写真の中の喫茶店
歩人は、整った顔立ちに人好きのする笑顔を乗せて、晴れやかに言う。
「知らない事が多い関係性は多いよ。家族だろうが、恋人だろうが友達だろうが、全部の事は知らない。
人間ね、自分の事も知らない事の方が多いんだ。
知らなかろうが、一緒に居て楽しいとか、もっと一緒に居たい、遊びたいって思ったら、
友達で良いんじゃね?」
「そんな簡単な事で良いの?」
紅子は、首を傾げるが、アイスキャンデーをすでに食べきった歩人は、棒をかじりながら続ける。
「簡単で良いんだよ。
ほら、幼児がどうやって友達になるかっていったら、単純にそんな気持ちから友達になるだろう?
様は、紅子が満帆南と友達になりたいかどうかってだけだ」
「……そっか」
「ほら、早く食わないと、溶けてるぞ」
「あっ!」
歩人の言葉に、急いで紅子はアイスキャンデーを頬張る。
急いで食べきったが、溶けていたので手がべたべたになってしまった。
二人して、蛇口のある所へ行き、手を洗う。
ハンカチを忘れてきてしまった紅子は、歩人に黒のタオルハンカチを借りて手をぬぐう。
「そういえば、歩人さんはこの辺に用事だったの?」
「うん、ちょっとじい様に頼まれ事をしててね。この辺の近所のはずなんだけど」
「え、私、この近くでバイトしてるから何か解るかも、何を頼まれたんですか?」
「この喫茶店を探してくれってさ」
そう言いながら、歩人はポケットから写真を取り出す。
そこに映っているのは。
「『レインボウ』?……でも、一階が『からす庵』だ」
「知ってるのか?」
「あ、うん。今、バイトしてる所が『レインボウ』って所なんだけど、この写真のお店で、でも、二階の画廊の名前が『からす庵』なの」
写真には、気さくそうに笑う老人が喫茶店の前で笑って写真に写っている。
その喫茶店の店名は、『からす庵』。
二階は店名は書いておらず、店として機能してなさそうだった。
「うちのじい様と、このじいちゃんが知り合いだったんだと、んで、
なんでも、このじいちゃんが若い夫婦に店を譲ったって聞いて、足を運んだ事がないから、
まずは、お前が行って来いって言われてさ」
「あ、若い夫婦!それって何年前?」
「このじいちゃんが亡くなったのが六年前だから、もうちょっと前だな」
「うん、たぶん私のバイト先で合ってるよ。龍塚夫婦がオーナーだもの」
夫婦とは、言いたくはなかったが、説明している時だったので、仕方なしに口に出した。
甘い物を食べた後だというのに、口の中が苦くなったようだった。
「そうか、じゃあ、案内してもらっても良いか?」
「うん、ちょうどバイト先に行くところだったから」
「お、ちょうど良かった。よろしく頼むな」
二人揃って、歩道を進もうとしていると、突然後ろから腕を引かれた。
「!?」
驚いて振り返ると、城西高校の制服姿の初意だった。
そのままさらに強く腕を引かれ、無理矢理、初意の体の後ろに移動させられた。
「痛いじゃない!何するの?!」
紅子が、怒って初意を見上げたが、初意の表情は今まで見た事がない物だった。
歩人を親の仇のごとく睨み付けている。
「紅子に何を吹き込んだ!?」
「別に、お前達にとって不利になることじゃない。ただの世間話だ」
榛の瞳はぎらぎらと、怒りの色を湛えている。
対する碧の瞳は、怒りも怖がりもせずに挑発するように、高揚感を隠し切れない様子だった。
歩人は、楽しそうだった。
まるで、猫が鼠を相手にしているみたいな様子だ。
(これは、初意の方が分が悪いんじゃ……)
咄嗟に、紅子はそう判断する。
体格では、初意の方が大きいが、歩人は何やら自信がありそうだ。
それに、紅子には彼らの後ろに陽炎のような光が見えた。
それが、明らかに歩人の方が大きくて明るい光を放っている。
色は、彼らの瞳と同じ色だ。
普通に話している最中には、こんな物は全く見えなかったのに。
(なに、これ?もしかして、オーラとかいうやつ?でもなんで私が見えるの?)
混乱する紅子を無視して、二人は睨み合いを続ける。
そこに、何かが投げられた。




