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星の光が届く頃  作者: 美月
第二章
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辻斬りの噂

 朝晩は冷えるようになったとはいえ、日中はまだまだ残暑が厳しい長月。

 鈴音はあれから粕谷診療所に出入りしている。粕谷の調合した漢方薬に興味を引かれたのだ。とはいえ、弟子入りするわけでなく勝手に押し掛けている形だが……。

「また来たのか」

 粕谷は苦い顔で鈴音を出迎える。

「ガキの遊び場じゃねぇんだぞ」

「いいじゃないですか。先生、どうせ女っ気ないんだし、私いろいろ手伝いますよ」

「余計なお世話だ。俺一人でもやっていける」

「そうおっしゃらずに。掃除でもなんでもやりますから」

 鈴音は着物の袖を(まく)るとはたきを取り出した。

「んなことしたって何にも教えねぇぞ」

「ケチ」

 言いながらも鈴音は掃除を始めた。

「大体、試衛館や三味線はいいのか」

「ここが終わってからちゃんと行きます」

 鈴音がテキパキと掃除をしていると、藤堂の声がした。

「おはようございます、粕谷先生。鈴ちゃん来てますか?」

「今度はお前か」

 出迎えた粕谷はあからさまに眉をひそめた。

「ここを逢い引き場所にすんな」

「逢い引きだなんて、俺は別に……」

 藤堂が玄関から中を覗くと、ちょうど鈴音が廊下の雑巾がけをしているところだった。

「あ、鈴ちゃん!かりん糖買ってきたんだ。掃除終わったら食べない?」

 粕谷の体越しに声をかける。

「かりん糖!?食べたいです」

「俺も手伝うよ」

 藤堂は下駄を脱ぎ、中へと上がった。

「お前ら勝手なことばかりしやがって……」

 粕谷は文句を言いつつもお茶の準備をするのだった。

 粕谷は土方家の三男だが、医師・粕谷仙良の養子となり医師となった。仙良亡きあともまだ独り身で、診療所兼自宅で暮らしている。

 これまでは患者と、土方が時々訪ねて来るくらいで静かだったが、鈴音や藤堂が出入りするようになってから賑やかになった。

「うるせぇったらねぇな。何でこんなになつかれたかな」

 悪態を吐きつつも、内心は嬉しい粕谷だった。


「そういえば、ここんとこ辻斬りが増えてるらしいですね。しかも被害者は全員若い女性」

 掃除が終わったあと、かりん糖を食べながら藤堂が言った。

「ああ、あれか」

 一度診療所の近くでも遺体が見つかったことがあった。その時に粕谷も検死を頼まれた。

「あれはただの辻斬りじゃねぇな」

「……というと?」

「何て言うか……被害者は全員若い娘で、執拗に、その……」

 粕谷は言葉を選びながら鈴音をチラリと見る。鈴音に聞かせていいものか迷っている様子だ。しかし鈴音も好奇心が勝った。

「執拗に?」

 次の言葉を促し、粕谷も観念した。

「執拗に暴行されている」

「…………暴行、って……」

 つまり、殺される前に縛られて性的暴行を受けた形跡があった。

「イヤな事件ですね」

 藤堂は鈴音の前でこの話題を出したことを後悔した。鈴音と被害者の娘たちは年も近い。無駄に怖がらせることになってしまうと思った。

「鈴音も気をつけろ。女の一人歩きは危ねぇぞ」

「……そう、ですね」

 案の定、鈴音は青ざめていた。

「ま、そうやって平助が引っ付いてりゃ、大丈夫だろ」

 粕谷が豪快に笑った。


 ☆


 鈴音と藤堂は、診療所を出たあと一緒に試衛館に向かった。藤堂と街を歩いていると、女の子からの視線を感じることがある。藤堂の容姿は人目を惹くのだ。

「あ、そうだ。鈴ちゃん、これあげる」

 藤堂は唐突に鈴音に何かを握らせた。

「……根付け?」

 それは、匂袋に鈴が付いた根付けだった。

「これさ、ほら、前に簪に付いてた鈴。あれをこっちに付け替えてみたんだ……」

「え。平助さんが?すごい、器用なんですね……」

 藤堂が針と糸を持って根付けに鈴を付けている姿を想像すると、何だか可笑しくて笑が込み上げてくる。

「……あ、でもこんなのいらない……かな。やっぱり返して」

 鈴音に笑われて恥ずかしくなったのか、顔を赤くした藤堂が根付けを取り返そうと手を伸ばす。鈴音は取られないように身を翻し

「ダメです。もうこれ私のです」

 と、帯留めに根付けを付けた。鈴音が動くと、リンと可愛い音が鳴る。鈴は土方と琴音のことを思い出す音だったが、今、藤堂の音に変わった。

「大事にしますね」

 鈴音が言うと、藤堂は照れたように頭を掻いた。

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