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コンティニューライフ  作者: 銀貨
第一章 竜の産声
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第二話 雷獣

「てかあんた、生きてたのか」


 気を取り直し、敵であり、ある意味で恩人の隊長を見遣る。 

 どうやら気を失っていただけで、今は衝突した樹木に寄り掛かりこちらを見ている。その視線からは先程のような敵意は感じられず、もう全てがどうでもよさそうな投げ遣りな表情をしていた。


「……死んでたほうが良かったよ……見てるこっちも恥ずかしいから早く止めを刺してくれよ」


 止めを刺したくなる衝動に駆られるが、それはそれで何か負けたような気がする。いや、あの空間を見られている時点で敗北必至なわけだが。 

 気を失っていたときに身体が休められたためか、先ほどよりもいくらか楽そうである。

 この世界の人とは想像以上に身体能力が高い。初めに見たのがフィアだったからその印象は薄れてはしまうが、元いた世界なら考えられない治癒力と運動神経、それくらいでなければこの世界では生き残れないという裏返しなのかもしれない。

 ただ、それを踏まえた上でもあれを受けて生きているとは本当に驚きだった。傍から見ても拳は確実に胸部を捉えていたはずだ、僅かにだが急所をずれたのだろうかと考えていると、その答えはすぐに判明する。男の胸部を守るプレートが粉々に崩れ落ち、中にあった金属板が露出する。銀のような光沢と上質さが見て取れるそれは真っ二つに折れてはいるが、衝撃を受けた部分以外には目立った損壊はない。


「ミスリル鉱でさえこの様か」


 隊長は「高かったのになあ」とぼやき、辺りをゆっくりと見渡す。


「……まあ、あの時点で俺一人だったからな、生きてるわけないか」


 隊長の男を除き、他の隊員は全て殺した。

 そう思うと、行動不能にするだけでも良かったのではないかとも考えてしまう。

 そんな甘い考えが表情に出ていたのか、隊長はシキを見て怪訝そうに言う。


「あ? なんだその表情は。この業界に生きているなら人の生き死に別れなんていくらでもあるだろ」


 仲間の死を気にした様子はない。

 慣れ切っている、整理はもう付いているといった感じだ。


「てか、若いなお前ら。若いからってさっきみたいにいちゃつかれても反応に困るんだがな」

「うるさい……殺されるとか考えないのか?」

「ふん、たった二人の竜具持ちにここまでやられたんだ、恐らく本隊はもう……生きて帰れるなんて思っちゃいねえよ」


 仲間の死と同様に、己の死さえも、肯定してしまっていた。


「ただな」


 しかし、隊長は笑っていた。


「今は生きてる。なら生き延びるだけ生きてみるだけさ、減らす口は叩くけどな」


 死ぬ覚悟は出来ている、だが、生きる望みを捨てているわけではない。

 不思議な人物だと感じた。

 こちらが黙っていると、喋り過ぎたなと自身に呆れるように溜息を吐く。


「……殺そうとして返り討ちにあった奴が何を語ってんだかな、まだ三十もいってねえのに年寄り臭いったらねえなあ」


 自身で言った『年寄り臭い』という単語に自身で傷付いている隊長に、溜息混じりに言う。


「お前が今まで生き延びてきたのがわかる気がする……殺し難いったらないよ」

「よく言われる、何でかわからんが」


 まったく不思議だ、と言わんばかりに言う様から見ても、本人は本当にわかっていないようである。

 何故、こんな人物がこんな所で隊長程度に納まっているのかと疑問は尽きないが、そんな人物だからこそ此処にいて、シキ達と出会ったのかもしれない。

 


「じゃあなおっさん、またな」

「おっさんじゃねえまだ二十代だ、生きてたらな」


 治療や安全な場所まで連れて行くことはしないが、殺しもしなかった。殺し合った相手を助ける義理もなく、止めを刺す明確な理由もなかった。フィアは何か言いたそうであったが「またいちゃつくんじゃねえぞ?」とにやついた表情を浮かべる隊長を見て、何も言わなかった。

 シキとフィアが茂みの奥へと消えると、隊長はまた溜息を吐く。


「はあ……しかし、竜具があれ程とはな……俺も一つ欲しいもんだぜ」


 隊長が率いる部隊は一度遺跡内へと調査に這入っていた。『何もない』の言葉を信じなかった依頼主様からのご要望だったが、報告通りに何もなく無駄足に終わってしまい、その帰りにこれである。

 先程の予想通り、本隊は既に攻撃を受けているだろう。今会った二人のような無益な争いを好まない輩ではなく、無益な争いを、一方的な狩りを、自他共に傷付く残虐を好む輩達によって。


「だーから囚人何て使うんじゃねえって言ったんだ……」


 罪人、死刑囚の仕様は断固反対だった。確かに実力はあるが、あるのは実力だけ、もし竜具が彼らの手に渡ったら……その『もし』が既に起こってしまっている。


「竜が野に放たれたの変わりねえなあこりゃ……」


 遥か昔に存在していたという大型竜。今いる小中型の竜とは比べ物にならない力を有した、生きる厄災にして自然界の王。

 『竜の部位』だけでもただの兵では束になろうと敵わないのだ、本物とは一体……


「……竜か、まだいんのかねえ……つッ」


 身体の内部に走る鋭い痛み。胸部に受けた衝撃は肉体全体に伝わり、身体が動かせる状況ではない。僅かに動かせる頭でさえ、些細な動作で痛みが起こる。

 儘ならねえなあとぼやき、瞼を閉じる。

 ぽつりと、最後に本音が漏れる。


「……死にたくねえなあ」


 隊長はまた、静かになる。

 動かず、眠るように――静かになった。


 

 ◆     ◆



 隊長と別れ、暫くの時間経った頃、森林を轟音が響き渡った。


「……なんだ?」


 警戒するようにシキは呟くが、続いて発しようとした言葉も再び響いた轟音によって掻き消される。


「すごいですねー……さっきすっごい音出した私が言うのもなんですけど」


 先程の戦闘で十分過ぎる程の轟音を撒き散らしていたが、それは決定打の一撃だけ、今鳴る轟音は断続的に響き続き、音の強弱から移動していることがわかる。


「この先……か」


 当然、位置を知るのも容易であり、この先で『戦闘』が起きているのも予想が出来た。

 態々厄介事につっこむ必要もないだろう。

 この先いくら歩き、何が起こるかわからない現状、無駄な体力は出来るだけ消耗しないほうがいい。

 そう思っていたのだが――


『たあああすすううけええてえええッ!!』


 轟音に負けじと発せられた何とも情けない声。

 出所は轟音の鳴り響く場所。

 誰かが誰かに襲われている。この轟音はその襲撃者の攻撃によるもので、移動し続けているのも襲われいる方が逃げているから。

 はああ、とシキは深い溜息を吐く。

 そんなシキをフィアは見詰める。「どうするの?」と尋ねてくる瞳は、何かを期待するような、ある言葉を待ち望んでいるようだった。

 ……自分も相当に甘い人間であると、つくづく感じてしまう。

 だからこの身体の奴も死んでしまったのだろうか。関わるなと発していた身体も、今はなりを潜め、諦めたかのように沈黙している。

 好き勝手にしろと、慣れているというように切り替わった。


「……助けるぞ」


 その言葉にフィアは嬉しそうに、


「うん!」


 と元気よく返事をするのだった。



「なんでこうなるんだあああ――ッ!」


 森を駆ける影――イアンは自らの不幸を呪いながら叫び、走り続ける。

 イアンは今追われていた。自身を一度殺した集団――ではなく、それは――


「はっはッはッ!あたしと戦え腰抜けがああああ」

「嫌だああああ!」


 イアンを追うのは一人の女性。笑う勝ち気そうな表情に、切れ長の力強い黒い瞳でこちらを見据え、長く荒々しい赤茶色を猛獣の鬣のようにたなびかせ迫ってきていた。

 背筋に走る悪寒。くる――ッ!

 咄嗟に飛び退き、少しでも今いた場所から遠ざかろうとする。だが――


 何かが背後を通り過ぎた音と、その余波が衝撃波として身体を圧迫する。


 恐々と後ろを振り向く。

 薙ぎ倒された木々に、抉られた大地。

 それは何かが通過した痕だった。

 見晴らしのよくなった先に立っていた女性は、その何かを振るうためにこちらへと駆けてくる。

 女性が腕を振るい――雷で形成された大きな爪が出現する。

 彼女が手を振るうたびに爪は現れ、稲妻の如く標的を引き裂いていく。その一撃は難なくと木々を裂く威力を持ち、逃げる途中ですれ違った敵兵も、木々と同じ末路を辿っていた。

 何度目かの咄嗟、刹那の飛び退きによって、これまた何度目かの間一髪で回避をして、目的地もないままに逃走を再開する。

 逃げ続けていても埒が明かない、せめて反撃か何かをしなければじり貧である。

 しかし、今のイアンには派手に立ち回れない理由がある。

 それは――


「おいいいそろそろ起きてくれないかなああああ」


 イアンは自身の前、もっと詳細に表すなら、お姫様抱っこをしている彼女へと叫ぶが、気持ち良さそうな寝息しか返ってこない。

(何かしらの『竜具』の影響なのか? ここまで眠ってると逆に不安になってくるな)

 寝ている彼女を見付けたのは起きて――いや、生き返ってすぐのことだった。

 長くしなやかな金髪に、幼げながら整った美人というよりかは可愛らしい顔立ちの、およそこんな辺鄙な地にいること自体が似合わない少女。

 少女は今と同じように寝ていた。とても気持ち良さそうに、すやすやと寝入っていた。その光景に自分は天国へ来てしまったのだろうかと思ったが、すぐにここが地獄だと思い出すことになる。

 それは金色の光で空間を引き裂き現れ――


「あたしと戦ええええ!!」


 叫び、襲ってきた。

 寝ている少女を咄嗟に抱え、ひたすらに逃げて今に至る。


「説得も通じねえしいいいいどうしよおおおお」


 何度か説得を試みようと話し掛けてはいるのだが、話が通じない。わかったのは、後ろから迫る女性が『雷獣』と称される魔術師だということだけ。一応名乗ってはくれたが、本名は不明、魔術師としての名に誇りを持っているということだろうか?

 どうにかして状況を打開しようと考えていると、


「え?」


 つい、間抜けな声を出してしまった。

 突如として茂みから飛び出してきた二人の男女。男はホルダーから抜いたナイフを投げ、女は落ちていた岩をボールを蹴るような感覚で蹴飛ばし、後ろから迫る『雷獣』へと放ったのだ。

 腕を振るうだけで防げるような攻撃だったが、これには足を止めざるえなかったようであり、一旦だが彼女の追撃が止む。


「おい、行くぞ」


 冷めたような表情の男が促し、イアンもいつのまにか止まってしまっていた足を動かし始める。

 


「助かったよ、俺はイアン。あんたらは?」


 尋ねると、恐らく自身と同年代くらいの黒い髪と黒い瞳に、大人びた雰囲気を出す青年が名乗る。


「シキだ」


 次に、淡い青色の瞳に灰色の髪を後ろで束ねた、快活そうに笑う少女は、


「フィアって言います!」


 と元気良く答えた。


「それで、なんで追われてるんだあんたは?」


 短く自己紹介を終えて、ここまでの出来事を掻い摘んで説明すると、シキは納得したように頷き。


「ふむ……つまり、この娘を触ろうとしていた所をあいつに見られ、そのままこの娘を誘拐しようとしたらあいつが追ってきたと」

「違ぁああああああああうッ!」


 冷めた面でさらっと爆弾を投下するシキ、更にフィアも、


「え? そうなんですか?」

「信じるなああああああッ!」


 絶叫癖でも付いてしまったかのようにイアンが叫ぶと、「冗談だよ、冗談」とにこにこと言うシキと、「あはー信じちゃいましたよー」と朗らかに笑うフィア、助けられたのには感謝するが、どうやら癖のある二人組に助けられてしまったようだ。

 但し、そんなことを考えている暇などなかった。

 背後から再び響く轟音と、


「逃がさないぞおおおおッ!!」


 まだまだ元気一杯な声が聞こえてきた。

 流石にあれしきでは無傷のようであり、その声には足止めされた怒りはなく、新たな獲物が現れた喜びの方が上回っているようである。


「それで、あいつは何なんだ?」


 振るわれた雷撃を冷静そうに観察して、シキは尋ねてきた。


「あいつは『雷獣』――近接型の魔術師だ」

「『雷獣』? 確かに獣染みてるが……あの雷撃は元々か? それとも……」


 シキが言わんとしていることはわかった。きっとこの二人組も彼女と、そう――俺と同じ力を持っている、でなければ生きていない。

 何度もあの攻撃を見たので、確信を持って言えた。


「ああ、どう見ても『爪』だろうな」



 ◆     ◆



 人と竜、その差は数多にある。

 規模から質に至るまで、生物としての圧倒的な地力差は語るまでないだろう。

 だが、ただ一つだけ、質が同じで、両者が有しているものがある、それは『魔力』だ。

 そのためか、竜具によって飛躍した魔力は『竜具の部位』を形作った。

 例えば、イアンを追う彼女が行使する魔法はは単純な雷撃だったという。一般的な魔法使いが属性魔法を「飛ばす」のに対し、彼女は雷撃を直接振るう。元から高い魔力を保有する彼女なのだが、そのためか魔力の操作性に難があり、魔力を放出することはできても、それを分離、維持して「飛ばす」ことがどうしても苦手だった。

 故に、振るった。高出力の雷撃を不安定な魔力の波のままに、水を撒くように敵へと撒いた。

 そんな彼女が宿した竜具は『竜の爪』。

 彼女が振るう雷撃には以前のような不安定さはない。爪という形――部位を得たことにより、五指から放たれる雷撃は一撃一撃が業物の電光と化し、性質を失わぬままに猛威を振るう。

 そんな彼女の目的はただ一つ、魔導師『雷雲』に勝つこと。 

 広義の意味で『魔法使い』と呼ばれる人種は数多くいるが、魔法を専門的に扱い、技術にまで昇華した者達は『魔術師』と呼ばれる。そして、その中でも特別に、魔法を極めた魔術師を『魔導師』という。

 『雷雲』はその二つ名の通り、雷の属性を操る大陸にも数人しかいない魔導師の一人である。強大な魔力を操り、一般的な「飛ばす」でも、彼女のような「振るう」でもない、「放出」が行える。使用者の身体から直接、魔力を出力し続けたままに雷を放出する様は、まさに『雷雲』。

 『魔導師』はかつての竜と同じ、自然の体現者とまで呼ばれている。

 だが、この竜具があれば――同じか、それ以上の竜の力があれば――


「……勝てる、勝てるぞッ! あははははははッ!!」


 彼女は笑う。

 憑りつかれたように、笑う。

 力に溺れていることに気付かず――

 

 ――笑い続ける。



 ◆     ◆



 いくら竜具を宿し、魔力が高まろうとも、人と竜、その魔力の内蔵量には大きな差がある。それが人よりも高い魔力を持つ彼女であっても同じこと、『竜の爪』を形作り、振るおうとも、いずれ限界はやってくる。

 そして、今の彼女は――


「完全に竜具の力に当てられちまってる、あのまま何も考えずに魔法を振るい続けたらいずれ魔力が枯渇して……」


 死ぬ。

 自身でも気付かぬ内に、己の生命までも魔力へと変換して、朽ち果てる。

 魔力は一定以上なくなってもすぐに死へとは繋がらないが、身体的に様々な悪影響を与える。


「今の彼女は『竜具』の力で身体的にも強くなっているから影響が出にくいのかもしれない、だが、体力や生命力と同じで、無尽蔵にあるわけじゃない」


 彼女の状態はそれ程に、非常に危険な状態なのだ。


「詳しいな、あんたもか?」


 シキは感心したようにイアンに尋ねる。

 あんたも、つまりそれは。


「そうだ、俺も魔術師だ。『竜具』は……まだわからん、追われてたからな」


 少女を抱えていたので戦うことが出来なかったため、まだ自身の『竜具』の確認は取れていない。

 わかっているのは自分が生き返ったことだけ。

 確認してみると、二人もそうだった。これで『竜具』を持っていることは間違いないだろう。


「それじゃあ……このまま複数で逃げ続けてれば、勝手に自滅するってことか?」


 少女を抱えたまま逃げてたなら危なげな作戦だったろうが、今は動ける人員が三人いる。攪乱、妨害、偽装、いくらでも逃げる手段は取れる。


「まあ、そうなるな。彼女には悪いが――」


「……駄目」


 小さな声だった。

 透き通るような、それでいて儚げな声は、不思議と三人の耳に聴こえていた。

 声の発生源――イアンの手元へと目が注がれる。

 少女は僅かに目を開き、小さな口元を動かす。


「あの人……優しくしてくれた……今みたいじゃなかった……」


 少女は必死に、でもたどたどしく話す。

 


「お願い……助けてあげて」



 縋るように、少女は言った。

 やはり『竜具』の影響なのか、少女は起きていること自体が苦しげに、力を振り絞っているのがわかる。

 誰もが一瞬黙ってしまう。フィアでさえも、今危険を冒すことがどれほどに命に関わってくるかを理解していた。相手は自分らと同じ『竜具』持ちとはいえ、いや、同じだからこそわかるその危険さは、今後を左右しかねない。

 その危険さを、今まさに味わってきたイアン。

 シキとフィアは、イアンを見る。

 二人はあくまでもイアンと少女を助けるために来たため、その決定権を持たない。決めるのは、イアンだ。

 暫く黙り込んでいたイアンは、一度天を仰ぎ。

 再び下へと向き直る。

 その顔は、笑っていた。


「仕方ねえなあ、わかったよ」


 イアンは笑う。少女の不安さを除くように、明るく、大丈夫だと安心させるように。


「俺に任せとけ、安心して眠ってな」


 少女は微笑みと、ゆっくりと瞼を閉じていき、小さな寝息が感じられた。

 イアンは苦笑すると、済まなそうにシキとフィアを見遣る。


「……すまねえな、そういうわけだ」


 そんなイアンに、シキは無言でやれやれと頷き、フィアはうんうんと元気よく笑ったのだった。



 ◆     ◆



「へい、『雷獣』」


 今まで逃げていた男が、目の前に立っていた。

 途中から増えた二人の姿は見えず、手に抱えていた少女もいない。

 姿を隠して先程のような不意打ちでも狙っているのか? 僅かながらに警戒するが、次の言葉でそんなことはどうでもよくなった


「こっちだ――戦おうぜ」


 それは待ち望んだ言葉だった。 

 もはや消えた三人などどうでもよく、ただただ、眼前の闘争に身を捧げることだけが目的と化していた。

 そんな自分に気付かない。

 力だけに執着する、そんな異常を自身が感じ取れない。

 先を行く男が、ふと視界から消える。木々の先は光が溢れ、構わずに進んだ『雷獣』は一瞬だけ目が眩むが、すぐに視界が開けてくる。

 そこは森と森の間にある、ちょっとした平野だった。

 男は、その中央に立っていた。

 手には何も持っていない。

 やはり、彼は魔術師。

 奴には劣るが、良い前哨戦となるだろう。

 奴? 奴とは誰だろうか。

 ふと、思考が回りだすが、すぐに停止する。結論が出たため、すぐに考えることを止める。

 勝てばいい、戦い、勝ち続ければ、その奴も倒せる。

 『雷獣』は笑った。

 それは、単純にして、狂った結論だった。



 ◆     ◆



 彼女は現れた。

 初めの笑みとは違う、不自然な笑みを浮かべ平野を進み、こちらへと近付いてくる。


「まずいな……」


 『竜具』の影響だけではないのだろう、魔力の急激な減少が精神にまで影響を及ぼしている。このままではの一歩手前、彼女にこれ以上無駄な魔法を使わせてはならない。

 使わせるのは、たった一回。それで、終わらせる。

 イアンは余裕そうに、彼女へと語りかける。


「なあ『雷獣』、ここは一つ、魔術師としての力の真っ向勝負といこうじゃないか。あんたはあの強力な雷撃が最強なんだろ?」


 彼女が伝えた名は『雷獣』、魔術師として自身が勝ち得た名前。そこをつけば、思考が回っていない今なら――


「――俺も持ってるんだ、強力な一撃を」


 魔術師として、勝負を仕掛ける。

 それでいて持ち込む、一撃勝負へと。


「やろうぜ」


 イアンは構える。

 彼女は何も答えないが、その狂気に満ちた笑顔を見れば承諾したのがまるわかりだった。


「あーあ、普通に笑えば綺麗な面してるのによお……」

「らい……うん……ッ!」


 彼女が何かを発した。もはや相手が誰なのかも判別出来ていないのだろう。ただ、その呟きが気になった。


「らいうん? あの『雷雲』かい?」


 なるほど、と彼女が異常なまでに戦いに固執するのにも納得がいった。あそこまでに、小細工のない、圧倒的な魔術師はいない。いや、それは『魔導師』と呼ばれる者なら当たり前なのだが、『雷雲』はまさにその地をいく人物なのだ。

 彼女は雷撃を放ち敵を打ち倒す、戦士よりの魔術師だ。

 そんな彼女には、『雷雲』の圧倒的な魔法は、眩し過ぎた。

 ただ、『魔導師』は魔力の高さ、魔法の威力で勝てるほど甘い相手ではない。ましてや、『魔術師』とは――


「……まあ、すぐに助けてやるよ」


 決心したように、呟いた。



 彼女が駆け出すが、イアンはその場から動かない。

 腕を振り被り、手を獣のように強張らせ――『爪』を出す用意をする彼女。

 わかりやすいなあ、とイアンは苦笑する。

 一撃勝負、本来なら魔力が枯渇気味の彼女が一撃を放てば気を失い、自動的にイアンが勝利をするだろう。だが、今回は『竜具』の影響もあり気を失わないだろうし、それでは意味がない。

 魔術師として、彼女を負かさなければ意味がないのだ。


「さて、やりますか」


 一歩、また一歩と彼女は迫り来る。

 今度は、逃げない。

 正面から、迎え撃つ。


「たしかに、威力が高い魔法は魅力的だ」


 近付く彼女に、語りかける


「だがな、あの『雷雲』だって」


 無理にでも聞かせるために。


「創意工夫の上であの形に治まったってことを――」

 

 彼女との距離は、もうない。


「――知っておいたほうがいい」


 振り下ろされた腕、五光の巨大な『爪』。

 今まで見た中で一際大きく、雷の激しさが増した爪は、イアンへと向かっていく。

 イアンはただ、手を向ける。

 まだ自身の『竜具』が何かは知らない。

 けれど、きっと自身の魔法が操るにふさわしいものだろう。

 あくまでも『竜具』は手に入れた力、振るうのは自分の力だ。

 それを、彼女にはわかって欲しい――


「――――ッ」


 彼女の身体が垂直に――宙に浮いた。

 振るわれた爪はイアンの頭上を掠め、徐々に爪の形を維持出来ずに消えていく。

 彼女を打ち上げたのは、地面から生えた土の柱。

 それは、土魔法。

 土魔法は属性魔法でありながら、物理攻撃の面を持った魔法である。何処か無骨で、魔法らしくないイメージがあるのか、炎や水といったわかりやすい属性に流れて行ってしまう者が多い。

 しかし、イアンは違った。

 今自分が立っている。いや、自分だけではない、誰しもが普段から立っている場所を操れるとは、凄いのではないかと思っていた。

 無論、そう簡単にいかないのが魔法だ。

 土魔法は繊細さや精度はほぼいらない、土や岩を使うなら、敵を丸ごと潰せる質量を出せればいい、そういった思想で教えや魔術書に至るまで凝り固まっている。

 だからこそ、イアンは必死に精度を上げた。

 彼女を押し上げたのは、彼女の鳩尾を狙い澄ましたかのように出現した細い柱のみ。いきなり出したわけでなく、正面から彼女が来るのを予測し、ぎりぎりの距離に予め出現場所を固定し、魔力を注いでいたのだ。

 彼女は地面へと落ちた。もはや立ち上がる余力もないのか、黙ってこちらを見ている。


「これが魔術師だよ。君みたいに一撃重視のものもいれば、俺みたいな急所狙う奴だっている。これが俺にとっての――強力な一撃だ。『雷雲』に挑みたいなら、まずは俺に勝ってからにすべきだな」


 イアンの言葉に、彼女は黙って目を閉じた。

 彼女は地面に伏したまま、それでいて、憑き物が落ちたかのような表情だった。


「名前は?」


 イアンは尋ねる。

 彼女の名を。

 魔術師としてではなく彼女自身の。

 イアンに問われ、彼女は恐々と口を開き、言う。


「……あたしは――ノーラ」

「おう、よろしくなノーラ」


 殺そうとしていた相手にイアンが見せたのは、屈託のない笑顔だった。

お久しぶりになります。今回は戦闘をあっさりと、それでいて拍子抜け感が出ていればいいのですが……難しいですね。

別のお話を書いているのでまた投稿間隔が空いてしまうかもしれませんが、また読んで頂ければ幸いです。ではでは

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