序章
序章
誰かが言った。
「ねぇ 君どうして生きているの?」
「何を楽しみにしているの」
「 君はそれでいいの?」
誰もが僕を見て言う。どうしてだって?何を?それでいい?そんわけない!!
でも、しょうがないじゃないか。自分に、それを変えるだけの力なんて無いと知っているんだから。
僕の人生を他者から言わせれば不幸だと思われるのだろう。僕は12月25日の真夜中に産声をあげたと聞かされ、その日の天候は雪、過去最高の積雪を記録。交通機関は麻痺し、所々停電があったと母から聞かされた。その為僕の誕生に立ち会った身内は母のみだった。
それから僕が3歳だったかな?父の浮気が発覚したのは。母は優しい人だった。だから自分の感情を殺して父を許したが、1回目の浮気から2年が、2年の間に父は2回の浮気を行いそして2回とも母にバレ、僕が5歳になって2ヵ月後に離婚。
それから母は2年後に再婚した。再婚相手もまた見事な男だった。無職で毎日、パチンコか酒を飲みに外をうろつき、たまに家に帰ってきたと思えば母を無理やり抱き、鬱憤を晴らすかのように僕や母に暴力を振るった。当然僕もそこまで大人でもないし、当時まだ7歳、小学2年の僕は男からの暴力に声を上げて泣き、男をさらに怒らせていたと記憶している。
本当に今生きられているのは母のおかげだなと思っているよ。
その後僕は父からの暴力のせいで出来た痣や怪我を隠すように年中長袖長ズボンで登校していたら、ほらクラスの何人かいるだろう。
そういう奴をターゲットにして日々の鬱憤を晴らそうとする子供が、僕もそいつらのターゲットにされたよ。それまでは僕の安らぎの学校生活が一変して家といる時のようなとても窮屈で早く時間が流れて欲しいと思ったよ。
家に帰れば母がいてくれたから僕は、家に帰りたくなくて学校に長居するような事も、公園で一人ブランコをこぐような事もせずにいられた。何せ母と過ごせる時間が僕の唯一の安らぎだったから。母も仕事を掛け持ちしているせいで家にあまりいない。いるとしたら深夜のコンビニが終わった朝の6時に一旦家に帰って僕と男の朝ごはんを作って次の仕事の10時まで睡眠をとる。その為、母が起きているのは6時から7時の間。僕は母と一緒にいたいから頑張って6時に起きようとするけど朝に弱いせいでちょっとしか一緒にいられなかったり、もう母が寝ていたときはもうこの世の終わりかと思うぐらい絶望してしまったよ。
学校から帰れば仕事の終わった母が夕食を作って僕を待ってくれているからそれがとても嬉しかった。他者にとってこんなもの当然で、当たり前すぎてこんな事で嬉しく感じるなんて馬鹿らしいと思うだろうけど、でも、母親がいて尚且つ温かいご飯を作ってくれている事は僕にとっては当たり前ではない。
それから僕は中学を卒業と同時に僕は仕事を探した。中卒でいい所なんてないだろうけど少しでも母の負担を減らしたくて僕は仕事を、アルバイトを掛け持ちした。
それに対して母は困ったように、悲しそうな顔をするけれども母が少しでもゆっくりしてくれるならばそれで良いと思った。
でもそんな事もうまく行かなかった。
男が借金を作ってどこかに消えた。
その知らせは、とある手紙だった。それはカード会社からのモノで、そこのカード会社から2000万円近くのお金を借りていたことが発覚した。僕はその事にとてつもなく怒りと殺意が沸いたけれども母は「あの人は・・・」そういってすぐにそこのカード会社に連絡をいれすぐに家を売る準備をした。
運が良いのか僕らはマンションやアパート暮らしではなく母の実家、一軒家で暮らしていたおかげで土地を売れば借金の1000万円ぐらいを返金できた。けれどもそれでも200万円の借金が手持ちに残った。その残りを僕と母で必死に返した。
そして、僕が21歳近くにようやく残り50万近くになった時、あの男は再び帰ってきた。容姿は出て行った頃よりもボロボロになっていたけれども忘れもしない母の再婚相手の男だった。
その男はどうやってここの住所を知ったのかは分からないけれども母はその男を見た時、お風呂に入ってくるように言った。
それに対して僕は母に怒鳴った。
「どうして追い出さない!!」
「・・・確かにあの人のせいで辛い思いを貴方にさせたけれども、それでもあの人をまだ愛しているの・・・」
母のその言葉に僕は思わず言ってしまった。
「甘い・・・どこまで甘いんだよ!!母さんがそうやって甘いからあの男は付け上がるんだ!!あいつのせいで辛い思いをしてるのは僕じゃないだろう?母さんだろう?母さんが一生懸命働いて働いて、あの男に尽くして!!でもあいつが母さんに残したのは何だ!?愛か?違うだろう?あいつが母さんに残したのは借金と辛い思い出だけだ。あいつの借金を返す為に母さんが大事にしていた家を売って・・・・・・っそれでも愛しているなんて母さんはどこまで甘いんだよ!!」
パシッ
言い終わった後に響いた音に僕は耳を疑った。
だって、生まれてから一度も母から殴られた事が無かったのに、この日、この時、僕は始めて母から頬を叩かれた。
僕は驚愕して、唖然として、言いようの無い気持ちが押し寄せて、でもそれは決して言葉に出来ずにただただ僕は母に視線を向けることしか出来なかった。
その時の母の表情は怒りで顔を赤くしているのに、目や口は僕を叩いた事に対して自分自身驚愕しているような表情だった。
だけれども僕は、頭に血が上っているせいで、その事に気づかずに家を飛び出した。
それからは、うん、思い出したくも無いような出来事がいっぺんにやってきたよ。
僕がいなくなった後、風呂から上がった男は母からお金を要求して、母はそれに対して反抗したら男はキレて母に包丁を突き刺して逃げ出した。
僕がその事を知ったのはそれから2時間後。
警察の人に言われて僕は母がいる病院に向かって必死に走った。
人にぶつかろうが、クラクションを鳴らされようが必死に走った。
本当にこの世界に神様がいるのか疑いたくなるようだけれども、どうにか間に合った。嫌、まだ心臓が動いているのには間に合ったけれどももう意識は戻らないだろうと医師に言われた。
地に足が着いてないって言葉があるだろう。あの時はまさしくその状況だった。
フラフラと母がいる病室に向かえば機械音と呼吸音が聞こえた。
ベットに眠る母は生きていた時よりも細く見えて頼りなくて僕が力を入れて抱きしめれば折れてしまうんじゃないだろうかと思うぐらいに小さく細く見えて母の腕を握る事を躊躇って手の平を重ねる事しかできなかった。
でも、重ねた手の平と手のひらが温かくてまだ母が生きているんだとまだそこにいるのだと感じれた。
「 」
か細い声が聞こえてきて僕はそちらに視線を向けた。そこに目を少しだけ開いた母がいた。
「そこにいるの でしょ」
「うん そうだよ」
「あらあら どうしてそんな悲しそうな顔をしているの?笑って頂戴?それが私の生きる糧になるんだから」
母の言葉にとめどなく溢れ出す暖かい液体で目元が濡れるのを感じながらも必死で口角を上げたんだけど思ったように口角が上がってくれなかったけど母は嬉しそうに笑ってくれた。
「本当に貴方がいてくれてよかったわ 私の愛しい子」
頬に触れた手を握ろうと手を動かすけれども間に合わなかった。そして規則正しく鳴っていた機会からピーーッて音が聞こえてきた。
それはどこか現実味が無くて、本当に今起こっているのかと疑いたくなるような感じだったけど、触れている手のひらがどんどん冷たくなるのだけははっきり覚えている。
それから僕はひっそりと母の葬式を開いた。
僕と坊さんしかいない奇妙な空間は本当にいたたまれなかった。
母が入った棺を火葬場に入れるまで僕は涙一つ出なかった。
ただ感じたのは胸にぽっかりと空いた空洞。
モクモクと上がっていく煙を母の遺影を抱えたままぼんやり眺める。
あー、天国が本当にあるならそこで自分の時間を過ごして欲しい
もう働く事も無くて、好きな時間寝れて、好きな時間に起きれるなんて何て素敵なんだろうな
もう人の為に生きなくて良い、自分の為に生きて欲しい
嫌違う、本当はこんな事を言う前に僕は母に言わないといけない事がある
そう、母に言ったあの言葉。
僕が間違った事を言ったと今でも思ってないけれども、だけれども、謝りたかった。あんなに一生懸命育ててくれた母に向かって僕は酷い事を言ってしまった。
「母さんごめん、ごめんなさい」
あんな酷い会話が最後になるなんて思ってなかったんだ。本当は、帰って「言い過ぎた」って言って謝りたかった。
母があんなにも一生懸命働いていたのはあいつじゃなくて僕の為だったのに
「うあぁ・・・っう・・・」
獣の声のように僕は声を上げて泣いた。
母はもういない。いないんだとようやく実感した、ようやく現実として僕を襲ってきた。
僕が落ちついたのは煙が消えて1時間以上たってからだった。係員の人が気を利かせて僕が泣き止むまで待っていてくれた。
母が入った遺骨を納骨堂に納めさせてもらい僕は今住んでいアパートを売り払った。
借金も、母が入っていて保険金で全て払い終わった。この2ヶ月暮らしていけれるお金を手元に残し後を寺に収めた。
それから数ヶ月後、男は見つかり警察に捕まった。
そんな事、僕にとってどうでも良かったけれども一応は母に報告しないと、そう思った僕はかけていたジャンバーを羽織、外に出た。
僕が暮らしているアパートがある駅から母の遺骨を納めている寺の近くの駅まで10先、30分の距離だった。
1輪の花を買って納骨堂に向かった。墓地には人はいなかった。
「ねぇ、母さんあの人捕まったってニュースでやっていたよ。見た目凄く変わっていたけれど、うん テレビで公開されていた写真…紛れもなくあいつだった・・・」
ニュースの内容はこうだった。
妻である さんを殺害後、 容疑者は知り合いの女性の家で暮らしていたそうです。 容疑者がパチンコ屋から出てきた所を巡回中だった警察の人に見つかって捕まったそうです
その事件はすぐに終わり次の事件へとニュースキャスターの人は告げた。
僕がそのニュースを見たのは本当にたまたま、町を歩いていた時に流れていたテレビから知ったのだった。
「母さん、まだあいつのこと好きだって、愛しているって思っている?僕、どうしてもそこだけは納得できないんだ」
それって人を愛した事がないから分からないのかな?
僕が、他人に興味なく今まで過ごしたせいで分からないのかな?
「教えてよ・・・母さん・・・」
投げる問いの答えは帰ってこないと分かっていても問われずに入られなかった。
納骨堂の前にどのくらいいたのか分からないけれども18時の鐘の音が聞こえた。
「もう・・・そんな時間か・・・」
辺りを見れば暗く、そしてちらほら光りだすイリュミネーション。それはどれもクリスマスをイメージしたものばかりだった。
「そう言えば今日24日だっけ・・・」
今日は僕の誕生日。僕の22歳の誕生日。
「・・・」
・・・せっかく思い出したのだから一人でパッとしよう。
そう、パッとして全てをやり直そう。
まだ22歳なんだ。まだ人生の4分の1しか来てない。
だから、母があいつをあれほど愛した理由を探そう。そして僕も母みたいに愛せる人を探そう。
電車の席に座り外を見る。外は家族連れや、カップル、友人たちとはしゃぐ声が聞こえてきた。
その声をさえぎるかのように電車内に放送音が出発の合図を出す。合図の後に電車は一回大きく揺れた後、動き出した。
それを確認して僕はそっと目蓋を閉じた。
《ただいま速報が入りました》
《○○県△△市の××駅から××駅行きの電車が○×駅の近くで脱線事故が発生》
《電車に乗っていた6名のうち1名が死亡、2名が意識不明の重体という情報が入りました》
《現在脱線した原因を調べていると―――・・・》
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