屋上の幽霊
真咲は夢を見る。
昔の記憶が、『天使様』に会った事で氾濫を起こす。
花々に囲まれた両親は、ただ眠っているようだった。
真咲が五歳頃の記憶だ。
「なんでこんな教会なんかで葬式とかやってんだよ、面倒くさい!」
「あいつ、勝手に家出て行ったと思ったら、改宗してんだなんてふざけんじゃねーよ」
「ちょっとぉ、私、教会でのマナーなんて知らないんですけどぉ、何したら良いわけ?」
「事故で死んで、子供だけ遺すなっての、誰が世話みんのよ」
真咲の両親は、事故で亡くなった。
クリスマスの前の休日、郊外の大きなおもちゃの専門店の帰りに、信号無視のトラックに突っ込まれた。
真咲は、現場におらず学校のクリスマス行事に参加していた。
真咲だけが残ってしまった。
その真咲が、側に居るのに両親の遺族は口々に好きな事を言った。
結局、親戚中をたらい回しにされた後、施設に預けられた。
施設の中は、真咲にとっては幸いな事に、ほっと出来る場所だった。
施設長はとても優しかったから。
本当の祖母のようだった、けれど、施設の外は真咲にとっては優しい世界ではなかった。
小学校に上がって暫らくした頃、クラスメイトがこう言ったのだ。
「桂さんって、親が居ない子なんでしょ?可哀想だから仲良くしてあげるね!」
彼女自身は悪気がなかったのか、悪気の塊だったのかすら真咲には解らないが、これを無視したら、真咲はいじめの標的にされてしまった。
小学生から、あの日、高校の屋上であの女に出会うまでそれは続いた。
「最悪っ!!」
真咲は、胸元をかき寄せて、非常階段を上った。
今回のいじめの手段は特に最悪だった。
真咲のいじめに加わるのは女子生徒なのだが、今回は男子生徒も加わった。
女子トイレに連れ込まれ、襲われたのだ。
女子生徒はデジカメを構えて真咲があられもない姿になるのを待ち構えていた。
夏服のシャツのボタンを無理やり引き千切られ、それに対してマンガやドラマみたいだとはしゃいで気をよくしていたところを、突き飛ばして逃げたのだ。
「……あいつらなんて、死ねば良いのに!!」
真咲を追いかけている者達が飽きるまで、真咲は屋上に逃げようとした。
今は放課後だ、飽きればすぐに帰るだろうと、真咲はこれまでの経験で判断したのだ。
腹を立てている勢いも相まって、ドアの開閉音が大きく響く。
屋上から見える空は、曇天だった。
今し方まで降っていた雨は止んでいたが、屋上の床には水溜りが所々出来ており、排水口へ勢い良く水が流れて行く。
用務員が鍵を掛け忘れているのは、昼休みに確認済みだった。
景色の綺麗な屋上ならば、生徒が入りたいと思うのだろうが、ここの屋上から見えるのは寂れた工場町だけだ。
好き好んで入る者は居ないはずだった。
真咲以外は。
だが、屋上に逃げた真咲の目の前に、女が居た。
「逃げたいでしょう?」
白のロングTシャツの上に薄手のカーディガン、花柄のタイトスカート、足元はサンダル。
雨に打たれていたのか、長い黒髪はぺったりと顔に張り付いていて、紫色に染まった血色の悪い唇がいやに目立つ。
「……!?」
その異様な雰囲気から真咲は身構える。
格好だけをみれば、主婦といっても通用するだろうが、如何せん場所が場所だ。
高校の屋上なのだ。
生徒でも教師でもない人間が入る事は、普通ない。
中学生の頃に、この高校に関する噂で、屋上の幽霊という怪談があった事を真咲は思い出す。
この高校に通い出した際には忘れていたが、これがそうなのだろうか。
噂は、こうだ。
屋上の幽霊に遭った人間は、行方不明になるというものだった。
女が再び、口を開く。
「こんな世界、嫌いでしょう?」
「……っ!?」
「こんな世界から逃げ出して、嫌な人間を殺して回らない?」
「あ、あんたなんなの!?頭おかしいんじゃない!!」
くつくつと喉を鳴らして笑う女に恐怖を感じ、真咲は今入ってきたドアに背中を押し付け、後ろ手でドアノブを回す。
しかし、回らない。
「なんで?!」
焦って回そうとするが、手応えは一向に返って来ない。
「この世界に逃げ場所なんてないの。だから、『逃亡の世界』に逃げるのよ。逃げて、逃げて、逃げ続ければ、私達は楽になれるの」
(何こいつ、言ってる事おかしい!!)
真咲は、この女から逃げようと体をドアに向き直し、両手でドアノブを掴む。
「開けてよ!!あんたら、あたしをまた閉じ込めようって思ってんの!?」
真咲は嫌がらせをしてきた者達が閉めたと思い、ドアを叩く。
しかし、鍵を閉めた音は、真咲が屋上に上がった後も全くしなかったのだ。
扉を叩く真咲は突然、ドアに体を打ちつけられた。
旧11話とほぼ変わっていません。