導きの神
「ふへ、バレましたか??」
「バレバレだ。お前、何回もオレの事遠くから見てただろう?
それも、他の女とかと違う、何か頼み事があるような目でオレを見てた」
緩く笑みを浮かべたまま、満帆南は観念して、口にする。
満帆南は、歩人に助けを見出したのだ。
紅子をよく見ていたから。
彼女の助けになって欲しかったのだ。
「こっこーが人と違う物を視てたのは知ってたの。
体育館の端とか、通学路の隅とか、
誰も気にしないような個所を無意識に追ってた。
こっこーは、気にしないフリをしてた。
でも、ワタシにはどんなに目を凝らしても見えない。
だから、知りたかったの」
紅子は、聖の事を覚えていないまでも、
無意識にそういう個所を見てしまっていた。
本人にも理解が出来ない癖を、
満帆南は、目撃していたのだ。
「けど、あの日、歩人さんを見て、なんか解ったの。
歩人さんを写真に取ろうとしても、絶対に綺麗に撮れないし、
こっこーが視てるのは、こういう人達なんだろうなって。
で、こっこーがバイトしてたお店の人達も、なんか違うなって……」
満帆南は、初意達の事を思い出す。
皆、芸能人のように美しかった。
しかし、目立たない容姿のはずの店長が、やけに印象深く、
そして、信用してはいけないような、警戒心を解いてはいけないと思ったのだ。
目の前の青年も美しいが、彼らよりも馴染み深い印象を受けたのだ。
「歩人さんだったら、助けてくれそうって、思ったの」
「助けるねぇ。
……紅子とオレを会わせて、どうしたかったんだ?」
その言葉に、満帆南は顔をしっかりと上げる。
淀みなく、願望を口にした。
「こっこーが、連れていかれないようにしたかったの。
あの店長さん、優しいけど、怖くて、あの女の人も綺麗だけど隠し事してそうで、
あの男の子も、悪いなって思いながら、こっこーに嘘ついてる感じがしたの。
だから、他のああいう人間じゃない感じの人を他に、会わせたら、
こっこーは、こっちに留まってくれるかなって……」
そこまで話すと、満帆南はしゃがみ込んだ。
もう、彼女は行ってしまった後だ。
「お前、馬鹿だな。
そこまで解ってんなら、本人に言うか。
先にオレに言えよ」
歩人は、満帆南の側にしゃがむと、頭を軽く小突いた。
「言えないよ。
こっこー、他人に何か指摘されるの、めちゃくちゃ嫌いだもん。
プライド高いんだもん!」
「でも、言わなかったから行っちまったぜ?」
「わかってるよ!!
歩人さんのばかー!!」
ばちんと大きな音を立てて、満帆南は顔を両手で叩いた。
歩人は、その行動を呆れて見ている。
しばらくして、満帆南はのろのろと両手を外す。
よほど、強く叩いたのか頬が赤い。
「……ねぇ、歩人さんは何なの?
あの店長さん達と一緒?」
「……オレは、この世界の者じゃない。
あいつらも。
あいつらは、龍と天馬。
異世界の管理人だ。
オレは、【未完成の世界】の導きの神。
歩人だ」
「導きの神??」
「オレと会うと、
無条件に必然の未来へと進む速度が速くなる。
それが、オレの祝福」
「必然?速度?未来って何もしないでも進むのに?」
「今の現状を鑑みての未来だ。
己の行動次第で変えられる未来の行方が速くなる。
良い結果も、悪い結果も、倍速で進む。
例えば、目的地に速く着きたい時は、特急に乗るだろ?
それと、同じようなもんだ」
「んと?」
「例えば、十年後に宝くじが当たるはずの人が居る。
その人がオレに会う事によって、次の日に当たる事になる。
そして、オレ自身はその人の未来予想が出来るって感じだな」
「未来予知が出来るの?」
「違う。予測だ。こうなるであろうはずの未来を予測出来る」
「……こっこーはどうなる予測なの?」
「【逃亡の世界】で、真実の女神の巫子になり、【助言者】としての役割を与えられるだろう」
「【助言者】って?」
「その世界に知識を与える者だ。他の世界の情報を伝える。
真実の女神の巫子だから、嘘の情報を伝える事は出来ない。
【未完成の世界】の発展に大いに貢献するだろうな。
本来ならな」
猫のような歩人の眼が細められる。
彼の予測出来る紅子の未来は明るいものではない。
その一言は、満帆南の不安を駆り立てた。
「本来なら?こっこーはどうなるの?!」
「【逃亡の世界】は危機に瀕している。
破壊神が破壊しか行えず、真実の女神は真実しか許さないからだ。
他から資源や人材をいくら確保しようが、
産まれる命も生まれる文明も、破壊されてしまえば何も残らない。
恨みと虚無だけが、あの世界に満ちる事になる。
いや、すでにそうなっている、か……」
「こっこーが行っても無意味って事?」
「いや、少なからずあいつらはそう思っていない。
だからこそ、紅子を連れて行った。
紅子は真実の女神の力を増強させる為に必要なんだろ。
だが、このままじゃ【逃亡の世界】は滅びる。
そしてあの世界の元になった【未完成の世界】も共倒れになるんだ。
紅子もそれに必ず巻き込まれる。
だから、オレ達はあいつらを正さなくてはいけない」
決意を新たに、歩人は前を向く。
線が細い顔立ちだが、頼りなさは全く感じない。
満帆南は、そんな歩人を見上げた。
商店街の街灯が、ひしゃげた窓から室内に入り込む。
外は、日常なのに、室内は全くの非日常だ。
友達である紅子が、自分が感じている非日常よりもとんでもなく離れた場所に居るのだと思うと、
満帆南は、鼻がつんと痛くなった。
我慢していないと、泣いてしまいそうだ。
「オレは、神だ。
満帆南、お前の望みは?」
街灯に照らされた歩人が、親しみ易い笑顔を浮かべて問う。
美しいが、怖くない。
人間のような雰囲気で、優しい。
「……こっこーを、連れ帰ってきてほしい」
「それが、あいつの幸せになるか、解らないのにか?」
「……だって、あの店長さん達と一緒に居るよりもマシだよ?」
「騙されてても幸せっていうやつもいるけど」
「駄目!こっこーは嘘が嫌いだもの!!
ワタシが、こっこーを幸せにするもの!!」
「ふ、ははっ!!漢前だな」
堪えきれないと体を折り曲げて、歩人は笑う。
満帆南が思ったよりも、漢前だったのが、意外だったようだ。
「あいつは、絶対に帰ってくるって、信じて口に出しておけ。
言霊を重ねて、事実にしろ。周りが否定してもだ。
友達を信じて、出来るな?」
「うん!!」
「なら、お前にオレの加護を与える。
『汝、相田満帆南。
幾重にも別れたる、己の意志の決する糸の先、その流れを良きとする者。
その言葉、誤る事なかれ、己の意志に背く事なかれ、
我、導きの神により、導きの杖を与えん。』」
すっと、満帆南の左手に水晶をはめた杖の文様が浮かび上がる。
「安心しろ、普段は見えないが、誓約を忘れそうになった時なんかに浮かび上がるようになってる。
……あいつを、連れて帰って来てやる。
あいつの家族は期待できないが、お前が待ってやるんだろ?」
「もちろん!!」
「だが、お前がお前自身を裏切った時は、二度と紅子に会えない。
たとえ、この世界に紅子が戻ってきたとしてもだ」
明るい緑の瞳が、夜闇の猫のようにきらりと光った気がした。
満帆南は、歩人の凄みにも引かずに、頷き返す。
「わかった……!!」
「よし!」
犬を褒めるかのように、歩人はぽんと満帆南の頭を撫でた。
「お前って、チワワに似てるよな」
「小動物扱い禁止ー!!」
暫く、アビシニアンとチワワと互いに言い合いをしていたが、ふと歩人が何かに気付いた。
「お……あった」
「何?」
「じーさまの探し物だ」
歩人は、しゃがみ込みその物体を拾い上げた。
金属性のひしゃげた物。
もう使う事も出来ないそれが、烏山樹の遺品だった。
やっと、手直し分が終り、新規に漕ぎつけられました。長い間すみませんでした。




