ヒステリー
※露骨ないじめ描写注意です!
正直に言って、気は進まない。
けれど、歩人の言った通り、満帆南には直接、言った方が良いのかもしれないと、
紅子は、通学路を進む。
真夏の、これから気温が上がってくる季節だが、
それ以上に、紫延に触れられた個所が熱くて気恥ずかしい。
そして、嬉しいのだ。
(紫延さんに、ぎゅってされた……。
今日も、眠れなさそう、どうしよう……)
そもそも、異世界に行こうとしている時点で眠れないと思うのだが、紅子にとっては
紫延がどこに居るか、それが全てに塗り替えられてしまった。
家族は嫌な物だが。
紫延の前では、頭を悩ます問題としては、ただのゴミと変わりなかった。
出す予定のゴミが、忙しくて出せなかった。
そんなレベルに感じられた。
まだ七時前の校舎には、運動部の朝練の声が響くが、校舎にはほとんど人が居ない。
試験すら受ける気がなかった紅子は、満帆南だけを見つけて、話をして、
今すぐレインボウに行きたかった。
教室の中で満帆南を待っておこうと思い、自分の教室に近寄ったが、扉が開いている事に気付いた。
電灯は付いておらず、朝でも高い、夏の陽が、廊下まで伸びている。
人が居るようだった。
日直が早めに来ているのだろうと、紅子は思い、教室の中に入った。
が、入って早々に後悔する事になる。
教室の中には、一人生徒が居た。
いつも、クラスの皆からからかわれている生徒だった。
紅子は、名前すら覚えていない。
その子に関してだけではなく、大体のクラスメートの名前も覚えていないが。
だが、どこの席かはなんとなく覚えている。
彼女は、教卓の一番前の席だった。
皆、さぼっているのがばれるのが嫌で、押し付けられた席だったはずだ。
今、そこには、一輪挿しに菊の花が飾られていた。
ご丁寧に、黒いサテンのテーブルクロスまでかけられている。
それを、その生徒は呆然と眺めていた。
(あーあ、しょうもない遊びしてんじゃないわよ)
紅子は、それを仕掛けた他の生徒に失笑したくなる。
子供染み過ぎている。
こんな事をするくらいなら、期末試験を真面目にしているべきだ。
いや、勉強をしないまでも、バイトをしている方が建設的だ。
ただ、それが出来ないからこその成績の悪さなのだろう。
紅子に気付いた生徒が、紅子を直視する。
構わず、紅子は窓際の自分の席へと近寄り、鞄を下ろす。
満帆南が来るまでは暇だなと思うが、何を思ったのかその生徒が近寄ってきた。
始めて、顔をちゃんと見た気がする生徒は、肩にかからないほどの黒髪。
縁の茶色い眼鏡の奥に一重の細目の瞳がぎらぎらと紅子を捉えていた。
彼女の様子が、何やらおかしいのは、他人に興味の無い紅子にも解る。
「……あんた、あんたなんでしょ!あれやったの!?」
「は?」
冷静に考えれば、いじめている生徒にもいじめられている本人にも興味がない紅子ではないと
解りそうなのだが、如何せん、彼女は怒りで回りが何も見えていなかった。
「あんたがあれ、やったんでしょ!!
後からあいつらに私がどんな反応するか教える為に、早く来たんでしょ!?」
「意味わかんない、なんで私があんな低能なやつらにそんな事教えなきゃなんないの?」
紅子は、冷たく言い放ち、その生徒よりも高い位置から見下した。
「低能?」
「そうでしょ?時間の無駄。あんたも、あんなやつらほっといて勉強でもしたら?
いちいち相手してるから、つけあがんのよ」
紅子は、紫延との時間との後に、こんなイライラした気持ちにされたのが、
嫌で、かなり腹が立っていた。
なぜ、関係の無い私が巻き込まれなければならないのかと。
生徒は、下を向き、歯を噛み締める。
「……あんたみたいに、あんたみたいに強くないの!
無視しても、無視しきれないの、怖いの!
物はなくなるし、暴力は振るってくるし、お金は強請ってくるし!
無理なのよ!!!
あんたと一緒にしないでよ!
あんたなんか、私をいじめてくるやつらより性質が悪い!
見てるだけで、助けてくれないじゃない!!!」
彼女の激昂の仕方、八つ当たり、頭にきんきんと耳にくる甲高い怒鳴り声。
それは、紅子が最も、嫌っている物。
『女のヒステリー』だ。
こうなったら、母親も、友恵も、手が付けられなかった。
そして、紅子が被害者なのに、加害者の様に喚きたてられるのだ。
(そんなの、もう嫌!!
私は、悪くなんてないのに、どうして皆私を悪く言うの!?)
「……じゃあ、自分は悪くないってそう言いたいの?」
紅子の静かな低い声。
紅子の怒りが沸点に達したのに、気付かない生徒はさらに言い募る。




