第二話
妹を見送り、家の用事を全て終わらせた結城はスーツを着込んで外に出た。まだ五月だというのに日の光が肌を焼きたまらず上着を脱ぐ。さも出勤途中のサラリーマンを演じ堂々と交番の前を通った。何故か書類を書いていた警官が訝しむように結城を睨んできたが、結局は何も言ってこなかった。
駅で地下鉄の切符を買う時も、電車に乗ってぼんやりとしている時も、感じる視線。彼等は、黒い羊が一匹いる、そんな風に見てくる。自分達が白い羊側だと、当然のように思い込んでる。
どんなに間違った意見や行動でも、多数の人間が是になり、少数の人間は切り捨てられる。それが怖くて皆多数の側につき、他は変人扱いされるのだ。小数の人は頑張って生きて行く奴と、自分のような犯罪に手を染めるもの、そしてもう一つは――。
「やめだ、くだらねえ」
電車を降りた結城は吐き捨てるように呟くと、こんな事を考えるしか慰められない自分の脆弱な心を呪った。
★☆★
「おはようございます葉賀さん、少々お待ちください……はい、お待たせ致しました。仕事の依頼は七件来てますね。全てご確認されますか?」
「お願いします」
「それと昇進の話が葉賀さんに来てますが……」
「結構です」
受付嬢は一瞬だけ顔を歪めたが、すぐに営業スマイルを浮かべる。流石プロだなと結城は思った。心の中では罵詈雑言の嵐だったが。
適当に選んだ仕事を受付嬢が申請してる間、手持ちぶさたに結城は辺りを観察してみた。携帯片手に忙しなく動き回る者、ソファーに座り何か会話してる者達、受付嬢を口説き、平手打ちをくらって喜んでいる者。誰が信じるだろう。ここにいるのは、裏の業界にどっぷり浸かっている奴らしかいないということを。似たような組織が、世界中に散らばっていることを。
「お待たせ致しました。こちらが今回の仕事内容になります。読み終わったらいつも通り処分してください」
書類を鞄に突っ込んだ結城はすぐに自動ドアを抜け、なんの変哲もない会社にみえるビルを足早に出た。人が多く、欲望に満ち溢れた所。そんな場所に居るのは耐えられなかった、正直二度と来たくない。しかし法に触れ危険と隣り合わせの仕事だが金にはなる。奴から妹を引き離すためにも、羊に紛れ込めない自分が大金を集めるためにも、俺にはここしかない。
そう、思い込む。小さい奴。心が弱い。まるで小悪党。
正義の味方の物語なら、真っ先にやられるタイプだろう。いや、存在すら認識されないかもしれない。誰にも気付かれず、ひっそりと物語から消えていく、そんな役。
「この世に正義の味方なんていない」
人混みの雑踏の中、小さく呟く。
もし正義の味方がいれば、世界は変わっていただろうか。