目が覚めて
目が覚めた。
寝起きの気分はすこぶる快調、木々の隙間から漏れる日差しが心地よく、二度寝をしたくなる衝動に駆られる。だが、僅かに開いた瞳に映った光景を目の当たりにして、それは出来ないかなあと仕方なしに起きることにした。
さて、まずは考えなければならない。
ここは何処だ? そして、この惨状はなんだ?
家から出た覚えはないのに、ここは明らかに見覚えのない雑木林。木々が立ち並び、朝日が若干差し込んではくるものの、薄暗い印象が拭えない場所。ベッドで寝ていたはずの身体は地面に投げ出され、硬い土の上で寝ていたためか些か節々が痛い。身体を見ると、身に着けているものも寝間着ではなくよくゲームなどの冒険者が着るような軽装の服と、何よりも目に行くのが所々に忍ばされている刃物の数々、腰回りや胸内側からと、あらゆる箇所に納められているのがわかる。
わかる? 感触でわかったのか? いや、違う。知っていた、何処に何が納められ、どのようなときに使うべきかなどの用途までを、身に覚え、記憶していた。
不思議な感覚だった。気持ち悪いという感情さえ起きない。
しかし、と改めてこんな所でよく寝られたものだと思う。
場所もそうだが、決定的なのはこの現状だ。
「……寝る環境じゃあないよなあ」
人が倒れていた。一人ではなく、複数人。血が、肉が、命が散乱していた。明らかに誰も生きていない、生きている気配がしない。ここは終わった場所なのであり、彼らは次の場所に行けなかった者達なのだとわかった。死の気配だけが充満している、そんな場所。
そして自分は、その真ん中に当たる位置で寝ていたことになる。
何故? と思うと、頭の中で解答が浮かぶ。
「安全に眠るため……死体に紛れればカモフラージュになる……?」
自問自答と言うのだろうかこれは、不思議を通り越して可笑しいくらいだ。死体に紛れて寝るという発想が当たり前、生死の感覚が明らかに違う。
寝る前と目覚め後で、何かが切り替わっている。常識か、倫理か、道徳か、様々なものが以前とは異なっている。
なのに、混乱していない。
いや、それはいつも通りなのかもしれない。
何というか、空気が読めないというか、飄々とし過ぎている節がある。
でなければ、これほどの死体を、腕が吹き飛び、内臓がはみ出て、脳髄が飛び散っているこの惨状を見て冷静でいられるものだろうか。
考えても仕方がなかった。
仕方がないというよりも、起きたならすぐに移動したほうがいいと身体が動いたからだ。
同じ場所に留まるのは危険だと思うのは、転がる死体を見れば当然かもしれない。複数の死体は単なる死体ではなく――斬殺され、刺殺され、殴殺され、撲殺されていた。
誰かが殺した。
もしかしたらそれは自分なのかもしれないとも思ったが、それは違うかとすぐに思い直す。この身体がとても戦い慣れ、殺し慣れていることには察しが付いていた。故に、自分はこんな殺し方はしないという考えが、まるでプロ意識のようにあった。
身に着けた武器の数々と、場慣れた思考と行動、殺し方を見抜く観察眼。どれもこれもが未経験で知らない知識のはずなのだが、この身体は覚えている。
日差しがあまり照らないためか死臭はそこまでひどくはないが、血の匂いは空間に充満している。
しかし、これでは野生の獣を呼び寄せてしまうのでは? と思ったが、それはないかとすぐに思い直す。何故なら、此処はあまりにも、濃い、死の気配が濃すぎる。本能的に、誰も近付こうとしない一種の異空間が出来上がっている。死体を貪る生物がいたとしても、此処は避けてしまうだろう。おそらく死体が転がっている場所は他にも幾つかあるはずだ、優先順位として、たとえ近場であったとしても他所へと向かうに違いない。
そんな所を寝床として選んだのかと、理屈では理解したが、感情ではありえないとも思った。
自分でさえも、その例外ではなかったはずだと考える。
先程は安全に眠るためのカモフラージュだと考えたが、そこまでは空気は読めずに、飄々としてはいられなかったはずだ。たとえ身体の安全が保障されようとも。
それ程までに体力的に追い詰められていたのか、違う、既に、追い詰められた後だとしたら? 死体が気にならない、死の気配さえも気にならない状況だとしたら?
無言で、自身の身体をよく調べてみると――見付かった。
先程は気付かなかったが、腹部の服が大きく裂けている。手を背にやると、同じように裂け、何かがここを突き抜けていったのだとわかる痕がくっきりと残されていた。
「ああ」
理解した。
なるほどと、納得した。
自分は一度力尽きている。
死に場所を求め、あの溜まり場へと辿り着いた。
死ぬため、終わるために、終わった場所へと行き着いた。一人で死ぬのが怖く、寂しかった。だから、人がいる場所へ、死の気配が濃い場所へと誘われてきたのだ。
なのに、何故自分は生きているのだろうか、いや、何故生き返ったのだろうか。
違う、自分ではない。この身体は俺のものじゃない。
俺はどういうわけかこの身体に入り込み、息を吹き返したということだろうか。
とんでもない考え、ファンタジーやSFの世界の話だが、生き返ったのは事実であり、今目の前のことは現実である。
自分が自分だという自覚がある。
つまりは、これから此処で、この世界で生きていかなくては、生き抜いていかなければならない。
「まあ、いつも通りか」
今までの思案に耽っていた真面目な顔は何処へやら、顔を緩ませる。
とりあえずはいつも通りでいることだ。
ここがどんあな世界であろうと、それだけは変わらない。
それだけが、自分――
「――あれ……名前? 自分の名前は……――ッ!?」
思い出そうとした瞬間、頭に痛みが走った。
ズキリ、なんて生易しいものではない。脳髄を丹念に捏ね繰り回されているかのような、それでいて痛みを感じる神経だけは健在で、細かな痛みの一つ一つを何十倍にも増倍して伝えてくる。痛みで身体は崩れ、死体達の中へと身を転がす。
痛みの中、浮かんできた名前は二つ。
一つは俺自身の名前、もう一つは、この身体自身の名前。
これは、選べということだろうか?
「……はは」
痛みで意識が朦朧とする中、笑う。
ふざけているのかと笑う。
「決まってんだろ、そんなの」
選ぶまでもなかった。
「誰が死人の名前なんて名乗るかよ」
死人に名を語らせる気はない。
譲るつもりは微塵もない。
名乗るのは、この身体の名前ではなく、俺自身の名前。
俺は――シキだ。
気付くと、痛みは諦めたかのように、まるで痛み自体が幻だったかのように消えていた。
死人の最期の抵抗、いや、執着だったのかもしれない。それは当たり前の感情だ、誰だって死にたくない、この世に残りたいと思うだろう。
つまりそれは、シキも同じだということ。
「ごめんな、俺もまだ生きたいんだよ」
身体に、記憶に語り聞かせるように、ぽつりと呟いた。
さて、と痛みで転がっていた身体を起こし、立ち上がった。
それ自体は別段おかしくない。
おかしいのは、立ち上がった数が二つだということだった。
彼――シキは目覚めた。
此処ではない何処かで、自分ではない誰かで。
但し、彼は彼で居続けた。
記憶に潰されることも、精神に狂わされることもなく。
彼で在り続けた。
故に、続いた。
シキの物語は続き――
――始まる。
何も考えずに書き出したため自分でもどんな物語になるのか目途がたっていないのですが、それでも物語が続くように頑張っていきたいです。