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逃亡の世界  作者: 谷藤にちか
第3章 真実の巫子と管理者達
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紅と虹

「さぁ、紅子ちゃん」


二階のからす庵で、ソファが退けられ部屋の中心に儀式めいた大きな魔法陣が初意の手によって描かれた。

その中心から、紫延が呼ぶ。


約束の時間よりも何時間も速く紅子は、レインボウに来た。

だが、それすらも予測していたのか、紫延達は焦る事もなく、着々と準備を進めて行った。

夕方になる前に、すべてが終らせてしまえるほどに。


ためらわずに、紅子は紫延の手を取った。

それに、満足げな様子の紫延に、大人しく従う巳春。

移動の魔術を制御する事だけを考える初意。


「これから、船酔いみたいな衝撃が来るけど我慢して、

怖ければ私に掴まっていれば良いから」


「はい……」


紅子は、これが現実だとは到底思えなくなっていた。

夢心地で足元からふわふわとしている。

今でも酔っている気分なのだが、自分は一体何に酔っているのだろうと。

無自覚なまま紅子は、紫延にしな垂れかかる。


「そうだ、紅子ちゃん。行く前に、君の名前を変えてしまおうか」


「……変える?」


「君の嫌いな読みの《べに》と同じ漢字はやめてしまおう」


「虹の虹子こうこなら、私の種族と一緒になる」


「はい……私は、虹子になります!」


二つ返事で虹子は、喜んで変更に同意した。

親が付けた名前をやっと捨てる事が出来て、虹子は嬉しかった。

その様子を初意は、少し思う事があるのだが、口は挟まない。

今は、【逃亡の世界】に渡る事だけに集中する。

そして、初意の口から、発動の祝詞のような呪文が紡がれる。


『【選定者】初意が謳う。偉大なる破壊の神、真実の神よ。照覧あれ。

【助言者】として、稲生虹子を召し連れるお許しを』


魔法陣から金色の光が溢れ、その輝きに虹子は目を開けては居られずに、紫延にしがみついたまま目を瞑った。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


稲生家の据え置きの電話が鳴る。

それを取るのは、紅子の母親だ。


「もしもし、あら、先生ですか?

どうしました?」


可愛らしい外見の稲生家の母親は、実年齢よりも若く見られる。

娘二人は、反発して、二人とも大人っぽい容姿を好んでいる。

受け取る声も可愛らしく、歳を重ねても、可愛い奥さん、なのだ。


「うちの娘が、学校へ行っていない?

そんな、馬鹿な。

あの子は、もう制服もありませんし、もう出かけた後ですよ」


母親が、起きた頃には、娘は二人とも家に居なかったのだ。


「期末試験を受けていない?

……はい、はい、連絡がありましたら、知らせます」


紅子は、今まで、無断欠席はした事がない。

家出もだ。

そんな子が、試験を受けていないなんてあるはずがないのだ。

髪もスカートも、気にくわない状態にしているが、母親はそう確信している。


そして、母には教師の言葉が、特に気に障っていた。


「……それと、先生、一つだけ良いですか?

うちの娘は『こうこ』ではありません。

『べにこ』ですわ。

まぁ、うちの娘がずっとそう記入していたと!?

あの子ったら、せっかく頂いた名前を!!!」


可愛い奥さんは、どこへやら、ヒステリックな甲高い声が、家じゅうに木霊する。


「………………あぁ、ごめんなさいね。

それでは、試験は必ず受けさせますので。

はい、はい、失礼致します」


紅子の母親は、電話を切ると、受話器を壁に投げつけた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


夕焼けの景色が徐々に青に飲み込まれる時間。


カランカランと、ベルが鳴る。

喫茶レインボウは、もぬけの殻だった。

ビルはそのままだが、内装がなく、まるで工事を途中で終えた状態だった。

むき出しのコンクリートに、配線、断熱材も丸見えだ。


「……」


歩人は、その中に足を踏み入れる。

紅子や客たちが見ていたのは、紫延の強力な術だ。

一時的に修復したに過ぎない。


このビルは、十年前に半壊しているのだ。

その時の姿を、今や、取り戻してしまっていた。


この場所で十年前、烏山樹とひじり共に【執行者】の襲撃を受けた。

二人は、命からがら【未完成の世界】へと逃げたが、

父親の樹は、死亡。息子の聖は、戦神カナトが保護した。


当時、九歳の歩人は遠目から聖を見ていた。

聖の顔は、記憶に残っていない。

記憶に残らない呪いであり祝いだった。


歩人は、スマホ型の魔術具を使って、手元を照らす。

古い赤褐色の血だまりが残った場所を、重点的に探す。


すると、再び、ドアのベルが鳴った。


「あ、歩人さん……?」


「満帆南か」


制服ではなく、ショルダーオフのサックスのシャツに、レモン柄のモアレ丈のスカートだが、

満帆南の身長では、丈が長く、普通のロングスカートになってしまっていた。

似合っていないのではなく、そんなところも愛らしく見えるのが、満帆南らしいところだろう。

髪型もハーフアップで、雰囲気が違っていた。

こちらの印象が、本来の彼女の印象なのかもしれないと、歩人は思う。


「……ここ、ほんとにレインボウなんですか?」


「あぁ、間違いない。といっても、この中は十年前のからす庵だがな」


満帆南が、壁際のライトのスイッチを押すが、ただパチンと、スイッチが切り替わっただけで、

電灯は何の変化ももたらさなかった。


「からす庵って、上のギャラリーの名前じゃ……?」


「十年前は、一階がからす庵って名前の喫茶店だったんだ。

それを、あの夫婦と馬が、術で一時的に修復して喫茶レインボウって名前の喫茶店にしてたのさ」


「術……」


その言葉を聞いても、満帆南は驚いたり、不可思議な表情を見せなかった。


「満帆南、お前、オレが人間じゃないって気付いてて、紅子と会わせただろう?」


歩人は確信を持って、満帆南に訊く。

満帆南は、いたずらが見つかった子供のような表情を浮かべた。


紅子は、高校に入ってからずっと名前を、べにこではなく、こうこと名乗っていました。

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