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逃亡の世界  作者: 谷藤にちか
第3章 真実の巫子と管理者達
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眼を穢す

幼い紅子の閉じた眼の上を、柔らかい物がするりと撫でていく。

こそばゆいが、紅子は我慢した。

次に眼を開けると、少年が屈んで紅子を見ていた。

その少年の顔も、名前も、その時の表情も覚えていない。

何を言われたのかは、言葉を覚えているが、声色自体も思い出せない。


その後の紅子は、他の人間が見えない物は見えなくなった。


「小さい頃、見えなくしてもらったの、男の子に」


「見えなくしてもらった?……やっぱりか」


「やっぱり?」


「うん、紫延さんが言ってたんだ。

お前は、元々視える体質なのに眼を穢されているって」


「え……?どういう事?紫延さんは私の事、解ってたの……?」


「……紅子、やっぱり店に帰ろう。説明はそこでするよ」


初意の勢いに押される形で、紅子は頷くしかなかった。


*************************


「紫延さん!!巳春さん!!」


手を初意に引っ張られたまま二階の『からす庵』まで引き摺られる。

からす庵には、巳春がソファに腰掛け、何やら思案顔をしていた。

だが、初意と紅子の姿を見て、すぐに立ち上がった。


「あら、紅子ちゃん!?初意、あなた送って行ったんじゃないの?」


「いえ、それが!紅子が、昔、眼を穢された時の事を覚えているらしくて!!」


それを聞き、巳春が紅子の両肩を掴む。


「ほんとに!?」


美女のアップに怯むが、何とか答える。


「……は、はい」


「私にも聞かせてくれるかな?」


「は、はい、もちろん!」


上の階から、降りてきた紫延に、驚きつつも即答で紅子は答えた。


巳春に促されて、紅子もソファに座る。

柔らかめのソファなのだが、緊張気味の紅子は、余り沈まない。

初意が淹れた珈琲の香りが、部屋に漂い、お茶請けの焼きメレンゲが角砂糖と共に並ぶ。


「たしか、六歳頃だったと思います。

あの日は、クリスマスイブで父も母も、用事があって、ここの商店街でバザーがあったんです。

家には、母が用事の為に、私達に出かけて居ろって言われて……。

それで、姉が私を連れまわしていて。

そうしたら、一方的に姉が私を叱り飛ばして……」


紅子は目を瞑る。

姿も覚えていないが、存在は覚えている。


「そうしたら、おじいちゃんが……そうだ!

あのおじいちゃん、歩人さんが持ってた写真のおじいちゃんです!

その人の背中に大きな黒い翼が見えて。それで、怖いって泣いたんです」


「あの人は烏山さんの写真を持っていたのか……」


紫延が難しい顔をして、唸る。


「烏山さん?」


「私達に店を譲ってくれた方だよ、気前の良い人でねぇ。

見た目よりも元気過ぎて、周りが付いていけなくなるようなそんな人だったよ。

……ごめんね、続きを」


紫延が、眼を細めて、懐かしむ。

けれど、紅子に先を促した。


「……はい。

そうしたら、私よりも大きなお兄ちゃん……十二歳くらいかな、男の子が来て。

一緒に遊んでくれたんです。

私が、色んな物が見えるのはおかしくない事なんだよって。

その、男の子も、背中に黒い翼があって、でも姿が二重にぶれてて……」


「……」


三人が、その子供について神妙な面持ちで聞いている事に、紅子は気付かない。

眼を瞑ったまま、その子供を思い出そうとする。


「姿が全く思い出せないんです。名前も知らない。

でも、おじいちゃんの事を「父さん」って呼んでいたのは思えています。

歳の離れた親子なんでしょうけど、そんなに似てない感じがしました。

そうだ。私、当時のからす庵に来た事があるんです。

だから、懐かしいと思ったんだ!

で、オムライスをおじいちゃんに作って貰って、眠くなって寝ていたら……」


愛おしむような、寂しいような、そんな声色だったように感じる。


「こう、聞こえてきたんです。


『君は、俺の事も、この出来事も忘れてしまう。けどそれはとてもいい事だ。

神に近い君の眼を、穢すのは忍びないけれど、人間として生きていく為には仕方がない』


って、小さい頃も、今も意味が解りませんけど、あの男の子は、

私に、変なものが見えないようにしてくれたんです」


「次の日には、私は、普通に、普通の子みたいに、過ごせるようになってて。

お兄ちゃんの存在も、忘れてしまっていました。

こんな事くらいしか、覚えていません」


自分が、変な事を言っている自覚はある為、紅子は真っ赤になって俯く。


「……そうか、ありがとう。当時は大変だったんだね、偉かったんだね」


俯いた紅子の頭を、ぽんぽんと紫延が優しく撫でた。

その感触に、紅子は泣きそうになる。

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