アイスキャンディー
「あーつーいーぃ」
今日も今日とて、教室が暑い。
満帆南が文句をいうが、紅子は無視する。
学年が上がれば、新校舎のエアコン付きの教室に行けるのだが、一年生で耐えてからだ。
けれど、昼休みになれば、人が少ないというのは紅子にとってはありがたかった。
どうしてこうも、女というのはいつも集団になると煩いのだろう。
先ほどの授業も担当の教師が新婚だという事で、やじが沸き、授業にならなかった。
集団だから駄目なのだろう。
独りでいれば、実害もあまりないのに。
紅子は、群れる女も、男に媚びる女も、依存する女も大嫌いだ。
窓から外を眺めていると、何やら馬鹿な集団が見えた。
紅子と同じクラスの先ほどの騒ぎ立てていた中心人物達だ。
大人しそうな一人を相手に、弁当箱の投げ合いをしている。
弁当箱を取り戻そうとしている生徒は、泣きそうな顔をしていた。
「あー、馬鹿な事やってるねー。みんな暇そうだね、いいなぁ」
「ほんと、暇そうね」
他人に関心の無い紅子と満帆南は、いじめには参加しないが助けもしない。
加害者にも、被害者にも関心も興味も無いからだ。
そんな事に時間を使うよりも、参考書を1頁でも解いた方が、自分の為になるのに、そこに気付かない人間の事を理解できないのだ。
今日の放課後は、試験勉強の為に休みを貰ったのだが、どうにも落ち着かないのでレインボウに行こうと考える。
無性に、紫延の顔が見たかった。
満帆南は、弟達と約束があると言い、先に学校を出て行った。
満帆南が姉である事に正直驚いたが、紅子も自分に姉が居るとは言っていない。
(……別に、友達でも無いし、言わなくて良いんだろうけど)
どことなく、胸が騒ぐ。
友恵の件があるので、友達なんて作りたくない。
でも、満帆南なら友達でも問題がなさそうな気がするのだ。
(けど、またあの母親が何か言ってくるかもしれない……。
満帆南だって、私を脅してくるかもしれない……)
電車に揺られながら、紅子はそう考える。
目的の駅には、すぐに着いてしまった。
駅を出て、小さな工場が多い町を歩く。
といっても、駅からは商店街が続くので、そこまで工場や中小企業が多いイメージはない。
初意の話によると、城西高校の屋上からの眺めは、まさしくそれなのだとか。
つまらない景色で、面白くないのだそうだ。
だが、今は屋上への出入りも禁止されているらしい。
城西高校の怪談『屋上の幽霊』の舞台も誰も行かなくては、噂自体が廃れてしまうだろう。
少しぼんやりと、蝉の大音量の鳴き声を聴きながら歩くと、声を掛けられた事に気付くのが遅れた。
「お、やっと気づいた。大丈夫か紅子、熱中症か?」
「つめたっ!」
歩人が紅子の額に、今しがた買ったばかりのアイスを包装ごと押し付けて来た。
二人で分けられるタイプのソーダアイスキャンディーだ。
「半分やるよ」
「……どうも」
紅子は、歩人に連れられて近くの児童公園の中のベンチに腰掛ける。
近所に、木がないのに、どこから蝉の声がするのだろうと思っていたら、ここからだった。
「はー、冷たい物食べないとやってらんないよなぁ」
「……そうですね」
しゃりっと音を立てて、アイスキャンディーを歯で割って口の中に入れる。
冷たくで爽やかな甘さが火照った体と、回らない頭に染み込んでいく。
「何?元気ないね。悩み事?お兄さんに話してみ?」
にっと、口角を上げて紅子の反応を見る歩人を、紅子は逆に観察する。
この前、会った時は、ピンクや水色のポロシャツに、ライトブルーのジーンズにサンダルだった。
今日は、カーキのロングジレに、オフホワイトのタンクトップ、ブラックのサルエルパンツにクロスバンドのサンダルだった。
暑いので、前髪をピンで留めている。
(イケメンで、お洒落で、気遣いが出来るか……。
余り関わらない方が良いかな)
「あ、警戒してる?大丈夫だよ。取って食ったりしないから」
「……イケメンでお洒落で気遣いが出来ると、遊んでるとしか思えない」
「いやいや、偏見だろ、それ。紅子も人の事言えないから。
そんなに可愛くて、化粧もばっちりでスカート短くて、如何にもギャルだろ。
お前も、遊んでるって言われたいか?」
「……あんまり、言わせたい奴には言わせておけば良いとも思うけど」
「だろ?紅子も勉強頑張ってんだろ。お前も努力家なら、オレもそうなの」
「……そう」
溶けそうな、アイスキャンデーをもう一口頬張って、飲み込んでから紅子は話し始める。
「私と、満帆南って友達に見えますか?」
「ん?変な事訊くなぁ。明らかに友達だろ、もしかして喧嘩でもした?」
「そうじゃないけど、互いに話してない事が多いから、友達って言って良いのかなって」
「はは、何それ」
歩人は、朗らかに笑った。
歩人は、お洒落さん設定なので、イラストを一度描いてから服装を決めています。
いや、全員やるべきなんでしょうが……。




