かんざし
「蛍狩り?」
アヤの発案に鈴音が聞き返す。
「そう!ねっ?他の皆も誘って行こうよ」
アヤの言う他の皆とは試衛館の面々のことだ。
「原田さんはもう誘ってあるの」
(……なるほど。そういうことか)
アヤは原田に気がある様子なのは前々から見てとれた。蛍狩りにも本当は二人で行きたいのだけど、それでは親に反対されるので他の皆も……ということなのだろう。
(そういえば……平助さんにも気晴らしに行こうって言われてたんだっけ)
「ねっ?行こうよ」
「そうだね」
アヤに言われて、頷いた。
☆
試衛館からの帰り道。アヤは原田と約束があると言うので、鈴音は一人で歩いていた。
まだ時間も早いので寄り道して帰ろうと街を歩いていると、小間物屋が目に留まった。可愛らしい櫛や簪が並んでおり、思わず足を止めた。
(これ、かわいー。鈴が付いてる)
先に鈴の付いた簪を手に取った。が、小遣いでは足りそうもない。
「なんだ、簪か?」
突然、後ろから声がして、鈴音は悲鳴を上げそうになった。
「ひっ、土方さん……」
土方は鈴音の肩越しに簪を眺めている。
(近い……)
すぐ目の前に土方の横顔があり、ドキドキしてしまう。が、土方は意に介した様子はない。
「ふーん。いろいろあるんだな。お前、それ買うのか?」
「い、いえ……」
「気に入ったんだろ?なら、俺が買ってやる」
「え、えっ!?」
「ちょうど臨時収入があったんだよ。気にするな」
土方の突然の申し出に、頭がついていかない。しかし土方はさっさと簪を持って店の人にお金を払っている。そして戸惑う鈴音に簪を手渡した。
「似合うぞ、きっと」
土方はニッと笑って鈴音の頭をポンポンと撫でた。
「あ、ありがとうございます」
好きな人に簪を買ってもらった。そのことに鈴音は天にも昇る気持ちだ。
「これから帰るのか?送って行く」
「はいっ」
鈴音は足取り軽く土方の後ろに続いた。
☆
「……あ」
人混みの中に見知った顔を見つけて、藤堂は小さく声を上げた。いつものようにアヤと一緒ではなく、土方と一緒だ。
様子から、土方が鈴音に簪を買ってあげたらしい。鈴音は頬を染めて嬉しそうにしている。その後二人は並んで歩き出し、人混みに紛れて見えなくなった。
「平助。どうかしたかい?」
後ろから声がかかって、藤堂はハッと振り返った。
「ボーッとして……」
山南敬助が何冊か本を抱えて立っている。藤堂は山南の買い物について来ていたのだ。
「そんなことないです」
山南は藤堂と旧知の仲で、北辰一刀流の先輩だ。北辰一刀流を修めたあと、天然理心流に入門し直した変わり者でもある。藤堂が試衛館に出入りするようになったのも山南がいるからだ。
「鈴音ちゃんだったかな」
「……は?」
「今、土方君と一緒にいた子だよ。平助も見てたんだろう?」
山南は、藤堂が鈴音を見ていたのを見ていた。それに気づいて藤堂は気まずさを覚える。
「彼女が来てから、平助は楽しそうだね」
「そうですか?……まぁ確かに面白い子ですよね」
曖昧に笑う藤堂に、山南も柔らかく微笑む。
「あのことがあってから、女の子を避けてるように見えたけど。そういう訳でもないようで安心したよ」
「…………」
“あのこと”は思い出すたびに胸が締め付けられる。まだ自分の中で消化出来たわけではないのだと思う。
「あ、悪かった。嫌なこと思い出させたね」
山南は元気付けるように藤堂の背中をポンと叩いた。
「ホントですよ、もう。あんみつでも奢ってください!」
藤堂も精一杯笑った。