表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の光が届く頃  作者: 美月
第一章
12/36

蛍狩り

「わあー!キレイ!」

 大川に着き、鈴音、アヤ、琴音は思わず歓声を上げた。

 無数の蛍が飛び交っている。この光景は、毎年見てはいるが、やっぱり心が躍る。

 川の上に屋形船を浮かべて、そこから見物している人もいるが、それが出来るのはお金持ちの人たちだけ。鈴音たちのような庶民は川辺で蛍を追いかけるのだ。


「よう!お嬢さんたち」

 原田が声をかけてきた。アヤが現地で待ち合わせをしていたらしい。原田の後ろには土方、藤堂が立っている。

「洗い髪かー。色っぽくていいな」

 原田がニカッと笑う。

 3人はここへ来る前に湯屋へ行ってきた。洗い髪というのは、髪を洗ったあと結わずにおろしたままにしている髪型のことだ。

 鈴音は洗い髪に土方に買ってもらった簪を挿してきた。動くたびに簪の鈴がリンと鳴り、その音を聞くだけであの日のことを思い出してドキドキしてしまう。

 土方は今日鈴音があの簪を付けてきたことに気づくだろうか?それとも、土方にとってはあんなのは些細な出来事で、もう忘れているだろうか……。

 ドキドキしながら土方を見つめていると、パッと目が合った。

「鈴。それ、似合ってる」

「!!」

 たった、その一言だけだったけれど、その一言が嬉しくて。鈴音は持っていた団扇うちわで赤くなった顔を隠した。

(皆には、気づかれてないよね……?)

 団扇の陰からチラリと盗み見る。

 アヤは原田に寄り掛かるようにして蛍を見ている。その様子はもうどこから見ても恋人同士だ。

(アヤちゃんの積極的なところ、羨ましい)

 土方と琴音もアヤたち同様、寄り添うようにして立っている。

(あ……)

 ちょうど琴音の髪に土方が簪を挿してあげているところだった。蜻蛉玉とんぼだまの簪だ。多分あの日、鈴音の簪を買う時に一緒に買ったのだろう。もしくは、後日……。

 どちらにせよ、鈴音だけを特別扱いしたのではなかった。

(こんなことで、ガッカリするなんて)

 ガッカリするなんてお門違いだ。そもそも、鈴音は土方にとっては義理の妹。それ以上でもそれ以下でもないことは分かっていたはず。

(馬鹿だな、私)

 鈴音はそっと簪を外した。

 

「どうして取っちゃったの?」

「……!!」

 藤堂だ。見られてた。

「それ、土方さんに買ってもらったやつだよね」

「……なんで、知ってるんですか……」

「ごめん、ちょうど近くにいたんだ。あの日」

 藤堂が近くにいたなんて、全然気づかなかった。土方と偶然会って、思いがけず簪を買ってもらったことですっかり舞い上がっていたのだ。

「……馬鹿みたいでしょ、私」

「どうして?」

「だって。勝手に舞い上がって、勝手に落ち込んで。一人で」

 すると藤堂はフッと笑って

「仕方ないよ。それが恋だから」

「……」

 それを言われてしまうと、身も蓋もない。だけど、不思議と気持ちも楽になった。

「平助さんも、そういう経験ありますか?」

「そりゃ、まあ、ね。一応、君より年上だし」

「えっ、聞きたい!相手はどんな人ですか!?」

 鈴音も年頃の娘だ。他人の色恋沙汰にも興味がある。

「内緒」

「ケチー」

 軽い言い合いをしているうちに自然と笑顔が出た。

「そう。その顔。笑ってた方が可愛いよ」

「えっ?やだ。からかわないでください」

「からかってないよ」

「じゃあ、口説いてる?」

「どうかな?」

「ほら、やっぱりからかってるんじゃないですか」


「なんだ、お前ら。仲良いな」

 鈴音と藤堂に、いつの間にか近くに来ていた土方が声をかけてきた。

「……別に、そんなんじゃ……」

 鈴音が否定するが

「照れるなって。歳も近いしお似合いじゃねぇか」

 なぁ。と土方は隣の琴音に同意を求め、琴音もニコニコと頷く。

(もう。何で……)

 琴音の顔を見ていたら無性にイライラとしてしまう。こんなの違う。ただの八つ当たりだと頭では分かっているのだけれど、気持ちが追い付かない。

 ダメだ。これ以上ここにいたら、自分はどんどん嫌な奴になってしまう。

「……」

 鈴音は曖昧に笑い、周りに気づかれないようその場を離れた。

「!」

 少し離れたところで鈴音は腕を掴まれた。藤堂だ。

「黙っていなくなると、皆が心配するよ」

「……ごめんなさい」

 周りのことが考えられない。こういう時、自分が子どもなのだと痛感する。

「いいよ。俺と二人でいなくなれば、皆勝手な想像してくれるだろうけど」

「………それは……」

「ねぇ、土方さんなんてやめて、俺にしなよ」

「…………は?」

鈴音はポカンとして藤堂を見つめた。藤堂の大きな瞳に、提灯ちょうちんの灯りが映ってキラキラとしている。その瞳に吸い込まれそうになって、鈴音は慌てて目を伏せた。

「……かっ、からかわないで下さいっ」

捕まれた腕を振りほどこうとしたが出来なかった。

「からかってないよ」

「……うそ」

 鈴音は藤堂を見上げた。先程と同じ大きな瞳が鈴音を見つめている。あまりにも真剣な目に、鈴音はどうしていいかわからなかった。

 藤堂の手に力が入った。

「……痛っ」

「あ、ごめんっ」

 藤堂が焦って鈴音の腕を放す。

「……ごめん」

 藤堂はもう一度謝った。鈴音は黙って首を振る。

「あの……私、やっぱり帰ります」

 鈴音は踵を返すと走り出した。

「あ、ちょっと待って……」

 藤堂の声が追いかけてくる。けれど鈴音は振り返らずに進む。

 鈴音の姿はすぐに人混みに紛れてしまった。


 ☆


(しまったな……)

 藤堂は頭を掻いた。からかったつもりは無かった。

 でも、どうしてあんなことを言ったのか……。

 藤堂は鈴音が見えなくなった方へ歩き、キョロキョロと探した。

「……離してください!」

 後ろから鈴音の声が聞こえた。振り向くと、鈴音が男二人に腕をつかまれているのが見えた。

(ホラ、言わんこっちゃない)

 いくら人通りや提灯の明かりもあったとしても、こういう変な輩に絡まれることだってあるのだ。

「嫌がってるだろ。離せよ」

 すぐに駆け寄り、鈴音の腕を掴んでいる男の腕を掴む。

「……平助さん」

 鈴音はホッとした顔をして藤堂を見上げた。

「なんだ、お前」

 邪魔が入った男たちは不機嫌そうに藤堂を睨みつける。

「この子、俺の連れなんだ」

「ふん、ガキが」

 男の一人がこぶしを振り上げる。が、素早く藤堂がその腕を掴むと、反対の手で男の鳩尾みぞおちを殴る。うめき声をあげて男がうずくまると、もう一人の男を見た。男はまだ鈴音の腕を掴んだままだ。

「チッ」

 藤堂と目が合うと、藤堂が自分よりも強いことを悟ったのか、鈴音を突き飛ばすようにして逃げて行った。うずくまっていた男も後に続く。

「え、きゃ……」

 鈴音の体が傾ぐ。砂埃を避けるために高下駄を履いていたのが災いし、体勢が立て直せない。また、立っていた場所も悪かった。橋の手すりもなく、そのまま鈴音の体が宙に浮いた。

「鈴ちゃん!」

 藤堂が手を伸ばすが間に合わない。その直後、バシャンと川に落ちた音。

「鈴ちゃん!」

 すぐさま、藤堂も飛び込んだ。


 ☆


「鈴ちゃん!」

 遠くで声が聞こえた。

 浮かび上がろうともがくが、着物が絡み付いて動けない。体はどんどん沈んで行く。

(溺れる……)

 水をたくさん飲んでしまった。息が出来ない。

 意識を手放しかけた時、誰かに抱き抱えられた。そして、唇に柔らかい感触があり、直後、空気を送り込まれた。


 川から引き揚げられると急に新鮮な空気が入ってきて、鈴音は激しく咳き込んだ。

 一通り咳き込んだあと隣を見ると、鈴音と同様にずぶ濡れの藤堂が肩で息をしていた。

「………平助さん……」

「大丈夫?ケガとか……」

「…………ない」

 鈴音は懐をさわってサッと青ざめた。

「……簪が、ない。ここに入れてたのに」

 髪から外して、懐に入れておいた簪を、大川の中で失くしたようだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ