喰らう
グロ表現注意です!
嫌な音が聞こえた。
重い水音、粘度のあるような気持ちの悪い音、それと何かを啜るような、咀嚼音。
(何の音?)
体中が痛い。
出来れば、起き上がりたくないほど。
けれど、この不快な音は何なのか確かめないと、真咲は不安だった。
重く、だるい瞼を持ち上げる。
ぼんやりと薄暗い夕闇。
頬に張り付いていた葉がのろのろと落ちて行った。
そして強烈に感じる、鉄の匂い。
生臭い、魚の匂いにも似た匂いが、土の匂いと草の匂いに混じって流れてくる。
(……まさか、これ血の匂い?!っていうか、何?ここどこなの!?)
パニックに陥りかけた真咲は、首が痛い事も忘れ、辺りを見回した。
すると、真咲の足が向いていた方向に、明かりが灯っていた。
青白い光の玉が浮いて、それを照らしていた。
真咲を襲ったソコハテが岩の上に仰向けに身体を預けている。
髪に隠れて表情は見えないが、蒼い鱗や手の長い爪でソコハテだと解った。
そのソコハテの胸に、男が覆い被さっている。
情事の様だが、如何せん血生臭すぎる。
そこに漂う雰囲気は異常な物でしかなかった。
「……っ」
真咲は、恐怖を感じ、後退る。
男は、その音を聞き取ったのか、ソコハテの身体を岩から後ろへとずらした。
すると、力なくソコハテはずるりと岩から落ちて来た。
真咲が見ていた時のタイトスカートとサンダルはなくなり、替わりに長い魚の尾に変化していた。
(人魚……?)
真咲は、信じられない事態に、現状の把握が出来ないままソコハテの尾から段々と視線を上げていく。
ソコハテは、下腹部から鎖骨までを真っ直ぐに切り開かれていた。
カエルの標本のように、内臓を見せる為に、皮膚と肉を釘でとめられていた。
人間の標本人形で見た内臓よりも、当たり前だが、各臓器は生々しく、赤色の濃淡でしか違いがない。
何が何の臓器かは解らなかったが、明らかに足りなかった。
「足りない……?」
真咲の言葉を聞いて、男は血塗れの口角を持ち上げた。
岩を乗り越えて、こちらにやって来ようとする。
その時、ソコハテの頭を蹴ってしまい。
ソコハテの表情が真咲に見えた。
「!?」
首を絞められて絶命したのか、首には縄の痕がしっかりと残っていた。
舌が出て、目玉も出ていた。
この世のものとは思えない物だった。
すぐさま真咲は、目を逸らし、胃の中の物がせり上がって来るのに耐えきれず吐いてしまう。
「うん、胃の中が綺麗だと後で食べ易いよね」
「な……」
「君、ソコハテの呪いも受けてるけれど、蛇の匂いもする。へぇ、神力が高いんだ」
ぎらぎらと、異様に男の目が光る。
猫の目の様に、暗闇でも見えるかのごとく。
男が持つ血塗れのナイフよりも、闇に冴える銀色だった。
「女の子って、男よりも柔らかくて美味しいんだよ。君はほとんどの物が生で食べられそうだ」
「……あ」
真咲は、恐怖と異常な光景に身動きが取れなくなってしまう。
悲鳴も出ない。呼吸するのも苦しい。
「うわっ!」
だが、男が突然驚いた声を上げた。
ソコハテが、男の右足に両手の爪を刺しながら噛みついていた。
「わー、流石に人魚。しぶといなぁ!」
男がソコハテに構っている隙に、真咲は逃げようとするが足がもつれて転んでしまった。
「あっ!」
血に塗れた落ち葉の上に倒れ込む。
制服に、赤い染みが増えた。
絶対絶命かと思われたが、真咲はそこに男の物と思われる剣を見つけた。
「あー、もう!しつこいなぁ!!」
男がソコハテを蹴り飛ばすと、それきりソコハテは動かなくなった。
「よかった。これで女の子の方も食べられる。おや?」
「……こっちに来ないで!!」
真咲は、抜き身の剣を両手で持つが、重く、恐怖のせいと相まってかたかたと手が震える。
「あーあ。震えてるじゃない。諦めて俺に食べられる方が楽だよ?なんなら余り痛くない様に殺してあげるし」
「馬鹿な事言わないで!!」
真咲は、男が自分とそう歳が変わらない事に気付いた。
見た目と口調だけなら、クラスの人気者といった風情だ。
しかし、この狂気はどうにも隠せ無さそうだ。
「じゃあ、どうする?俺を殺す?出来る?君に」
「そ、それは……!」
狼狽する真咲に、男は手を差し出す。
「ほら、使えないでしょう。剣を返して。一瞬だよ、死ぬのなんて」
にやりと、男は笑う。
真咲は、震えが止まらない。
がんがんと頭が痛くなり、耳鳴りがしてくる。
その耳鳴りの中に、何か声が聞こえる。
『真咲だけでも逃げて!』
『ふざけんな、邪魔すんなぁ!!』
『熱いよ、苦しい。誰か助けて……お母さん、お父さん』
火が迫って来て、煙が廊下中に広がって、何も見えなかった。
『死にたくないよぉ』
小さな真咲が、有り得てはいけない記憶の端で泣いている。
「『大丈夫、真咲は私が護るよ』」
真咲の口が勝手に動き、男の手を切りつける。
真咲は、震える事無く剣を握り直し、蒼い瞳で男を見据えた。
付け足した話数になります。