達」そう言葉を呟けば一つの魔法陣が境の後方に出現する。
その魔法陣から感じる気配に観客席にいるヴァールは面倒な気配を察知する。
魔法陣から出現したのは四足歩行で、顔はライオン、体は虎のような模様、尻尾は鶏のような尻尾。そして体格は召喚者である境より高く、約観客席の三番目の席ぐらいの高さまである。
だが、その召喚された者は禍々しく、この世界に存在する魔物同様な気配を漂わせているせいか、魔物に免疫の無いグラウンドにいるDクラス、校長、第一王女、蓮、リーベは小さく悲鳴をもらす。
その獣は低く唸り声を上げながら視線を彷徨わせる。
「どうしたの?敵はあっちでしょう?」
指示通りに動かない獣へと境は視線を向けるも獣は主である境の言葉を聞かずただただ何かを探すように視界をせわしく動かす。
ようやく視線を止めた獣はそちらへと向かう為に、足を動かす。
「まぁっ!!そっちじゃない!!」
境の静止など聞かず獣は目的の場所へと口を開かせ走るのであった。
+*+*+*+*+*
ガンッと固いモノがぶつかる音が連続的に闘技場に響く。
境によって召喚された獣は迷う事無く観客席、僕とアルスがいる方にその大口を開け飛びかかってきた。
「『水のマナよ氷の壁を』」
小さくつぶやくと同時に、素早く発動させた氷の防御壁によって召喚された獣の進路を妨害するも、目の前の獣は諦めることもなく防御壁を壊す為にその牙で、体を使って攻撃を繰り出す。
「ガイ、何をやっているの!!貴方の相手はあっちよ!!」
中央、戦いの止まった場所からガイと呼ばれた獣の主人である境が叫んでいるも、それは主人の声など聞かず、ひたすら氷の防御壁に攻撃を続ける。
「クレア」
「…大丈夫」
後方にいるヴァールからの声に答えるも、普段の声音と違い低い声が出たことに一瞬お土居てしまうも、すぐに意識を目の前に戻す。
なぜかは分からない。
目の前の獣が襲い掛かった時はその理由が分からなかった。
隣にいるアルスを守る為に発動させた防御壁。
その防御壁に獣がぶつかるたびに感じる強烈な感情。
喰らう、喰らいたい、目の前の光を喰らいたい。
獣が防御壁にぶつかるたびにその感覚が襲ってくる。
理由は分からない。
ただ分かるとすれば、目の前の獣は自分の隣にいる者を喰らいたいのだと、自分から取り上げようとしているのだと。
「させないよ」
ポツリと漏らす言葉と同時に沸き起こる、醜い感情。
それに合わせる様にいつの間にか目の前の防御壁は目の前の獣を包み込むように形状を変化させ、同時に時化が獣の下に発動するのを感じた。
いまだに制御すらできなかった、単発での発動も出来なかった時化いま、何の問題もなく発動させ、目の前のモノだけに集中できた。
獣は、自身の命の危機を感じ取ったのかこの場を離れようと足を動かしていたが、無駄な抵抗であった。
氷は既に獣の前足を凍らせ始め、同時に前足、後ろ足に絡められている影は迷う事無く獣をその影の中へと引きずり込んでいた。
その場から一歩動かすことなど不可能であろう。
その光景に、誰しもが驚愕し固まっていたが、獣の悲鳴染みた声に周りが、境が慌てだす。
「ガイ、戻って!!」
獣を元の場所に戻そうと魔法を発動させるも、魔法がキャンセルされたのか発動する事はなかった。
その現状に境は青ざめ「ガイ!!」と再び獣の名前を叫ぶ。
「それ以上、やめてもらおうか!!」
いつの間にか接近してきたのか蛍が展開している氷の防御壁を破壊するも、獣の体はもうすでに後ろ足は完全に引き釣りこまれている為に、一人で引っ張り上げることはできない状態。
「何を言っているのかな?先に仕掛けてきたのはそっちじゃない」
笑いながら言えば、蛍の顔が歪む。
付け加えるように「そもそも主人の言う事を聞かない獣なんて迷惑極まりない」と魔法を解除する気が全くない事を告げる。
それに対し、
「おい、直ぐに魔法を解除させろ!!」
「やめてください!!その子は境様の召喚獣です」
少し離れた場所から聞こえてきた雑音に意識が行っている間に、獣の体を固定するように結界が発動されていた。
結界を発動させた人物へと視線を向ければ、
「クレア、それ以上にしておけ」
「ヴァール」
普段とは違う声音に目を見開く。
「もうアレに戦う意欲は無い」
「知ってる。でも、僕から家族を喰らおうとしたんだ。逆に喰らったっていいじゃないか」
そこでようやく、この状況に自身が関係していたことを知ったアルスは、
「あれって、俺を狙ってたのか」
「今更?」
この状況に、につかわない、呆けたような声で言う台詞に呆れながらも「そうだよ」と頷くと同時に、目の前の獣に対する怒りが霧散し、この状況を続けるのがバカらしくなってしまった。
魔法を解除させるために意識を集中させる。
再び、高まる魔力に誰も勘違いする中、人一倍早く行動した勘違い女が、「させないわよ」火弾を発動させるも、
「うっとおしい」
その言葉と共に、ようやく動き出したアルスは結界によって身動きできない獣をメインに、結界ごと火弾に、マオに向かって蹴り飛ばす。
急な事にマオも、傍にいた蛍も、その場にいる誰しもが驚愕するも、アルスの性格を知っている者は誰しもが呆れたような表情を浮かべる。
だが、時化の範囲から出た事によって先ほど拒絶された帰還魔法が発動され、獣は魔法陣の中へと消えた事によってマオにぶつかることは無かったが、運悪く、獣には火弾が被弾していた。
時化を解除させるのに時間がかかってしまったが、解除することは出来た。
だが現状、練習試合を再開できるような雰囲気ではなかった。
校長など顔を赤らめさせ怒りの表情を見せ、隣の第一王女は恐怖でその顔を歪め、護衛のルフトもまた第一王女を守るかのように前に立ち、警戒していた。
そんな最悪な雰囲気に息が詰まりそうになったが、そんな空気を容易く壊せる度胸を持っている人物にはここにはいなかった。
さっきまでは、
「おやおや、もう終わってしまったのかい?」
トンッと誰かが舞い降りる音と共に聞こえてきた声に観客席にいた誰もがそちらへと視線を一斉に向ける。
だが、学園の教師陣は一斉に表情を変えるも突如、舞い降りてきた人物に、円卓の騎士とその円卓の騎士が引きいる部隊は先程以上の警戒心で第一王女を囲む。
「誰だ!!」
ルフトの質問に、当の本人は変らず、微笑みを崩さなかった。
「エミア学園長、お早いお帰りで」
「あははは、やっぱり君には気づかれていたかヴァール」
緊迫の空気を破るように、ヴァールがその人物、学園長に話しかけた。
ヴァールに遅れながらも校長もビクつきながらも、
「が、学園長!!お、お早いお帰りで!!」
「ふふふ、ただいま、ディプ君。学園の事いろいろ任せちゃってごめんね」
「い、いえ!!」
ゆっくりと歩き出しながらエミア学園長に対しディブは顔色を青ざめつつも言葉を続けようとするも、もうすでにエミア学園長はディブの後方にいるセノンに視線をうつしていた。
「エンビディア国第一王女、セノン・リュゼ・アーデル様、あのような登場の仕方申し訳ございません。私は学園の学園長をしております。エミア・ジラーと申します。」
下げた頭を上げながら微笑むエミア学園長にセノンは「い、いえ」と言葉を漏らす。
「もう、時間も遅いですしセノン第一王女達を用意している宿まで案内してくれるかな」
とディブに言えば「わ、分かりました!!」と答える。
今回の入学式の来賓の人数は去年の倍以上、その為、去年同様に来客用の部屋の数が足りないために近場の宿を用意する処置が施されており、第一王女もまた、都合により近場の貴族御用達の宿屋の部屋を取っていたのであった。
「イードル先生、Sクラスの子とその新入生を寮まで案内をお願いします」
闘技場からセノン達が出た事を確認し、次にSクラスの担任へと視線を向ける。
「案内が終わればそこで解散で構いません」と付け加えながら言えば「了承しました」と浅く頭を下げる。
「フェア、聞こえていただろう。直ぐに下にいる新入生を回収し寮へと向かう」
「は、はい!!」
指示通りに動くも、
「まだ始まったばかりだろう!?」
「そうですわ!!」
反論するは蛍とマオであった。
だが、
「二人とも、あまり迷惑をかけては駄目よ」
境だけは二人のように戦闘意欲は無かった。
何せ自身が召喚した獣が、アレほど簡単に目の前でいたぶられたのに等しかった。
それを感じ取ったのか蛍は、「分かった、だけれどもいつか再戦させてもらうからな」と今さっきまで対戦していたテト達へと視線を向ける。
最後に観客席上にいる僕等へと視線を向け足を動かす。
二人がそう言うためにマオもまた一人だけわがままを言ってられず、この練習試合を台無しにいた僕を睨みつけるも、まったく痛くもかゆくも、ましてや、マオ自身に興味のかけらなど無いためにすぐにエミア学園長へと視線を戻す。
その態度に、さらにマオの怒りに油を注ぐのであった。
ようやく闘技場にDクラスとその新入生であるリーベと蓮、そしてエミア学園長のみとなる。
テト達も観客席に戻って来、僕等同様にエミア学園長へと視線を向ける。
「これで邪魔者はいなくなったね」
先ほど同様に涼しげな微笑む。
その見た目は整っており、金髪の髪は肩ぐらいの長さで、細められている目は目元が下がっている為に常時笑顔のような表情な為に、この場で学園長に対し始めてあった者の第一印象は優しそうな男性。
けれどもエミア学園長の事を以上と感じてしまう。
空気のような、そこにいるのが当たり前、いるようでいない、だからエミア学園長が声をかけるまでヴァール以外気づかなかった。
「うん、始めましてDクラスの諸君。担任がこんな可笑しな人で何か苦労とかないかな?」
「誰が可笑しな人でしょうか?あ“ぁ”」
「その仮面だったり、性格だったりだよ」と笑いながら指摘する。
「せっかく私譲りの容姿なのだからそんな辛気臭いお面止めたらどうかな?」
「好きでやってるんで大きなお世話です」
エミア学園長の言葉にこんな風な顔なのかと少しの疑問とその仮面の下の顔を見たい意欲が沸き起こるも、実際にそんな事をしようとした勇者は今だ双子のみだが、結局は失敗に終わっている。
「まぁ、君とはこの後も私のところに来てもらうから再開の雑談は後に取っといて」
その言葉に「はぁっ!?」と不満たっぷりの声を漏らすもエミア学園長は気にするそぶりを見せず、表情をテト達へと向ける。
「Dクラスの子達には校長のせいで窮屈な思いをこの二年間させてしまったね」
「え、嫌」
「申し訳ないね」
深々と下げられた頭にテトとニーアは声を荒げる。
「そ、そんな!!ヴァール先生のおかげでその、たいした事もないですし、魔法だってちゃんと使えるように」
「そうです、そうですから頭を下げないでくださいです!!」
二人の言葉に下げていた頭を上げる。
「実際このクラスでよかったと思っているです!!」
「そうだな。あまり大人数で群れるのは苦手だから、このぐらいが丁度良い」
「そうです。それに、このクラスだったから僕も少しは変りたいと思っているし」
二年生の言葉にエミア学園長は嬉しそうに微笑み、
「本当に良い子達ばかりだね」
「そりゃそうさ、俺の自慢の生徒だからな」
そう胸を張るヴァールに誰しもが笑う。
「新入生の君達も力が無いからとここに入れられたのだろうけど、安心なさい君達にも立派な力があるから」
唐突に振られた言葉にリーベと蓮は驚愕し、歯切れの悪い、尚且つ信じられないような表情を浮かべながら、返事を返すもその表情は信じておらず、エミア学園長は「信用してないな」と笑う。
そして、次に視線を向けたのはテト達の後方、僕等であった。
「あの子達が、ヴァールが言っていた例の子なのかな」
「例?」
エミア学園長を観察するのを止め、ヴァールへと視線を向ける。
「種族、というか知っているだろう。学園長と俺は血縁関係だって」
「あ、そういえば」
忘れそうになっているがそう言えばそうだったと、Dクラスの面々は言葉を漏らせば「お前等」と言葉を漏らす。
そうなれば必然的に目の前のエミア学園長は神族なのだと理解する。
「ケイルちゃんのことはご愁傷様だったね」
その言葉にヴァール以外の面々が反応する。
「母の事を知っているんですね」
「あぁ、娘のように可愛がっていたからね」
思い出しながら言われた言葉。
そう言えば、ヴァールも妹だと言っていた事を思い出す。
「うん、父親は見た事が無いけど、君はきっと母親譲るなんだね」
その言葉に、目の奥がツンとするのを感じた。
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2019.11.11:本編修正・追加




