追跡者とは
喉を鳴らした歩人は、口元に手を当てる。
それが品があって、歩人に似合っている所作だったので、
紅子は羨ましいと思ってしまう。
だが、彼の口調は丁寧とは程遠い。
「警戒されてんなぁ。しゃーねぇか。
聞いたんだろ?オレの事、あいつら【管理者】達から」
「聞いた……むりやり、逃亡してきた人達を連れて、戦わせる側だって」
むっと、しながら答える紅子に、肩を竦める歩人。
「脚色し過ぎだな。
オレらは確かに、むりやり捕らえる事はある。
だが、それは罪人だからだ。オレ達【追跡者】は言わば、国際刑事みたいなもんだ。
日本でも、パスポート持ってない奴は国に入れないだろ?
強制送還で送り返すし、国際指名犯なら捕まえる。
そういうもんだろ?」
歩人が解りやすく、説明する。
紅子には、解りやす過ぎて反論出来きそうにはないが、なんとか食らいつく。
「た、確かにそうだけど。
逃亡するのに、資格が要るの?」
「要る。
そう易々と何でもかんでも通していたら、その場所が犯罪者の巣窟にしかならない。
せっかく逃げた先なのに、強盗や殺人に遭いたいか?
違うだろ?
紅子、パスポートと身分証明書は何の為にあるんだ?」
けれど、紅子は紫延からは何も聞いていなかった。
逃げる者にも資格があるなんて。
「資格が要るなんて、紫延さんは一言も言ってないよ」
「【選定者】が居るからな。
【選定者】の許可が、パスポート代わりだ。
あの天馬から良いって言われたんなら、紅子も【逃亡の世界】に行く事が出来る。
【選定者】の見定めるってのは、海外でパスポート見せる時に税関で受ける質問だな。
『なにをしに行くのか?』『病気を持ち込んでないか?』『危険な物は持ち込んでないのか?』とかな。
なんだけど、あいつは経験不足だからなぁ。おまけに運ぶ能力も弱い」
「初意は、駄目だって言いたいの!?」
昨日、自分を認めてくれた初意を馬鹿にされた気がして紅子は、声を荒げた。
だが、歩人はちらりとそれを見ただけで、肯定してしまった。
「あぁ、駄目だ。あの天馬は【選定者】では力不足だ」
「な!?」
「本人も、解ってんじゃないのか?自分が【選定者】に合っていないって。
あいつにとって重荷だろ。
とはいえ、他に適任者もいねぇんだけどな」
その言葉に、紅子は適任者がもう一人居る事を思い出す。
「……烏山さんの息子さんは?歩人さんも探しているんでしょ?」
「あぁ、あいつか。
いや、あいつは無理だ。
あいつに【選定者】は難しい……」
明らかに、思い浮かべながら話す歩人を見て、紅子は声を荒げる。
なぜ、歩人が知っているのかと。
「知ってるの!?行方不明だって聞いたのに!」
「言ったろ?オレのじい様と烏山のじいちゃんは友達だって。
勘違いされてるみたいだから、言っとくけど、オレは本当に店がどうなってるのか
見に行かされただけだからな」
「じゃあ、その烏山さんの息子さんがどこに居るのかも知ってるの?!」
「知ってる」
「なんで、教えてあげないの!?心配してる人が居るのに!?」
「そんなの簡単だ。
オレは【追跡者】で、あいつらは【管理者】と【選定者】だ。
それに、誰が【執行者】かわからねぇからな」
歩人の冷静な声と視線に、紅子の熱が下がる。
紅子が知らない単語が、出て来たというのもある。
「【執行者】?」
いかにも初めて聞いた言葉として、鸚鵡返しで訊き返す紅子に、歩人は溜息を吐いた。
歩人にしてみれば、予想済みとはいえ、紅子が余りにも何も聞かされていない事に、
同情すら覚える。
「やっぱり、隠してたんだな、あいつら。
良いか、紅子。
【執行者】ってのは、【逃亡の世界】の神、破壊神の力の一部を借り受けた死刑執行人だ。
【逃亡の世界】はとにかく『真実』を何よりも優先する世界だ。
『嘘吐き』は罪人として見つけ次第に処刑される。
【しらせ】と呼ばれる先兵が、まず『嘘吐き』を発見して、
破壊神と執行者にしらせて、処刑する。
【しらせ】では対処出来ない重大な『嘘吐き』や人数が多いと、【執行者】の出番だ。
そして、【執行者】がその場の『嘘つき』を排除する。
これが、【執行者】だ」
「『嘘吐き』は、処刑される……?」
確かに、紅子も『嘘吐き』は大嫌いだ。
でもだからといって、即処刑だとは思った事もない。
余りにも厳しい条件に、紅子は絶句する。
横を向いて歩人は、駐車場の柵に触れる。
白い指先が、煤で汚れ、指でなぞった個所の柵が本来の色を取り戻す。
「……そして、烏山のじいちゃんは【執行者】に殺された。
生き残った息子は、オレのじい様が保護した。
烏山のじいちゃんは、元【選定者】だ。
当時の【追跡者】のオレのじい様とも良好な関係を築けたし、
先代の【管理者】とも折り合いは良かったよ。
それに、【真実の女神】を信仰してた。
嘘なんて吐かねーさ。
オレは、嘘吐くことが悪い事なんて全く思わねぇが、嘘を吐かない烏山のじいちゃんは、
とても、信用の置ける人だった。
だからこそ、【執行者】に殺されなきゃなんねぇ、理由がわかんねぇ」
苦し気に歩人は言葉を吐き出す。
柵を強く握っているのが、紅子には解った。
「オレとじい様は、役目持ちを全員疑ってんだよ。
姿を見せやがらねぇ【執行者】と本来の魅了で女をたぶらかす【管理者】をな」
歩人の見せた鋭い眼光に、紅子は熱さのせいではない汗が背中を流れるのを感じた。




